加速器治療の最前線−Part3 重粒子線治療

 すでにBNCTPart1でリニアックPart2で陽子線照射による癌治療についてかいたが、ここでは重粒子線治療についてかくことにする。一般にX線(γ線)、電子線、中性子線では、表面付近の線量が最も大きく深さとともに指数関数的に減衰するのに対し、陽子線や重粒子線では、表面付近の線量が小さく、粒子が停止する付近で最も線量が大きくなる。このことから患部が皮膚直下でない場合は、陽子線と重粒子線のビーム照射によれば、正常細胞のダメージを少なくした患部に集中した放射線・粒子線治療が行える。

 加速器治療の最前線−Part1 リニアック

加速器治療の最前線−Part2 陽子線治療

 

 emma

 上の写真はEMMAと呼ばれる新型加速器(Daresbury)でコンパクトで低コストのため将来の粒子線加速器に革命を起こすと期待されている。写真の装置はプロトタイプの電子加速器バージョン。

 

重粒子線の発生
 重粒子線ビームをつくるには陽子線源、入射器、円形加速器(シンクロトロン)の組み合わせとなる。陽子線源はイオン発生装置であり、大きく分けて

(1) PIG(Penning Ionization Gauge)イオン源

(2) ECR(Electron Cyclotron Resonance)イオン源

(3) レーザーイオン源

に分類される。(1)はPIG放電によるイオン化装置で、ガス化された物質はプラズマ生成室中のプラズマによって電離されて生成するイオンが引き出される。(2)はマイクロ波を印可することで電子サイクロトロン共鳴現象を用いたイオン源、(3)はレーザーを固体ターゲットに照射し、生成するプラズマからイオンを引き出す。下の写真は質量分析用のPIGイオン源である。加速器ではもっと大きいスケールであるが原理は同じだ。

 

Mass spectrometer ei ci ion source

 

(1)ではアノード、カソード間で放電で生成された電子を電極間の電場により加速される一方で、周囲の磁石の磁場で回転し壁内に閉じ込められる。
(2)ECRはスパッタ装置でおなじみの磁場に垂直方向のマイクロ波電界と電子の強い相互 作用によって電子が加速され電離が促進される原理を利用し、低気圧でもイオン化が行える特徴を持つ。
(3)物質に紫外レーザー光を照射すると、物質が光を吸収して光電子移動が進行し、 イオン化される(レーザー脱離イオン化)と同じ原理でMALDIでの応用がよく知られている。

 

 写真はマグネトロンスパッタ装置のプラズマ。ECRイオン源では同じ原理でつくられるプラズマからイオンを引き出す。電場で高速に移動させ反撥力で推力を得るのがイオンエンジンだが、粒子線治療ではこれを光速近くまで加速して打ち込む。

Magnetron sputtering source

 

日本のエースHIMAC
 放医研のHIMACと呼ばれる加速器ではイオンを約30mの直線加速器で6MeVまで加速し、シンクロトロン(周長42m)に入射後にRF空洞で800MeVに加速され、ビームトランスポートで照射室へ運ばれる。周長が30-40m、800MeVクラスのシンクロトロンはVUV放射光リングで一般的な加速器スペックでこのクラスの蓄積リングは数多く建設されている。400MeVのINS-SORリング(周長17m)が草分け的存在であった。

 HIMAC以外にも日本の粒子線治療施設は建設中のものも含めれば15箇所(注)と世界でも有数の粒子線治療大国である。これは放射光施設も数だけをみると8カ所と世界でも突出した施設の多さで、日本の加速器技術の高さと先端医療としての加速器治療への関心の高さがうかがえる。原子核物理・核化学・放射線生物などの基礎科学分野では理研 和光研究所仁科加速器研究センターが、 3台の重イオン(原子番号60以下)加速器を含む重イオン加速器施設(RIビームファクトリー)を公開している。

(注)このうち重粒子線(炭素イオン)治療ができるのは5カ所。陽子線と重粒子線照射の両方が行えるのは兵庫県立粒子線医療センターの1カ所のみとなっている。

 運ばれて来たイオンビームは3つの治療照射室で照射治療に供される。HIMACでは垂直ビーム、水平ビームそれぞれと、水平、垂直両方のビームの同時照射できる治療も可能となっている。HIMACのシンクロトロンは2段になった独立の2台から構成される。なお重イオンの定義はヘリウム以上のイオンである。医療目的には生体と相性の良い炭素が用いられることが多いが、HIMACではヘリウム、炭素、窒素、酸素、ネオン、シリコン、アルゴンの加速が可能である。下の図はHIMACの鳥瞰図(放医研資料)。

 

040026b

 

粒子線の特徴
 癌治療に用いられる重粒子イオンは癌細胞を殺す力が強くまた、癌細胞のまわりに酸素があるかないかによる影響を受けにくい利点がある。したがって、放射線に対して抵抗力があってX線や電子線では治しにくいよう癌患部内部の癌細胞を殺す。また身体組織の中に入ってから、そのエネルギーの大きさに応じた特定の深さで、最大のエネルギーを組織に与えて止まる性質を持つ。そのためイオンの種類とエネルギーを制御すれば、任意の深さにある癌細胞に集中的に線量を与える。

 

makeThumbnail

 重粒子線治療施設HIMACは世界でもただひとつの癌治療専用の重粒子線加速器である。1994年に稼働して以来、1400名への臨床試験があり、肺癌、前立腺癌、肝臓癌、子宮癌などで成功を収めた。国際的にも各国で重粒子線治療が活発化しており、先行した欧米にキャッチアップしようとするアジアの意欲低な計画を考慮すると、先進医療の中心として期待されていることが明らかである。

 

現実的な問題も

 先進医療のアドバンンテージは放射線による正常細胞のダメージを抑えることだが、陽子線は258万円、重イオン粒子線は299万円、と高額で健康保険の適用外のため、期間に関係なく治療費は自己負担となる。このため癌保険と先進医療特約が話題となっているが、本末転倒の感が強い。

 また放射線治療には新しい技術として「マグネタイト」ナノ粒子を利用する新しい治療法もある。磁気共鳴画像装置(MRI)の造影剤にも使うナノ粒子を体内に入れ電磁波を照射すると酸化鉄微粒子が発熱するため、その熱で癌細胞が死滅する。

 リニアックビームの微細化と多方向からのビーム集中治療(サイバーナイフ)とIMRT(Part4で取り上げる予定)により、正常細胞のダメージの問題は改良されているので、リニアックとのアドバンテージは以前より少なくなって来ている。「切らずに治せる癌治療」は確実に現実化しているが、全てに万能な治療法ではないので、それぞれの特徴を患者とその家族は知っておかなければならない。

 IMRTについてはPart4に続く。

You have no rights to post comments

hitachihightec

hitachihightec science

Copyright© 2013.   放射線ホライゾン rad-horizon.net   All Rights Reserved.