ラジウムと放射線の歴史を振り返る

自然科学の大半が古い歴史を持つのに対して、放射線の発見は意外に新しいのは「目に見えない」ことが理由のひとつだろう。X線が1895年の12月にドイツで発見されてから、放射線の歴史は活発に動き出した。

 

放射線の登場〜ベクレルとキューリー夫妻

それからまもなくフランスの物理学者ベクレルは、ウランからX線とは異なる放射線を検出したが、それは偶然であったことは先の記事でかいた。その後、トーマスエジソンを含む多くの科学者、医師、発明家は、X線と「目に見えない」放射線に魅了された。しかし、パリ大学のポーランド生まれの博士課程大学院生であるマリー・キュリーは、ベクレルの「ウランからの放射線」には多く未知の領域が隠されていると考えた。

現代の大学院生のように先端ツールが豊富に使えたわけではないので、このテーマは少し重すぎるような印象だが、新規性に魅了されると科学者は魔術にかかったように真剣になる。マリー・キューリーもそうであった。彼女は自分の健康を損なうことになる執拗な観察の後でこの結論に達した。

 

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Credit: scitechantiques

 

ポロニウムの発見

マリー・キューリーは、夫ピエールと兄弟ジャックによって製作された原始的な放射線測定装置を使用して、ありとあらゆる岩石や鉱物を調べた結果、ウラン鉱石が純粋なウランよりも大きな放射線が計測されることに気付いた。その後、パリ大学の物理教室教授であったピエールが、彼女が気付いたこのテーマについて研究を開始する。この「好奇心」の連鎖も科学者の自然な行動であり、今日にいたるまで科学の発展は「モチベーション」を持った人たちの連携によるものである。

1898年の7月に、彼らは鉱石に同様の放射線を放つ新しい「元素」が含まれていることを示した。その過程で "放射能"を持つ元素を、マリーの母国のポーランドの名前をとってポロニウムと命名した。キュリー夫妻たちには、ウランやポロニウムよりも強い未知の放射性物質が鉱石に含まれていることもわかっていた。

 

困難を極めたラジウムの分離

ラジウムの発見は簡単ではなかった。キュリーたちは30あまりの他の元素からこの放射性物質(ラジウム)を分離する必要があったからである。余分な元素を取り除くために多くの分離プロセスが必要で、それには腐食性の酸、強アルカリが使われた。当時オーストリア帝国の一部でドイツとチェコ共和国の国境付近にある鉱山から採集したピッチブレンド(閃ウラン鉱)を研究していた。

大学は彼らの仕事のために化学と物理学の部門の隣にある小さな建物をあてがった。研究の成果がでないと良い境遇が与えられないのはいつの時代も変わらない。この建物は寒く湿気の多い環境だったがそれでもキューリーたちは、ピッチブレンドを粉砕し、溶解させ、沈殿させ、ろ過し、洗浄してからでないと放射線測定ができなかった。それでもその年の12月21日に、「新しい放射性物質にはバリウムが多く含まれるが、放射能はかなり大きい」ことをフランス科学アカデミーの論文で発表した。

この物質は最も放射性の天然元素であり、ウランより百万倍も強い放射線が計測された。それから純粋なラジウム塩を得るまでにさらに3年を要した。二塩化ラジウムの0.1gを単離するには1トンの鉱石が必要だった。彼らは1903年にこの仕事(ラジウム発見)でベクレルとともにノーベル物理学賞を受賞した。

ピエールは1906年に列車事故で死亡したが、それまでに放射線による作業の影響で健康被害に苦しんでいた。マリー・キュリーは教授になり、純粋なラジウム金属を単離し、1911年にノーベル化学賞を受賞したことはよく知られている。

 

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Credit: patentsencyclopedia

 

ラジウムブーム

20世紀の最初の30年はラジウムのブームといえる放射線科学の発展の時代であった。中でもラジウムは、健康な細胞よりも速く癌細胞を殺すことによって癌を治療できることで、ラジウムは放射線治療のひとつとしてオンコロジーの先駆者となったことが特筆される。

ラジウムを利用した殺菌などの放射線応用の陰で、放射線の知識が確立していない当時には悲惨な被曝事故もあった。ニュージャージー州のラジウム工場労働者がラジウム金属の体内被曝で犠牲になった。ラジウム産業(主に発光塗料)は、1920年代半ばに健康懸念が浮上してから劇的に減少した。

マリー・キュリーは、66歳の時に白血病で死亡したが後に発見された、元素キュリウムは彼女の名をとったものである。

今日、ラジウムは、特定の骨癌の治療以外に、医学にほとんど使われていない。放射線治療にはラドンガスやコバルトの同位元素などの代替物質が使われている。しかし、ラジウム発見は放射線療法が始まり、X線発生装置や加速器の利用で標準療法となり、重粒子線治療など先進医療も始まっている。ラジウムの歴史は放射線の歴史でもある。

 

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