近赤外線による癌治療

 放射線照射による癌治療はサイバーナイフなどの高精度照射、重粒子ビーム照射、照射の処方箋(ソフトウエア)により、癌細胞のみでなく周囲の正常細胞まで巻き込んでしまう問題が軽減されつつある。そこにまたひとつ近赤外線照射で癌細胞のみを殺す「癌細胞必殺」の治療法が加わった。

 

 NIHの小林医師による「近赤外線を用いた標的分子特異的癌治療」(Photoimmunotherapy)がそれである。英語名でわかるように手術、化学療法、放射線治療に対する「免疫療法」の一種とされるが、フォトン照射と組み合わせる意味では、放射線照射のイメージに近いと考える人も多いのではないだろうか。ここではその特徴を紹介する。

 

 免疫療法に分類されるのは抗体を用いることと、基本的に癌細胞のみを殺し、正常細胞(癌細胞と認識され標的化されない細胞)には一切、手を加えない、という意味で悪い細胞のみをマーキングして狙い撃ちにするからである。

 抗体は生きた細胞の膜表面分子に特異的に結合する。その抗体が抗原に対して結合した細胞のみを殺す必要がある。しかし抗体分子のサイズは大きく細胞膜を透過して細胞内に入り込むことは難しい。

 そこで標的は細胞膜上にあってそこから細胞に障害を与えることが考えられる。そのとき抗体が細胞膜上の分子に結合した際に抗体分子は細胞膜のproximity(数nm以内)に存在しなければならない。

 細胞にダメージを与えるには標的細胞の近傍でエネルギーを発生させる必要がある。そのために光化学反応を利用することが考えられる。波長の短いフォトンは透過力が強く、正常細胞までも巻き込むので使えず、正常細胞にダメージを与えないために理想的なのは可視光より長波の光、赤外線である。 

 

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Photo: 朝日新聞デジタル

 

 赤外線領域のなかで生体による吸収が少ないのは700nm-850nmの近赤外領域であった。問題は近赤外領域の蛍光を発する場合、その波長では細胞を殺す能力を持たない、ということである。

 そこでフォトンを吸収して励起され基底状態に戻る際に無輻射過程であれば、エネルギーが熱や酸化反応に変えることができる。なかでも効率よく細胞障害を起こす抗体結合物質が"IR700"と呼ばれるフタロシアニン誘導体である。

 実際に近赤外線を照射すると、照射中に抗体-IR700の付着している脂質二重膜が急速に障害を起こし細胞の壊死が起こる。しかしこの現象は生理現象が停止した4Cの低温でも起こることから、細胞障害は生理現象に関係なく、また加熱によるものでもないことが重要である。以下のマウスで腫瘍が近赤外線照射により消滅しているのが確認できる。

 

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Photo: National Cancer Institute

 

 さらに活性酸素の中和剤を加えても細胞障害は抑えられない。メカニズムは研究段階だが小林医師らの研究チームはフォトンを吸収したIR700が周囲の温度を急速に上昇させることによって、水の膨張が起こりその圧力波によって細胞膜が「物理的に」破壊されると考えている。

 圧力波は距離の2乗に反比例して減衰するため、抗体が付いている細胞膜の変化は起こせても局所的な影響で済む。マウス実験で赤外線照射の効果で腫瘍が完治したたことで、臨床試験が今後各地の病院で進められる予定である。

 癌細胞を標的とした近赤外線免疫治療は手術後に通常は放射線照射で行われる取り残しの癌細胞を死滅させることにも応用できる。また血液中を流れている白血病細胞も血管を長時間照射し続けることで、障害を起こせるなど応用範囲は極めて広いと考えられる。最後に筆者の感想だが、重粒子線治療は1回300万円と患者の経済的負担が大きい。放射線治療は安価だが放射線障害と諸刃の刃で、サイバーナイフなど高精度な照射以外はやはりこの問題は避けては通れない。赤外線照射免疫治療は効果的で安価な治療法として、臨床試験の結果、全国に広まることを期待したい。

 

 この手法のおもしろいところは抗体治療でありながら、物理的手段で癌細胞障害を引き起こすユニークなメカニズムにある。癌研究には視点を変える必要があることを物語っている。このコラムでは「癌発生のメカニズム」を特集で取り上げているので合わせてお読みいただきたい。また赤外線免疫治療の最新情報を今後もフォローアップする予定である。

(Isootope News 2012 No.697

 

 

 

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