新世代放射光の動向ー兆しを読む

 線形加速器ベースの新光源ERLについて本コラムでは、すでに、Kazumichiさんの連載記事で取り上げられている。素粒子実験の加速器やXFELでは(蓄積リングに固有の)原理的な限界を打ち破る線形加速器の優位性が実証され、実績が積み上げられつつある。ビームの質を追求すれば線形加速器にたどり着く。その意味ではその都度、新鮮なビームを供給する点でERLは線形加速器カテゴリに分類される新光源と呼べるだろう。ERLが次世代光源として適当か、また新世代放射光のキーワードになりつつある3GeV光源については、現在、様々な議論がなされている。ここではERL自身の説明は別稿に譲り、対抗馬であるUSR(Ultimate SR)との比較優位性について、また世界のアップグレードの動向から読み取れる兆し(台頭する新世代光源)についてかくことにする。

 ひとつのテクノロジーが限界に達すると、新たなパラダイムが生まれて問題が克服される現象(パラダイムシフト)は加速器に限ったことではない。半導体ではシリコンの微細加工技術が壁にぶつかり(注)、High-k材料という新絶縁材料に転換せざるを得ない瀬戸際にたつと、あの手この手でシリコンは困難を乗り越えて、(なんとか)Mooreの法則が成り立っている。放射光においても、限界があるとされていた蓄積リングでも突破口が考えらられた。電子を曲げるという操作がビームの性質を悪くする「諸悪の根源」であった。光学レンズの色収差を複数のレンズを組み合わせることで歪みが補正できるように、偏向電磁石を複数個組み合わせて、収差を減らすことができる。このような電磁石はMulti bending magnetと呼ばれる。

(注)シリコン酸化膜が薄くなるとトンネル効果で、絶縁性が損なわれ、微細加工に限界スケールが生じる。メモリでは漏れ電流、演算素子では発熱が問題となる。演算素子の熱密度はすでに、原子炉内部の値に迫っている。

 

 

 ここで世界的な放射光の動向を英国DiamondのR. Bartoliniの資料でみてみよう。放射光の性能を(水平)エミッタンス(nm)を蓄積リングの周長(m)で整理したのが下図である。ここで青いプロットとそれから読み取れる直線(傾向)は、現在稼働している各国の直積リングに関するものである。この結果から周長の増大が低いエミッタンス(高輝度)が得られることがわかるだろう。周長が長いということはひとつの偏向部で電子を曲げる程度がわずかで、「諸悪の根源」を押さえ込む事ができるのである。数式で表すとエミッタンスは曲げ角の3乗に比例するからだ。周長の大きい蓄積リングのアドバンテージはここにある。

 

RB 2014 07 11 diamond-22

 

 上の表を眺めてみるとSLSやALBAなどコンパクトな蓄積リングでも、直線からはずれてさらに低いエミッタンスのものもある。しかし素粒子実験のリングも含めても、周長が大きい方がより低いエミッタンスが実現されることは明らかである。なのでUSRを目指すのなら周長に余裕のある設計の方が有利になる。

 これらの稼働中の蓄積リングでは、偏向電磁石の改良(Multi-bending magnet)により、さらに低いエミッタンスを得るアップグレード計画が活発化している。ALS, SLS, Diamond II, ESRF II, APS II, SPring-8 IIなどの稼働中の蓄積リングの他、Max IVやBeijing, Brasilなどの新規設計のリング(BrasilのSIRIUSは表に含まれていない)や、Pep-Xなどの素粒子実験用リングも入り乱れて、赤でプロットされる新世代リング集団が形成される。ここでも周長とエミッタンスの直線関係が成り立っていることに注意して欲しい。

 

 

 上の表を頭においた上で、APSのアップグレード時の検討資料(下記)で線形加速器ベースのERLとの比較優位性をみてみよう。左端の欄の性能項目に対して中央欄のAdvantageがUSR (7 GeV)と比較したERLの優位性である。まずコヒーレンスであるが、これはERLの勝利である。XFELを除いては、コヒーレンスの優位性はERLにある。XFELの問題は一瞬で試料が破壊されることとパルス安定性に欠けることだが、ERLはその点ではXFELをしのぐ。(注)

(注)Multi-bending Magnetの高度化によってコヒーレンスの優位性は少なくなるという意見もある。(J. Kirz, ALS)

 

RB 2014 07 11 diamond-43

 

 次にフラックスは電子を蓄積できるUSRが一回毎に使い切るERLに比べてもちろん優位で、輝度は両者が同程度と評価されている。バンチ長と短パルスはERLに有利である。特に固体を想定した高時間分解実験はERLの強みといえそうだ。ビーム安定性については蓄積リングの圧勝である。なおERLの詳細は別記事を合わせて読んで欲しい。

