加速器を巡る最近の動き〜新展望が開けるか

加速器関連最大の国際会議IPAC2016(7th International Particle Accelerator Conference)が、釜山で韓国のPAL(Pohang Accelerator Laboratory)がホストとなり現在、開催中である。衝突型加速器から放射光リング、XFEL、産業利用と広範囲な分野の加速器研究者が一堂に会する会議で、国際会議としては珍しく新緑の季節に開催される。

 

IPAC16の注目される講演

今回の会議では蓄積リング関連の注目される招待講演は2件。ESRFのアップグレードに関するものとMAX IVの立ち上げに関する話である。実はどちらも関連していて新しい偏向磁石の並べ方(MBA; Multi Bend Achromat)により、従来の蓄積リングの限界を超えた低エミッタンス光源が実現出来るという最近の技術革新に関するものである。

MBAの流れを作ったのはスエーデンのMAX IVでIからIVまでの一連のリングのラテイスを設計してきたMikael Erikssonである。オーバー6GeVクラスの蓄積リングのアッップグレードと3GeVクラスの新光源の設計方針となり世界の潮流を変えたることとなったが、MAX IVの地味な努力とErikssonへの敬意はともすれば忘れがちになる。

筆者は2003年にMAX IIIの建設現場を訪れた。こじんまりした建物の内部がまるで、「IKEAの家具」のように飾り気がなく質素であった。またコツコツと技術を積み重ねる少数の建設チームの生真面目な姿勢に感銘を受けた。世界中の放射光施設で木製の構造を使っているのは(上海のSSRFを除いては)MAX Laboratoryくらいだろう。北欧だけあって飾り気のないインテリアは新鮮な印象であった。

 

筆者を案内してくれたのはSSRFのLindauで1980年に知り合って以来35年の付き合いとなる。Lindauは現在、PF SACの委員長であり、当時は古巣のスエーデンからお呼びがかかりMax Labo所長だったと記憶している。さてMAX IVは13年間という長い熟成期間で技術を磨きながら構想と建設を地道に進め、MBA技術を世の中に送り出しながらリングを完成させついに実証段階に入った。この結果の良し悪しが現在、世界各地で進行中の磁石配列のアップグレードや新光源の性能を左右するもので、注目度が高い。関係する研究者が期待と不安に包まれながら待ち望んできた瞬間が訪れたのである。完成予想図(下の図)のうねりは建物の振動を減らす効果があると言われている。建物の振動や磁石を据え付ける架台にも配慮した設計が重要だということである。

MAX IV はMAX IV Laboratoryに属する現時点で最高性能の低エミッタンス(300pmrad)光源である。MAX IVリングと研究所(MAX Laboratory)を含めてウプサラ大学と並んで光電子分光のメッカ(注1)、ルンド大学に属するMAX IV Laboratoryとなるが、経緯は少々複雑である。オーバー6GeVの大型リング(Spring-8など)には年間5,000名以上の研究者が訪れ、中型の3GeVクラスでは〜3,000人が研究を行うが、MAX Laboratoryは年間ユーザーが1,000名と小型リングに分類されるユーザー数である。

(注1)ESCA(XPS)で知られる光電子分光の基礎はその功績でノーベル賞を授与されたウプサラ大学のKai Siegbahnはスエーデンの物理学者。ヒュレットパッカード製のESCAの市販装置は分解能に優れ、他社の追随を許さなかった。それにはSiegbahn研究室の技術に基づく。ウプサラ大学は理論、ルンド大学は実験面で世界をリードしてきたが、そのルーツをたどるとSiegbahnにたどり着く。

 

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Credit: MAX IV

 

MAX IVの経緯 

2012年で25年の歴史を持つMax Laboratoryの小型放射光リングがルンド大学に所属したのは意外に新しく1994年のことである。MAX IVリングは3GeVの中型第3+世代リングで、2010年にMax Laboratoryと一緒になりルンド大学の管理下で共同利用施設となった。Max LaboratoryにはもともとMAX I、II、IIIの3世代で成長しMAX IIIに結実した1.5GeVリングがあった。現在は最終形態の1.5GeVMAX IIIに集約されMAX IVと3GeV入射器を共有する(下の図)。1.5GeVと言うとBESSY IIが頭に浮かぶがどちらも洗練されたVUV-軟X線の光源である。日本でも岡崎のUV-SORはアップグレードを積み重ねて熟成されたVUV光源として知られる。

スエーデン科学評議会(Sweden Research Council)とルンド大学はルンド大学が建物借料、光熱水費(維持費の主要項目)、事務経費の維持コストを引き受ける協定を結んだ。施設の建設コストと稼動後の維持管理コストを分離したことで建設に関わる予算申請のみで済み、施設運営の財政負担を軽くした。

実は施設の配置(下図)をよく見ると最初から全ての施設が合理的に配置されていて、(あたかも組織や財務計画が先にあった印象だが、)壮大な青写真(ビジョン)を持った一人の加速器研究者(Eriksson)の主導で進められたことは明らかである。優秀な加速器やに周囲が従った。ついでに言うと彼の頭の中にはMAX IVの先にはFEL光源もあるのだがここでは割愛する。

 

