過去最高エネルギーで暗黒物質を狙うLHC

ヒッグス粒子発見の後、改修作業のため3年という長期シャットダウンに入っていた世界最大(エネルギー及び周長)の円形加速器LHC(Large Hadron Collider)が再び動き出した。LHCは前人未到の13TeV(TはGの1,000倍、1.3兆)という、当初のエネルギーの倍のエネルギーの衝突実験を行えるようになった。

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Photo: CERN blog 

 

2008年9月から稼働したLHCの(Season1と呼ぶ)最初の実験期間では7TeVに加速したプロトンビームを衝突させた。LHCはジュネーブ郊外の地下に設置された電子ビームのための円形加速器が収められた既存の円形加速器トンネルに整備された。国境を越えて粒子が飛び交うと表現される理由は下の写真でわかるだろう。

 

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Photo: Science Blogs

 

円形加速器で粒子を周回させながらエネルギーを上げていきその速度を光速近くまで加速するには、高周波空洞といわゆる「波乗り」の原理で位相を同期して行う。

LHCには複数の目的の異なる検出器システムが国際協力によって整備されている。新たにSeason2で活躍するのは以下の4系統で、それぞれ異なる目的を持っている。配置場所は上の写真を参照。

 

ATLAS (A Toroidal LHC ApparatuS) CMSと並んでLHCのメイン検出器、プロトン衝突後の素粒子を解析

CMS (Compact Muon Solenoid)  プロトン衝突後の素粒子を解析

LHCb (LHC-beauty) 標準理論の検証

ALICE (A Large Ion Collider Experient) 重イオン衝突実験

 

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Photo: boston.com

 上の写真はCMS検出器。

 

LHCの目的は何だったのか。一言でいえば標準理論(注1)の確立であった。標準理論はデイラック以来世界中の素粒子物理学者が築き上げてきた、今日の素粒子物理パラダイムを支える理論で、これまでに行われた素粒子実験をほぼ全て、矛盾なく説明することができる。

1964年にクオーク、ヒッグス粒子が提案され、1995年にクオークが米国グループによって発見されると、残る未確認のヒッグス粒子を発見することで、標準理論(標準模型)で全ての素粒子を記述できることになる。それゆえLHCに託された希望は、ヒッグス粒子の発見が最優先課題となった。期待通りSeason1でこの快挙を成し遂げたLHCは27カ月のエネルギー増大のための改修を受けた。

 

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Photo: fnal.gov

 

(注1)標準模型はスピン1のゲージ粒子、対称性を破るスピン0のヒッグス粒子、スピン1/2のフェルミオンからなる。1998年にカミオカンデで発見されたニュートリノは標準模型の範囲では質量を持たないが、実験では質量があることがわかった。この矛盾は標準理論(標準模型)に修正が必要であることを示すことからも明らかなように、ヒッグス粒子発見で標準模型が完結するといっても精度を上げた素粒子実験が必要であることを示している。

LHCの主役はプロトンビームを加速するための超伝導加速空洞である。超伝導加速空洞はLHCの次に国際協力で建設されるILCという直線加速器でも採用された他、ERLという次世代光源にも使われる。

 

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Photo: CERN Atlas Detector Photos

 

加速空洞(上の写真)は超伝導材料であるNbで製作するが、Nbの超伝導転移温度は9.3Kと低いため液体ヘリウム冷却系が必要になる。そのため構造が単純な空洞であるにもかかわらず大型となる。空洞の表面処理が加速器としての性能に影響するため、溶接や研磨など周辺技術のR&Dが欠かせない。

改造後の2カ月にわたる試運転を経て、今後3年にわたるLHC第2フェーズの運転が開始された。2015年6月3日10:40にLHCはビーム安定化により衝突実験の準備が整った。

 

ここでいう「ビーム」とは周長27kmの円形加速器で光速に近い速度まで加速されたプロトン粒子の束(バンチ)で、逆向きに加速されて周回し超伝導加速空洞で最終加速され衝突する。LHCには現在6バンチで合計100億個のプロトンが周回しているが、バンチの数は最高2808まで増やすことができる。

2012年のLHCの最初の運転でATLAS、CMS検出器システムはヒッグス粒子(注2)発見という偉業を成し遂げ、宇宙を構成する物質の最小単位となっている素粒子(相互作用)を記述する標準理論に必要な最後の要素を解明した。

(注2)ヒッグス粒子が「神の粒子」と呼ばれる理由は標準模型で唯一未確認素粒子であると同時に、宇宙創生期であるビッグバンの起源と考えられてきたためだ。

 

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Photo: NASA Science

 

CERNの研究者達は今後、標準理論の境界領域を詳しく調べ、宇宙の1/4を占める暗黒物質(上の図)の解明に向けての新しい衝突実験を開始した。これにより反物質についての知見も得られると期待されている。

 

LHCにはALLICE、ATLAS、CMS、LHCbと呼ぶ4つの検出器グループがあり、これらで未踏のエネルギー領域での衝突実験に挑む。過去2年間の実験によりこれらの実験の検出器システムは改良され、新しい衝突実験のデータを収集する準備が整っている。これらの検出器システムの建設には日本を含む世界中の高エネルギー研究者が関わっており、国際協力によって成り立っている。

高エネルギー衝突実験では観測されるイベントが衝突エネルギーに強く依存するために13TeVというエネルギー領域での衝突実験で新しい素粒子物理の側面が姿を現す可能性が高い。LHCのアップグレード後の実験後半では最大エネルギーとLuminosityと呼ぶ輝度を上げて、精度の高い実験も計画されており、これからの3年間はLHCから目が離せない。

 

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