あいちSR見学記−コンパクト放射光セグメントの意味

 日本の新しいリングは何処か?という質問を海外で外国人から頻繁に受ける。確かにかつての日本は放射光大国であり、放射光バブルの震源地でもあった。基礎科学から産業利用まで幅広いニーズがあったことと、層の厚い加速器研究者層、そして何より採算性より積極的な投資に湧いたバブル景気が一体となった結果だと筆者は思っている。放射光の建設ラッシュがひいた現在でも陽電子治療加速器施設の建設が活発で建設中も含めれば1国で15カ所というのも世界に類をみない。

 

 放射光大国日本

 第二世代で花開いた放射光施設はそのままの勢いで挿入光源主体の第三世代へ舞台を移し、気がつけば6GeV以上の巨大施設が相次いで欧州、日本、米国に建設され、基礎科学と蛋白構造解析の分野で多大な成果を上げている。6GeVクラスの施設は1,000億円以上の建設コストがかかり、それ以上に6GeVリングの電気料金は圧倒的に高額で、維持費の1/3程度、例えば8GeVのSPring-8では19億円/年が電気料金に消える。日本でも一時は仕分けの対称となり、箱もの扱いで批判にさらされた大型放射光もいまでは先端科学に無くてはならない施設として認識され批判的な意見はきかれない。

 しかしながら1,000億円以上の施設となれば、経済成長の高い国以外では新たに建設できる可能性は低い。中国で10年後に建設がはじまる6GeV施設を含めるとこのクラス(セグメント1)は世界が4極体制となる。しかしラテイスの研究が進むと3GeVクラスの蓄積リングでも挿入光源のギャップを小さくして磁場を強くする(注1)ことで、セグメント1に引けを取らない高輝度ビームが得られることや、エネルギー領域を拡張したい場合は局所的に電子の曲率を上げてやる(注2)ことで対応できるため、よりコストの低い3GeVクラス(セグメント2)が注目されるようになり、世界各国で超低エミッタンス(nmradオーダー)リングの建設が始っている。

(注1)In-vacuum undulater
(注2)Superbend

 

放射光セグメントの最新動向

 これらの超高輝度ビームを供給するふたつのセグメント以外に放射光リングとしては1GeV以下のVUVリングと1GeV以上3GeV未満の中型汎用リングが存在する。ここでは6GeV以上、3GeV、1-3GeV, 1GeV以下をセグメント1, 2, 3, 4と呼ぶ事にする。(注3)
(注3)北京の計画は当初5GeVであったが。最近、最大6GeVでの運転が可能としている。最終的なスペックに落ち着くにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 1GeV以下のリング(セグメント4)は広島の0.7GeV(注4)、立命館大の0.575GeV、分子研UVSORIIIの0.75GeVの3カ所が存在する。これらはVUV光源として特化し光電子分光に代表される分光研究に貢献している。さて1GeV台の中型光源(セグメント3)に目を向けると佐賀LS(1.5GeV)、SPring-8と併設されたNew-SUBARU(1.5GeV)にこのほど「あいちSR」(1.2GeV)が加わって3カ所となった。

 2.5GeVのPFと6.5GeVのPF-ARを含めればやはり、かつての放射光大国の面影は無くなったとはいえ、米国を除けば外国からみると何故、日本にこれだけ多くの放射光施設が存在し経済状態が回復しないまま維持できているのか不思議でしょうがないらしい。下の写真は今回紹介するあいちSRの建物全景。

 

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 あいちSRは分子研UVSORIIIと同じ設計者による設計で、1.2GeVリングの輝度スペクトルの高エネルギー限界のを改善したコンパクトな光源である。あいちSRは名古屋駅から地下鉄とリニモを乗り継いで、50分にある万博跡地にある。愛知県が地域の共同研究拠点として整備する「知の拠点あいち」の「あいち産業科学技術総合センター」に併設され、産官学連携の中心となる産業利用放射光リングである。

 リニモの駅から歩いて数分にある施設へのアクセスは放射光施設としては非常に良い。3GeV以上の大型施設は一般に郊外にありアクセスが悪いが、ユーザーにとってアクセスの良さは利用効率に密接に結びついている。あいちSRはその点問題ない。下の図が実験ホールのレイアウト(資料提供:あいちSR)である。

 

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あいちSRの特徴とは

 構内の奥に位置して入室まで時間のかかることの多い放射光施設がほとんどであるが、ここでは加速器建物への入室もあっけないほど簡単であった。レイアウトは図に示すように50MeV入射器と1.2GeVブースターリングが蓄積リング内に置かれている。蓄積リングのラテイスは周長72mで、8カ所の偏向磁石でつくられる4カ所の直線部を持つ4回対称ラテイスが特徴で、UVSORIIIでは6カ所に挿入光源が設置されているのに対して、あいちSRでは2つの偏向磁石(セル)の間の4カ所を挿入光源用に長直線部を確保し、8カ所の常伝導偏向電磁石の隣り合う2個の磁石の中間にできる短直線部に超伝導偏向電磁石(Superbend)を配置している。