Erikssonは一連の小型リング建設で技術を磨き1.5GeVのMAX III(注2)で小型リングでのMBAを実証したのちに、用意周到に3GeVリングへと進んだ。実に手堅い。この間の計画は実に地道で積み上げられたものであるがゆえにリスクが少ないので、周囲も彼に任せたと思われる。そういえば加速器やの流儀として「余計な口を出してはならない」がある。彼に誰も口出ししなかったのだと思われる。さらにMAX IVの考え方(MBA)が世界に認められた背景には計算コードの結果をオープンアクセスとして他の加速器やが納得できたことがあある。この考え方はソフトウエア開発で言えばオープンソースやWikiの考え方と共通点がある。新技術を特許で囲い込むのと好対照だが、例えばトヨタのFCV技術やテスラ社のEV技術は特許権を放棄して普及を優先することも珍しくない。そもそも加速器の世界は新技術をシェアすることで発展してきた。他の研究者が採用することで新技術が普及し信頼性も高まることのメリットの方が大きいのである。

(注2)ポーランドの放射光施設は自国での開発を諦め、MAX IIIを「購入」する方針であった。筆者が出席したポーランド放射光を実現するためのキックオフミーテイングでは、MAX IIIの「購入」が既定事項であった。しかしポーランドの結晶学研究コミュニテイは強力で、本格的なX線利用ができるMAX IVに関心があるらしい。ポーランドの財政事情も苦しくこれには相当の困難が予想される。しかしMAX IVの「購入」が実現すれば、ポーランドの放射光コミュニテイにとっては願いが叶う事になる。

 

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Credit: MAX IV

 

コスト負担を軽減するMAX IVの知恵とは

荒っぽい試算では3GeVリングの建設コストは約300億円となる。MAX IVリングの建物と維持費は大学が持つとしてでは一体リング建設費を誰が出したのかというのは自然な疑問である。建設費は科学評議会と(地域振興を目指す)スエーデン・イノベーション・システム庁と地方行政が拠出する。すなわち施設建設を地域振興の一環として地方と中央が協力して出資し、維持管理は大学が行う。

建設費と後々続く維持管理費の両方を負担することの難しさが表面化しており、300億の施設では10%に当たる30 億円が寿命を20年として積み上げると建設費の倍となり重荷になるが、こうして建設予算と維持管理を分離すれば財政的に軽減される。また維持管理コストは3,000名の研究者のアウトプットで説明に困ることはない。建設コストには地域や国内雇用も含まれるので地域振興の観点でも寄与が大きい。

 

IPAC2016出席者からのリアルタイム情報ではMAX IVの試験的な運用中に細かいトラブルが発生したそうだが、それらに対処できた結果、設計性能の300pmradは達成できた模様である。このことはMBAの有用性を実証し第3+世代蓄積リングの将来性は確約されたたと取れる。日本でもMBAアプローチは3GeVの東北放射光、PF次期マシン、そしてSpring-8-IIでも使われる技術である。

 

MAX IVのインパクト

IPAC2016の招待講演のもう一つの主役はオーバー6GeVの3施設のアップグレード計画の先頭にいるESRFの状況報告である。オーバー6GeVリングのMBA適用の最初となるが、そのあとに続くAPS、Spring-8-IIでも非常に近いラテイス変更となる点で注目される。

ESRFアップグレードは2015年から2019年にわたる大規模なラテイス変更でMBA採用により水平方向の低エミッタンス(160pmrad)を目指す。MAX IVとの差は周長差によるところが大きく、その意味ではより周長の大きいAPS、Spring-8ではそれを超える~100pmrad)が実現できるとみられている。

これにより広範囲のエネルギー領域で輝度も増大しアンジュレーターで1021~1022が得られる。ただしMBAでは偏向磁石の磁場が弱いため硬エネルギー領域の強度を補うために3-pole ウイグラーをMBA磁石の間にできる短直線部に入れる。

 

ESRFは輝度の増大が実験装置の性能に反映されるかどうかを数値で評価していたが、それによると実験によって10-1000倍となり、実験手法に強く依存する。例えばイメージングなど高輝度が直接的に性能向上につながるが、吸収分光などフラックスに依存する実験では、フラックス増大が見込めないためそアップグレードの恩恵は大きくない。

それでもEUの科学技術予算を使いアップグレードを行う理由はMBAにより第3+世代ラテイスの優秀さが蓄積リングの流れを変えるほどのインパクトがあることを示唆している。そのきっかけを作ったのがMAX IVのErikssonだが、彼にしても唐突にMBAに到達したわけではない。MAX Iから3代目で技術を完成しMAX IVで第3+世代が完成した。あとに続く加速器やはその恩恵に浴していると言える。

 

Lindauはサンフランシスコで30年前のサーブを乗回す。古い車を愛着を持って使い続ける姿には使い捨て文化はない。北欧では電気器具も壊れたら修理して使うので修理のできる店が多いという。MAX IVの堅実な予算の使い方と共通する倹約精神が見えるような気がした。2016年は日本にとってPF IIや東北、そしてSpring-8-IIで第3+世代光源が実現できる新しい展開のキックオフとなるのだろうか。そこではErikssonやLindauの精神を参考にした賢い予算の使われ方が必要になることは間違いない。

 

 

 

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