暗黒物質は存在しないかもしれない

世界中の素粒子物理学と宇宙天文学の研究チームが、宇宙の物質の27%を占めると考えられている未知の物質「暗黒物質」を1世紀近く探し続けてきた。暗黒物質の存在は加速器研究者や素粒子理論家から天文学研究者たちまで、物質と宇宙の起源に関心のある人々が信じるドグマになっている。しかし「存在しないと観測結果の説明に困る」という間接的な主張に納得せず、「存在しなくても良い」として対立する見解が、最新の理論的考察で再び復活の兆しをみせている。

 

暗黒物質が存在しなくてはならない理由

通常の物質とは異なり、暗黒物質は電磁力と相互作用しない。これは、それが光を吸収、反射、または放出しないことを意味する。実際、研究者たちは、目に見える物質に対する重力の影響から、暗黒物質の存在を推論すると暗黒物質は宇宙の約27%を占めている(と考えられている)。しかし存在を検証できないということは、実証主義の立場では存在しないとはいえないということでもある。

暗黒物質の必然性は何かというと、銀河の回転速度、重力レンズ効果など、目に見えないが、質量を持つ物質(暗黒物質)の存在で矛盾なく説明できるということであった。しかしこれまで暗黒物質の直接的な証拠は何も得られていない、あくまで「仮想的な物質」なのである。

そのため、銀河が奇妙に振舞う理由を理解する他のアプローチも古くから提案されている。有名なのはポアンカレが1902年に暗黒物質はないとしたが、その後も多くの否定論が登場した。最新のものではマックスプランク研究所の研究チームが、巨大銀河の重力の法則を少し書き換えれば、暗黒物質を必要としないかもしれないと主張している(Platscher et al., J. of Cosmology and Astropartice Physics online Dec. 7, 2018)。ここではこの論文の「暗黒物質があっても通常の物質ほど多くない、もしくはなくても良い」という衝撃的な論文の中身を著者の記事を参考に紐解いてみる。興味のある読者は上記論文を参照されたい。

 

質量に矛盾する天体の回転速度

1930年代にスイスの天文学者ツビッキーは、銀河団内の速度は質量からの予測では説明できないことを発見した。アンドロメダ銀河の遠端で星の運動を調べたときに、同様の現象をヴェラ・ルビンやケント・フォードなど複数の研究グループが見つけている。 

重力が弱いため、中心から遠く離れた星の速度は遅くなると予想されていた。これは、ニュートンの第2の運動則によれば、軌道上の物質の重力は、その質量と加速度の​​積に等しいからである。しかし実際の測定では、距離に伴う速度の減少がないことがわかった。そのため、より強い重力とより速い恒星運動を生み出すために、目に見えない質量を持つ物質があるに違いないと信じるようになった。一種のドグマが形成されたのである。下図は「さんかく座銀河」の回転速度と距離を示してある。距離が離れるにしたがって「可視光で見える星」と観測される回転速度のギャップが大きくなることがわかる。この運動方程式から存在するべき質量が存在しない(見えない)という矛盾を質量欠損問題(Missing Mass Problem)と呼ぶ。

 

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Credit: Mario De Leo/wikipedia, CC BY-SA

 

修正重力理論

暗黒物質が実際に何であるかは、現代の基礎物理学の究極の挑戦である。この問題を解くには2つの考え方がある。暗黒物質が質量欠損問題(Missing Mass Problem)と総称されるこれまでの矛盾する観測結果を説明する新しいタイプの「物質」であるという立場と、重力の法則が巨大な長さスケールでは修正すべきとする「修正重力理論」である。

前者の暗黒物質説は多くの研究者に受け入れられてドグマになったが、残念なことに実際にはまだ暗黒物質は見つかっていない。この点が決定的な難点である。一方で、重力の法則は太陽系内で十分に検証されているものの、これを少なくとも10億倍の規模に外挿することが妥当かどうかわからない。つまり重力理論が距離に依存して修正される可能性がある。

 

暗黒物質の必要性を不要とする「修正重力理論」のひとつは、修正ニュートンダイナミクス(MOND)である。これは、銀河の外側の領域の場合のように、重力引力が非常に弱いとニュートンの重力の法則が適用できないとするものである。しかしMOND理論では銀河と銀河団の異常な運動(質量欠損問題)を両方を同じ機構では説明できない。 MONDに対するもうひとつの弱点は、衝突している銀河団の各銀河の星は交差して突き抜けるのに、後方に質量の大きなガス雲が突き抜けず留まる事実を説明できないことである。つまりMOND流の修正重力理論では観測結果を説明しきれない。

 

宇宙の泡球

そこで別の方法で重力の法則を修正しようとした研究チームは、Vainshtein 機構として知られるスクリーニング現象が働いていると仮定した。これによって空間内の十分に密集した要素の周囲に、(実際の物理的な膜ではなく理論的概念の)「見えない泡球」を生成する。泡級は仮想的ないわばスケールマーカーのようなもので、物理的な構造ではない。

