揺動X線散乱のab-initio構造予測による3Dナノイメージング

バークレイ研究所の研究チームは、SLACとマックスプランク研究所と協力して、揺動X線散乱(注1)のab-initio構造予測によって、詳細な生物学的システムの3Dイメージングが可能であることを示した(Pande et al., PNAS online Oct. 29, 2018)。

 

(注1)Fluctuation X-ray Scattering(FXS)は新しい溶液散乱の解析アルゴリズムで実現した構造再構築手法。FXSの適切な日本語訳が定まっていないので散漫散乱と区別して揺動X線散乱とした。バークレー研究所の研究チームが、FXSデータを処理の数学理論とアルゴリズムを開発した。多段階反復フェージング(M-TIP)で再構成問題をFXSデータから解くことに対応する。このための計算機コードは、大量のデータ処理にスパコンを必要せず、数分以内にシミュレートされたデータから一般的な構造を迅速に決定する。IUCrでも新手法としてFXSを定義付けて紹介している。

 

この技術は40年以上前に最初に提案されたが、強力なX線光源と検出器技術やデータの分析手法が揃わなかったため普及しなかった(Kam Z (1977) Determination of macromolecular structure in solution by spatial correlation of scattering fluctuations. Macromolecules 10:927–934)。チームはSLACの自由電子レーザーLCACから得られたデータに、新しいデータ解析プラットフォームを組み合わせて、この技術の実用化に成功した(X線散乱相関解析でウイルス3D構造決定〜進展する単分子構造解析)。

 

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Credit: PNAS

上図AおよびB:FXS実験は、溶液(A)中の粒子のフェムト秒X線回折スナップショットを計測し、多くの画像(B)にわたって角強度相関を計算する。 回折パターンは、2つの検出器ペア、いわゆる背面検出器および前方検出器で収集されたデータから構成され、データの低角度部分および高角度部分の両方を活用する。いわばk空間にばらまかれた(通常の測定では捨ててしまうような)膨大な散乱データの「かけら」を、せっせと拾い集めて、数式処理(相関解析)で有益な情報をフリタリングし3D構造を再構築しようというものである。いってみれば散乱データの「リサイクル」である。

 

蛋白質機能を原子レベルで理解することは、バイオ燃料の効率的な生産や、特定蛋白質の有害な機能をブロックする薬剤を設計するために重要である。このために、X線結晶学および低温電子顕微鏡法などの3D分子イメージング方法が開発され、高分解能構造の3Dイメージングは研究に欠かせないツールとなっている。

これらの手法は、それらの自然環境(生きたままの状態)における蛋白質を観察するのに適していない。対象が固体の「干からびた」状態のためである。結晶または低温で凍結した標本から得られたモデルを、生理学的に意味のある条件下で、室温で蛋白質を研究できるX線溶液散乱を相補的に使うことが多い。

 

しかし、通常の溶液散乱実験はX線の溶液散乱パターンを記録する時間に、蛋白質分子は非常に急速に回転して動いてしまうので、「スナップショット」を得ることができない。一方、自由電子レーザーを使えば強力な超X線パルスの散乱角度相関を分析する新しいアプローチで、瞬間瞬間の3D構造モデルを生成することができる。

揺動X線散乱のメリットのひとつは、ひとつひとつの粒子ではなく、多数の粒子からの散乱データを一度に使用できることである。通常は単粒子X線散乱法で必要な数時間または数日の測定時間に対して、数分のビーム時間で済むより効率的な実験が可能になる。

 

揺動散乱の理論は非常に複雑で、実験データも従来の溶液散乱よりもはるかに煩雑であるために、データの信号対雑音比を数桁増加させた高度なノイズフィルタリング技術などのデータ処理手法が組み込まれている。

研究チームはこれらのデータから構造を決定するための数学的ツールを開発し、ウイルスPBCV-1を研究し、標準的な溶液散乱と比較してはるかに高いレベルの構造情報を得ることができた(下図)。

 

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Credit: PNAS

実験で得られたPBCV-1散乱データは相関フイルタで解析される。 上図Aは60,000枚の画像(青色点)または5,000枚の画像(オレンジ色点)を用いて得られた相関は、M-TIF法(赤色および黒色線)(Donatelli JJ et al.,  (2015) Iterative phasing for fluctuation X-ray scattering. Proc Natl Acad Sci USA 112:10286–10291)で相関解析される。BおよびC: 相関フィルタリング手順から得られたl = 6のB1(q、q ')面は、Bとして示され、l=0,2,6と20の対角項Bl(q、q)の相関をCで示してある。

この技術で従来の方法では得ることのできない構造ダイナミクスの詳細を視覚化できるようになると期待されている。今後の計画は、この方法を、生物学的機能を果たす際に蛋白質がどのようにその形状および立体構造を変化させるかを時間分解で可視化することである。

追記:揺動X線散乱は仮の日本語訳である。適切な日本語表記をご存知の方は問い合わせフォームでお知らせいただければ幸いである。

なおアルゴリズムと数式表現は複雑なので興味のある読者はIUCrの基本的な語句説明を参照されるとよい。以下は上記文献からのFXS原理図。

 

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Credit: IUCr

上図で散乱の「マジックスクエア」は、実空間電子密度ρ(r)、関連する自己相関関数γ(r)およびそのフーリエ変換F(q)およびI(q)の間の関係を示すように拡張される。 球座標系でγ(r)とI(q)を表すとき、ハンケル変換は関連する展開係数に関係する。 SAXSデータや半径方向の距離分布など、灰色の列の方向平均量は、l = 0の曲線を選択することによって得られる。

 

追記 01.06.2019

溶液散乱の専門家から以下のコメントをいただいています。

Fluctuation は通常「揺動」と訳すことが多いのですが,ここではその用語は使えないような気がします。「変動」は他で使われていないと思いますので、適訳かと思います。ただ揺動散乱が誤解を与えることがなければ使用しても良いかと思います。

「 揺動」も「変動」もしっくりこないのだが、適切な表現とはいえないことをお断りしておきたい。普及の進み方があまりにも急速なので、IUCrも語句の定義は最初の論文著者を尊重するしかなかったのではないだろうか。

 

 

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