 

 HLS(0.7GeV)など低エネルギーのリングに高磁場ウィグラーを入れると、ビームダイナミクス面で不利となる。HLSでは6T超伝導ウイグラーが長直線部に設置され0.7GeVでありながら12keV程度までの硬X線領域の実験を可能としていたが、最近のアップグレードによりラテイスはUVSORIIIに良く似たラテイスとなって現在は使われていない。

 長直線部に高磁場ウィグラーをいれて軌道補正に苦労するより、偏向電磁石を超伝導とすることの方が得策である。実際、あいちSRでは周長が72mと短いにも関わらず、この方法で硬X 線領域のスペクトルを確保することに成功した(臨界エネルギー4.8keV)。超伝導偏向電磁石は偏向角12度の5T超伝導磁石でヘリウム冷凍機型である。

 下の写真の建物中心のシールド屋上に置かれた冷凍機システムは実にコンパクトな汎用型である。5Tというスペックは超伝導磁石としてはやや抑えたスペック(注4)であるが、おそらくスペクトル、冷凍機能力や長期安定性を考慮してのことなのだろう。

(注4)BESSYIIに15TSuperbendが設置されている。Superbendの本家ALSも5Tである。

 

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コンパクトな周長だが中身は濃い

 稼働中の6本のビームラインは超伝導偏向電磁石を光源とするBL5S1、BL5S2は硬X線XAFS、X線回折実験で材料評価、偏向電磁石を光源とするBL6N1とアンジュレーターを光源とするBL7Uは軟X線分光、VUV分光、光電子分光、BL8S1、S3は薄膜回折、小角散乱を中心とする。

 BL5S1ステーションでのスペックはトロイダルミラー集光で0.3mm巾のビームは20keVまでPFの集光ビームラインBL12Cと同程度の強度とエネルギー分布を持っている。また輝度スペクトルは1.5GeVの佐賀LSのウイグラービームと同程度でもあるので、おおまかな強度は単色集光ビームで比較して2.5GeV常伝導偏向磁石〜1.5GeVウイグラー〜1.2GeV超伝導偏向電磁石となる。

 筆者の見学したXAFSビームラインは最新の設備(Qスキャンモノクロ、多素子SSD、制御システム)であると同時に、実用上ネックとなるソフトウエアについても先輩格の諸施設の使用経験からユーザーフレンドリーに心がけた使い易いものとなっていた。0.3mmスポット、1010photons/secで20keVまでの実験が可能となれば、通常のXAFS測定なら不足はない。下の写真はXAFSハッチ。

 

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セグメント3の新基準となるか

 1GeV以上3GeV未満の蓄積リングをセグメント3とすれば、コストパフォーマンスを考えたとき、あいちSRはこのセグメント(地域分散の中型リング)の新しい基準となるかも知れない。ターンアラウンド時間の短いこと要求される産業利用では、利用までの時間的物理的障壁を下げることと実験に関するアシストが鍵となる。地方分散型リングは地方財源に頼る割合が高くなり必然的に(地元の)産業利用の比重が高くなるだろうから、セグメント3の日本の3リングは頼もしい存在である。

 全体を眺めてみると6GeV以上のセグメント1を大型施設、競争の激しい3GeVのセグメント2を中型リングと呼ぶならば、さしずめセグメント3はコンパクト中型リングであろう。このクラスのリングは1GeV未満のVUV小型リング(セグメント4)とならんで、セグメント1, 2を補間し放射光研究の地方分散と産業利用において重要な役割を果たすと考えられる。

 

日本の多様性は西欧文化のアンチテーゼか

 日本の放射光施設が海外からみると「異常なまで」に多い理由は、日本人の持つ何でも受け入れる仏教的寛容の態度と「西欧的な合理主義」に対するアンチテーゼなのかも知れない。気がつけばどこもかしこも同じ目標(回折限界)を狙う同じようなスペックのマシンのみになるかも知れない。しかし回折限界が意味をなす実験が全てではないし、そのスペックが逆に日常的な実験には使いにくいこともあるだろう。高級なスーパーカーも買い物やちょっとした移動ではむしろ邪魔になるのと同じである。

 巨大な企業だけが生き残る西欧社会(日本もそうなりつつあるが)に対して、創意工夫と機動性でで日本の中小企業は生き残ろうとする。放射光の利用研究は広大で先端リング(セグメント1と2)を補間するセグメント3と4にも均等に機会がある。低コストと機動性を生かしたこれらのセグメントの多様性は日本ならではのものかも知れない。

 

 今回の見学に際して計測分析部門の田渕教授のお世話になった。またご意見をいただいた竹田教授と加藤教授に感謝の意を表したい。

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