アップグレード-その2:超音速旅客機か新幹線か?

 先に各国の放射光施設で計画中のアップグレードと呼ばれる光源性能の向上計画についてかいた。光源の性能をエミッタンスだけで表現できないが、最も注目されるエミッタンスは〜2桁向上が目安である。この他、コヒーレンスの向上も新たな複数磁石の組み合わせで、期待される項目のひとつである。高エネルギー(5-6 GeV以上)の光源と新たに設計される3GeV光源の性能をNatural emittance(HorizontalEmittance)で代表させて以下に示す。(出典:Bartolini, Diamond, 2014.7)

 

cor copy

 

 この表に上げた全てのマシンは1nmを切っている。世界の先端が凝縮されているには違いないのだが、PEP-Xなど素粒子実験のリングも含まれるので、これら全てがユーザーに開放されているわけでもない。低いエミッッタンスに周長の長さが大きな要因であることは先の記事で述べた。その意味で高エネルギー実験用のリングであるPEP-Xや(ここにはのっていないが)PETRA-IIIを除くと1nm以下といっても1nmに近いグループと、それらより1桁低い100pm付近のふたつのグループがあることがわかる。SPring-8 II、APS、ESRF IIでは70pm、100pm、140pmであるが、これらも周長の順に並んでいる。

 Science343, 12 (2014)にAPSにおけるアップグレードが取り上げられている。APS (Argonne Photon Source)は7GeVの米国最大の放射光施設でその予算元はDOE (エネルギー省)である。シカゴ郊外のアルゴンヌ国立研究所キャンパスに位置し、全米各地から乗り入れるオヘア空港に(米国の感覚では近い)という至便性もあって、ユーザー数5,600人という規模は間違いなく全米一だ。

 APSアップグレード予算は$391Mすなわち約400億円であるが、エネルギー省の予算認可の関門4つの内、2つをクリアした昨年(2013年)、計画推進の加速と性能向上を要求されたという。提案する性能を上方修正することは予算が膨らむので通常は役所はよほどの理由がない限りやらない。アップグレードでは40個の偏向(双極)電磁石の代わりに4-5個の複数の磁石で置き換えることで、偏向と放射光発生で損なわれるビームの質を補正する。これにより輝度は2桁増大するが、それ以外の恩恵として磁石を分割することによって生まれる空間に、磁極数の少ないマルチポールウイグラーを挿入できるので、利用ビームラインを倍増することも可能になる。

 APSのビームラインはPRT(Participation Research Team)と呼ぶ、共同実験チームが外部予算で獲得した資金によって建設、運営が行われている。アップグレードに期待する反面、これらのPRTのユーザーの中には輝度が高いことで放射線損傷が起きる等の理由で、好ましくないと考える人たちもいる。またPRTは日本の科研費に相当するNSFや厚生予算に対応するNIHなどの関係省庁に予算を申請しづらい、という意見もきかれる。

 

 アップグレードで性能向上したマシンは交通機関の世界で例えるなら、亜音速のジェット機から超音速旅客機への変更である。科学の世界を旅するユーザーが超音速旅客機を選ぶのか新幹線で満足するのか、結果は数年先にでる。ちなみに過去、超音速旅客機としては英国とフランスが共同開発したコンコルドが有名である。亜音速のジェット旅客機の2倍の高度をほぼ2倍のマッハ2で飛ぶ、美しい機体はエールフランスが欧州と米国、南米路線に就航させ、話題になった。しかし騒音、燃費、安全性などの要因で、(最大の原因は収益性)2003年に退役した。

 コンコルドに遅れてより機体の大きいボーイング社の2707やコンコルドのコピーとされるツポレフTu-144があり、新世代の高速交通手段として注目を集めた。しかし環境破壊や安全性についての反対意見とエアラインの競争が激しくなると、自然消滅の一途をたどった。コピーといわれたTu-144の方が先に初飛行した事実は知られていない。またほとんどの項目でTu-144の方が性能が優れていたことも皮肉である。インターネットのない時代であったが情報が漏洩すると、競争相手(国)は、それより良い仕様で再設計や改良を繰り返すと、基本的な部分は似てくる。主に予算の制限によりわずかな差がでてくるだけだ。写真は性能で抜きんじていたが燃費に泣いたTu-144。折曲がる機首をはじめコンコルドと瓜二つである。

 

Tu-144

 

 新幹線は大量かつ高速の移動手段として日本で発展して、幹線(東京-大阪)では超伝導リニアモーターカーが建設されることになった。台湾への輸出に続いて中国でも新幹線が導入されて車両の外観は日本のものとそっくりであるが、制御システムや座席などは別ものである。さてユーザーはどちらを好むのだろう。価格も手頃で便数も多い新幹線を選び、ゆったりした旅を楽しむのか、または遥かに高い料金と引き換えでリニアに乗り時短を目指すのか。

 放射光ユーザーの中には蛋白構造解析や分光など超高輝度光源の恩恵をそれほど受けない人がいる。また高輝度光で現状の限界を越えたい人もいる。また新たに可能となるコヒーレンス光で位相情報を利用したいと考えている人もいるだろう。最大公約数をとるのだろうか。また新しい光源を必要とする人たちがリーダーシップをとれば、他の人たちもその恩恵にあずかれるのだろうか。交通機関としては新幹線ほど大量の旅客を安全に、そして快適に輸送した手段はないのではないか。もちろん極端に近郊とか遠距離においては別の手段に利があるだろう。中距離という日本で収益性を決める制限は大陸では意味が薄れる。実際、中国の営業中の高速鉄道は 4,175 km であるが2015年には25,000 kmとなる予定だ。長距離で多少退屈な時間が増えても航空機より運賃が安ければ採算がとれる。

 超音速旅客機に比較できる光源のアップグレードの評価は、数年後にははっきりするだろう。

 

 アップグレードの経済性-使える物は使うという戦略

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