 ここまでのところではERL、USRのいずれが安定路線である現有蓄積リングのアップグレードの後に来るべきか、優劣はつけがたいのではないだろうか。しかし案外、性能とは別の因子が作用する可能性もある。米国や日本を含む先進国は破綻状態に有るからだ。ALBA建設やメガソーラー建設が財政を圧迫したスペインの轍をふまないようにするには、コスト面を検討する必要があるだろう。それらをまとめたものが最後の5項目である。まずR&Dの容易さとリスクでは蓄積リングが有利である。また建設と維持コストも蓄積リングに軍配が上がる。最後の信頼性は蓄積リングが圧勝、というのがAPSアップグレードの比較優位性の評価の結論になっている。この評価が米国NSFがコーネル大のERLプロジェクトへの予算打ち切りと関係しているのかは不明である。米国の財政は実質的には2009年に破綻した。(国立研究所スタッフの10%削減が決まったことに代表されるように、)今後の基礎科学予算は締め付けが相当きつくなることは避けられない。同様に日本の財務も破綻しているのだ。

 我が国の新世代放射光の選択肢について考えてみよう。ERLの先進性と原理的な優位性は疑う余地はない。しかしより少ないコストで現ユーザーの光源として、選ぶとなるとステークホルダーたるユーザーはよりリスクの少ない方を選ぶだろう。難しい局面であるが、世界の実績のある光源が軒並みアップグレードされていく現状を眺めると、(筆者の個人的印象だが)ERLとUSRに優劣をつけることより、先に優先してやるべきことがあるのではないだろうか。

 

 この記事をかいている最中に友人からニュースが飛び込んで来た。筆者が5月に中国に滞在していたとき、北京光源は5 GeVとされていたが、関係者がいうにはエネルギーは最終決定ではないといっていた。また北京光源は国家的な課題で必ず実現するといっていた。そのエネルギーが6 GeVとなったそうだ。このことは重要な意味を持っている。6 GeVのESRFに始った第三世代蓄積リングラッシュは米国、日本がそれぞれ7 GeV、8 GeVというマシンを建設したが、アップグレードではAPS(注)もSPring-8も6 GeVとなる。北京が6 GeVマシンを建設するとなれば6 GeVクラスは今後、世界は4極体制となる。

(注)APSの最大の失敗はエネルギーを7 GeVとしたことである。(J. Kirz)

 

 それでは6 GeVでなければ世界の先端光源にはなり得ないのだろうか。答えは否、である。Superbendという局所的に偏向角を大きくして臨界エネルギーを高める偏向電磁石の技術がある。ALSやBESSY II、日本ではあいちSRで採用されたこの手法を3 GeVリングに取り入れれば、より高いエネルギーもカバーできる経済的な光源となり得る。この手法を用いた斬新的な蓄積リングがBrasilのSIRIUSである。このことは中規模の施設でも無理に周長を増やした高エネルギー(6 GeV)リングを建設せずとも、3 GeVで充分に先端的な光源が可能であることを意味している。ここで再び日本の放射光のアップグレードについて考えてみよう。

 我が国にはSPring-8の他、関東を代表する2.5 GeV蓄積リングがあり、老朽化してもなお同等のユーザー数と実績を上げている。SPring-8を6 GeVとしたアップグレードを行うことに加えて、Superbendを取り入れた新しい構想で2.5 GeVから3 GeVへのアップグレードを優先的に行うべきではないだろうか。これらのアップグレードによって当分、ユーザーは新光源の恩恵を受けるので、ERLとUSRの優劣にいますぐ結論を出す必要もなくなる。ERLにはR&D期間が必要なので充分に研究を行ってから評価するのでも遅くない。また上記の新光源に飽き足らなくなったユーザーが出て来てからでも遅くない。素粒子や核融合等の分野のように、場合によっては国際共同体で建設するのことも考えられる。世界の動向は定まりつつ有る。早く兆しに気づいてステークホルダー全てが納得する賢い選択をして欲しい。

 

(フォローアップ2014.7.31)

国際的なERLの評価の例を下記に紹介する(C. Marcelli)。

ERL's Advantages:

Short pulses ~1ps, round beams, spatial coherence, high brightness (linac quality beams)

It uses a superconducting linac: easily expanded to feed XFEL.

Small beam pipe: compatible with novel undulators.

 

ERL's Disadvantages:

Very hard to get high currents (100 mA or above).

Very hard to assure high stability in position and current

Not very suitable for pump-probe experiments: pulses too close in time (~1 ns spacing)

 

コメント   

# Hideo 2014年07月31日 10:02
これからは現在の超伝導でヘリウムをふんだんに使おうと思うのは古いよ。
マグネットにHigh Tc材料を使おうね。

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