水分子に新しい相を発見

オークリッジ国立研究所はパルス中性子発生源を用いた研究とスパコンによる計算化学により気相、液体、固体のどの相にも属さない新しい相の存在が見出された。ベリルという鉱物(注1)結晶の六方対称の50ナノメートル幅のチャンネルに閉じ込められた水分子の中性子散乱実験が英国のラザフォード・アップルトン研究所で行われた。その結果、低温で水分子は固定されず原子位置が非局在化することがわかった。量子力学的な原子の非局在化には壁との相互作用が影響していると考えられている。

 

(注1)天然に算出する青緑色の宝石で結晶格子定数の関係で、軟X線領域の分光結晶として有用であるが、希少で大型結晶は見つけることが難しい。

 

この実験結果は酸素原子と水素原子が非局在化して六方対称のサイトに平均に分布するというこれまでの分子のイメージを覆すものとなる。このような状態は量子力学的な記述によるもので古典的な結合論の分子イメージでは記述できないものである。この発見により水分子の熱力学的な性質だけでなく細胞膜やカーボンナノチューブを透過する水分子の挙動の理解が進むと期待されている。

研究チームによれば量子力学的(トンネル効果)に水分子の移動を記述できれば生体物質を含む多くの系で、水分子が多種多様な機能の発現に関わるメカニズムが理解できるという。中性子の水素原子との相互作用が大きく水分子の散乱実験には特に威力を発揮する。

非局在化した状態では絶対零度における動きの目安となる中性子実験から得られるプロトンの平均運動エネルギーが、液体や固体より30%小さく従来の振動モデルでは説明できない。第一原理計算によれば異常な非局在状態はベリル結晶との相互作用の結果とされる。これまで液体の「壁」との相互作用は無視されてきたがチャネル径が ナノメートルになれば壁と水分子の相互作用が無視できないということが証明された。下の図のa、bは計算によるab面の電荷分布でそれぞれ水素、酸素原子の物である。まるで「ベンゼン環」のような非局在状態が確認できる。

 

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Credit: Phys. Rev. Lett.

詳細は論文(Phy. Rev. Lett. 116, 167802 (2016))を参照されたい。

 

オークリッジ国立研究所はテネシー州のマンハッタン計画のウラン精選施設を引きつぃだ施設で、中性子実験炉HFIR(High FluxIsotope Reactor)やパルス中性子源SNSがある。英国にも加速器型のパルス中性子発生源ISISがあり、いずれも今回のようなダイナミクス研究には威力を発揮する。(日本にはKEKのJPARCがこれらの施設に比較できる強力なパルス中性子源とである。)

オークリッジ国立研究所の強みは17.6ペタフロップスのスパコンを持っていることで電子状態やダイナミクスの大規模計算を行えることである。欧州では(国や役所の主導ではなく)研究コミュニテイが求める先端基礎研究基盤の新規整備を研究所間を連携して、着々とロードマップ策定を進めている。英国では英国科学協議会が受け皿となる。また米国では先端研究基盤の整備を省庁(国立科学財団(NSF)、国立衛生研究所(NIH)、エネルギー省(DOE))が重点課題の本協力して進めることで重複による無駄のない効率的な予算配分が特徴である。

 

国際競争力を左右する先端研究基盤の整備 

予算規模に大きな差がないにもかかわらず欧米の先端研究基盤の整備が着々と進む理由は何か。それは欧米では日本のように研究者が直接、国と交渉しないからであろう。研究コミュニテイの意向が直接反映されるため、整備が迅速に行え国際競争力を失わずに済む(注2)。国と直接交渉しなければならない日本はコミュニテイが研究所を代弁者に立て、役人用語で表現しなければ基盤整備が予算化できないのと対照的である。将来は科学技術予算を配分する組織を作り研究者を研究に専念させなければ国際競争力が低下する一方である。

(注2)米国では施設の所長クラスが予算配分に研究を離れてから直接関わる。放射光ではSSRL所長であったBienenstockやAPS Materails ScienceリーダーであったMontanoなど多くの研究者が研究所からワシントンに移動した。ピアレビューでコミュニテイが必要とする「大型施設」を一本化し順番にロードマップに乗せていく。そこには役所(国)が予算を分配するという概念はない。筆者の個人的な印象だが日本では研究コミュニテイの立場が弱い。時代に沿った改革をしないと手遅れになるかもしれない。

 

核廃棄物など「負の遺産」を残したマンハッタン計画であるが、研究委託大手のベッテルとテネシー大学がマネージすることで、とオークリッジ国立研究所は中性子研究において「グリーンエネルギー」を掲げた基礎研究に活路を見出している。

 

 

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