この論文の要旨は次のようになる。

『質量を持たないスピン2粒子(場)が媒介する一般相対体性理論と質量を持つスピン2場が媒介する質量を持った重力(massive gravity)を補完する修正によって、光偏向の方程式が導かれる。 銀河団のレンズ効果への影響を調べた結果、スピン2場の境界条件が得られた(すなわち銀河団のレンズ効果が説明できた)。さらに暗黒物質の存在量を見積もった。』ここでスピン2場に対する唯一のローレンツ不変の運動エネルギー項はアインシュタイン - ヒルベルトの項で、場は重力子(graviton)である。すなわち重力子はポアンカレ群のスピン2場で記述でき、修正重力理論で光偏向(レンズ)効果が説明できることになる。

 

この論文は超難解だが、この理論によれば、この泡球の中では太陽系に見られる普通のニュートンの重力の法則が成り立つ。しかし泡の外側では、中心物体による重力が、質量以上に、著しく増大することになると考えられる。超難解なこの論文の主張を筆者なりに解釈すると、「質量に依存して増大するような距離臨界が存在し、運動方程式のパラメーターが変化する境界があると仮定すると、光偏向の観測に整合するような境界条件が存在する」ということなのだろうと推測する。

 

仮想的な泡球の大きさは中央の物体の質量に比例する。たとえば、銀河系でこの泡球の半径が数千光年の場合、対応する太陽系の泡半径は50天文単位(au)(注1)になる。しかし、太陽系の端はわずか50auしか離れていないので、太陽が地球とは異なる重力を持っているかどうかを調べられる観測対象がない。非常に遠く離れたシステム全体の観察で検証が可能になる。

(注1)地球と太陽の間の平均距離。地球から最も遠い海王星までが30au。

この理論では泡球のサイズは囲む質量と共に特定の方法で大きくなると考えられている。これは、銀河と銀河団で重力の法則がそれぞれ異なる長さのスケールで変化することを意味し、したがって、両方の系で同時に見かけの暗黒物質を説明することができることになる。また泡理論は弾丸銀河団の観測結果(注2)と一致している。これは、衝突で取り残されたガス雲がそれらの周りに球を生成できない希薄な状態にあると理解できる。つまり、仮想的な暗黒物質の必要性はより密度の高い星の周りでのみ生じることになる。

 

Fig6

Composite Credit: X-ray: NASA/CXC/CfA/ M.Markevitch et al.;  Lensing Map: NASA/STScI; ESO WFI; Magellan/U.Arizona/ D.Clowe et al.  Optical: NASA/STScI; Magellan/U.Arizona/D.Clowe et al.

(注2)弾丸銀河団(上図)は、小さな銀河団と大きな銀河団が衝突し、強いX線を放つりゅうこつ座にある銀河団で、 1E 0657-56(または 1E 0657-558)とも表される。衝突する銀河団では、バリオンのような一般の星間物質が重力以外の力で大きな抵抗を受けるのに対し、重力でしか相互作用しないと考えられている暗黒物質は銀河の星とともにあまり抵抗を受けずに通り抜ける。

銀河団背後の銀河の光を観測し、弱い重力レンズの効果から推定される銀河団の質量分布を逆算した結果、小さな方の銀河集団と大きな方の銀河集団それぞれに対応する質量の中心は、可視光で観測される2つの銀河集団のそれぞれの位置に一致するが、ガス雲の位置とは異なっていた。このことから、そこにガスとは異なる「観測できない」質量があるためだと考えられた。これが、間接的に暗黒物質の存在を裏付けるとされている。ただしこれには反論解釈の違いもあり話をややこしくしている。

 

暗黒物質は存在しないかもしれない

一般相対性理論によれば、物体の周りの空間と時間を歪める結果、光線は直線ではなく物体の周りで曲げられる重力レンズ効果が生じる。泡球理論は高密度の銀河に対してはより強い光の変位を予測するので、これが実験で確認できれば泡球理論が証明されることになる。そのときには暗黒物質は存在しない、正しくは必要なくなるかもしれない。そうなるとLHCやSuperKEKB、そしてそれら以降の加速器、FCC, ILC, CLICの実験計画にも大きな影響力があるだろうが、実験の方も別の角度から暗黒物質に迫りつつある。

暗黒物質の正体は、標準モデルの素粒子の兄弟分で、現状ではまだ仮想的な「超対称粒子(SUSY粒子)」である可能性がある。それならばLHCやポストLHCの衝突実験で超対称粒子の手がかりを得ることが、暗黒物質についてのより直接的な検証になる。

 

LHCでやSuperKEKBのBelle II 実験が超対称性粒子呼ばれる新しい粒子群の発見を目指している。特にSuperKEKBは高ルミノシテイが特徴で、大量に作られるB中間子などの崩壊を詳しく調べることで、超対称性粒子の存在を明らかにすることを狙っている。一方、超対称性粒子の広範囲の探索では、HL-LHCアップグレードやFCCはエネルギーで有利になる。例えば、100 TeVのコライダーでは、LHCで現在探索可能なものより10倍も重い粒子を探査することができる。

標準理論を超える超対称粒子(あるいはもっと別の新粒子)の発見で、暗黒物質の解明に近づくことになる。逆に泡球理論が証明されるのが先になるかもしれない。 ここで紹介した理論にしても仮定があるし、検証されたわけでもないが、暗黒物質の直接的検証が先になるか、新理論の検証が先になるか興味が尽きない時代に入ったと言えるだろう。

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