線量率効果

 放射線の生物影響には線量率が大きく関係しており、線量率が低くなるほど生物影響は小さくなるという考えがあります。一方、LNT仮説のように、環境レベルの線量率の放射線では、線量率は無関係とする考えもあります。直感的には、線量率が低いと、放射線の影響が薄まってしまい、なくなってしまいそうですが、論理的にもそれでよいのでしょうか。そうではありません。放射線が粒子の集まりであることから、線量率がいくら低くなっても局所的なエネルギー吸収は限度を超えて薄まることがありません。たとえば、137Csガンマ線が光電効果で原子から電子をたたき出すと、その電子は約2万個の電離を周辺に引き起こします。これが細胞核内で起こると、662 keVのエネルギー全部が1つの細胞核内で吸収され、複数のDNA損傷が発生することになり、染色体異常も発生します。

 染色体異常発生に関する線量率効果は、図1のように説明できます。

Figure 1s

図1.  染色体異常発生に関する線量率効果。高線量率では、1つの細胞核に短時間に2つ以上の一次荷電粒子が飛んできて、それぞれが原因となった損傷の間で誤修復を起こします(二飛跡事象高線量率)。低線量率では、一次荷電粒子が時間間隔を置いて飛んでくるところに修復が行われるため、それぞれが原因となった損傷の間では誤修復は起こりません(二飛跡事象低線量率)。1つの一次荷電粒子で生じた損傷の間でも誤修復が起こります(一飛跡事象)。一飛跡事象は線量率と無関係で、低線量率では一飛跡事象のみが見られます。低線量になると、一つの細胞核に2つの一次荷電粒子が飛んでくることはほとんどなく、もともと一飛跡事象しか起こりません。環境レベルの低線量低線量率では、一飛跡事象のみが起こると考えられます。

 DNA二重鎖切断は、単独では再結合により正しく修復されますが、近接して2つ出来ると誤った再結合が起こり、染色体異常となります(誤修復 https://rad-horizon.net/nuclearpower-energy/214-chromosomal-abnormality)。二重鎖切断は、電離が原因で発生します。電離の原因を作るのはガンマ線の場合、ほとんどは、光電効果あるいはコンプトン効果によって発生する電子です(一次電子)。一次電子は衝突により多くの電子をたたき出し、137Csガンマ線の光電効果では、1個の光電子によってたたき出される電子は約2万個にもなります(https://rad-horizon.net/nuclearpower-energy/201-electron-makes-radiation-damage)。1個の一次電子からたたき出された2つの電子が原因で発生した二重鎖切断が原因で誤修復が起これば染色体異常になります。このような生物影響を一飛跡事象(single track event)といいます。それに対し、別々の一次電子からたたき出された2つの電子が原因で発生した二重鎖切断が原因で誤修復が起こり、これが染色体異常になった場合は二飛跡事象(two track event)といいます。二飛跡事象では線量率が影響しますが、一飛跡事象は線量率と無関係です。染色体異常の線量率効果を示した研究は古くからあります(図2)。線量が高いと線量率が染色体異常発生頻度に大きく影響しますが、線量が低いと線量率の影響が少なくなります(図2の曲線a,b, c)。線量率が低くなると、線量効果曲線が直線に近づくのが一般的です(図2の曲線 c)。

 Figure 2s

図2. ムラサキツユクサ小胞子染色体異常の線量効果。横軸は線量(レントゲン単位)、縦軸は細胞あたりの染色体異常頻度。△  3分照射, ● 160 レントゲン/分, × 20レントゲン/分, ◯ 2.7 レントゲン/分。小胞子は、花粉の元になる細胞のこと。D. E. Lea (1947) Actions of radiations on living cells Fig 35.

 137Csガンマ線に関して言えば、細胞レベル(厳密には細胞核レベル)で線量率が影響する線量は1ミリグレイ以上です(図3)。

Figure 3s

図3. 137Cs-γ線によるエネルギー付与の分布のコンピュータシミュレーションを単純な細胞集団モデルに重ね合わせて表示したもの。細胞は立方体(一辺16μm)、細胞核は球(直径8μm)として表示。深さは16μm。渡邊立子(2012) 低線量放射線の微視的エネルギー付与分布,放射線生物研究 47(4), 335-346より。

1ミリグレイ以下の線量では細胞核に2つ以上の一次電子が飛んでくることはほとんどありませんから、二飛跡事象はほとんど起こらず、線量率の影響が細胞レベルの現象に及ぶことはありません。1ミリグレイ以上の線量でも、1つめの一次電子によって生じた放射線損傷が修復してしまえば二飛跡事象は起こりません。線量率効果が現れるためには、2つめの一次電子が飛んでくるまで、1つめの一次電子によって生じた放射線損傷が残っている必要があります。多くの培養細胞による実験のように、1日以内にほとんどのDNA損傷が修復される場合には、線量率効果が現れるためには、1日あたりの線量が1ミリグレイ以上となり、二飛跡事象が起こらなければなりません。年間365ミリグレイ以上の被ばく環境は、低線量の環境とは言えません。二飛跡事象が起こらない環境において線量率効果があるとすれば、細胞レベルの影響が直接現れたものではありません。損傷を受けた細胞の短時間での増加に伴い、組織レベル、個体レベルの影響が増強されたと言わなければならないでしょう。細胞レベルの影響について線量率効果はあり得ません。LNT仮説の根拠をここに求めることができます。

 低線量率の被ばくでも、一飛跡事象の影響を考慮すれば、安心することはできないと思います。通常の自然放射線が健康に影響がないのは自明であるとする言説を見聞きしますが、これは自明ではありません。自然放射線と同程度の医療被ばく等を云々されると困るのでそれは意味がないと言いたいのかもしれませんが、自然は時として不都合な真実を突きつけるものと思います。年間2ミリシーベルトでも、ICRPの言っている約 5 %/Svのがん死リスクで計算すると年間1/10000となります。この程度の確率なら周囲の状況を見て被ばくの健康影響を自覚することは困難ですが、これは、交通事故死のリスク、年間約1/20000の2倍にもなります。無視できないリスクがあるかもしれないので、無駄な被ばくは避けた方がよいことには変わりはないと思います。

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