スイスXFELが狙う蛋白質構造の可視化〜薬剤開発を加速

世界のXFEL施設に仲間入りを果たしたスイスXFELの強みはスイスの産業の中心にある薬剤企業との強い連携体制である。新しい医薬品の開発のためには、体内の生物学的プロセスの正確な知識が必要になる。ここで蛋白質構造解析が重要な役割を果たすことはいうまでもない。

 

ポールシェラー研究所(PSI)のXFEL(SwissFEL)が稼働して蛋白質結晶構造の可視化実験が軌道に乗った。蛋白質が形状を変える過程の可視化はX線レーザーの強みであり、新薬の開発を加速すると期待されているが、スイスならではの特徴は世界有数の薬剤企業が集中することである。SwissFELは2016年にレージングに続いて2018年度に2.1-12.4keV領域、その後240-1930eV領域が遅れて稼働する予定である。

SwisssFELの設備と性能を以下に示す。

 

The experimental areas of SwissFEL The accelerator is to the left of the above area

Credit: Paul Scherrer Institute

 

Basic FEL parameters

Aramis beamline

Athos beamline

Wavelength

1-7Å

0.7-7nm

Saturation length

45-21m

41.6-16.1m

Effective saturation power

~ 2.0GW

4.4-6.5GW

Bandwidth

0.03-0.14%

0.15-0.25%

Pulse length

13fs

11fs

Polarisation

planar

helical

Repetition Rate

100Hz

100Hz

Credit: Paul Scherrer Institute

 

SwissFELが稼動してから2年足らずで、PSIの研究チームはスイスのleadXpro社と共同で生体分子の研究に成功した。この研究施設は2019年の初めに、学術と産業界のすべてのユーザーに公開される。現在 SwissFELは、高エネルギーX線レーザーを用いた蛋白質および蛋白質複合体の生物学的プロセスを調べることができる世界で5施設に加わった。

SwissFELのX線短パルスは、分子の構造だけでなくその動きも捕捉することができる。これにより、生物学的プロセスを時間と空間の観点から観察し、理解することができる。

SwissFELのビームラインは硬X線のARAMISと軟X線のATHOSから構成される。下図はARAMISビームライン光学系。

 

3 Figure3 1

Credit: Paul Scherrer Institute

 

特に医薬品研究の新たな可能性が開かれる。例えばバイオテクノロジー企業leadXproは、細胞膜の重要な機能を担う特定の蛋白質の構造を調べており、SwissFELの最初の生物学応用として癌で重要な役割を果たす膜蛋白質を詳しく調べた。

膜蛋白質は、体内の多くの生物学的過程に関与しており、したがって、新しい治療の鍵となる。それらは、細胞膜に強固に組み込まれ、細胞とその周囲との間の通信に関与する蛋白質分子である。例えば、薬剤がそれらの上に結合すると、それらはその形状を変化させ、細胞の内部にシグナルを送る。それは細胞代謝および他の細胞機能に影響を与える。そのため今日使用されている多くの薬物はすでに膜蛋白質を介して働いている。どの薬剤が結合しているのか、それがどのような作用をするのかを調べる必要が生じる。

細胞の内部に送られるシグナルは蛋白質の構造変化を介して伝達されている。薬物が膜蛋白質に結合するこれらの超高速動力学ならびに関連する機構の理解は病気に対する新たな標的薬剤を開発し、副作用を最小限に抑えるために有力な手法となる。

 

複雑な蛋白質の構造を可視化するために、PSIの3GeV放射光SLSで蛋白質の可視化に取り組んできた。これは蛋白質は、規則的な格子構造の試料を用い結晶格子で散乱・回折を測定する従来型の構造解析である。

放射光と比較してSwissFELは10億倍の強度で非常に短いパルス間隔(毎秒100回)でX線フラッシュを照射する。フラッシュ後に結晶は破壊されるため、何10万もの結晶を連続的にX線ビームに入射させなければならない。蛋白質に照射されるX線パルスは、それを破壊する直前に、検出器で計測される。これは、高性能コンピュータ上で複雑なソフトウェアによって分析され、次に構造解析される。パルス短いので分子運動でさえ、スローモーションのように見える。

SwissFELのJungfrau-16M検出器は、X線レーザーによる生体分子の研究のための世界で最新の検出器である。 16-Mの名前の所以は16Mピクセルアレイ検出器のためである。 PSIの研究チームは専用の16-M検出器の開発に5年以上を費やしたが、 2018年6月についに完成した。16-M検出器は低ノイズ性能と非常に高いダイナミックレンジを備えており、その結果、より広い帯域幅の記録が可能になった。

 

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Credit: Paul Scherrer Institute

 

高感度検出器16-Mに加えて、SwissFELでは、放射光よりもはるかに小さな結晶を分析することが特徴である。この点は結晶を成長させる手順を見つけるのは非常に時間がかかる蛋白質では有利である。いくつかの蛋白質については、小さな結晶しか生成できまなかったが、今ではこれらをSwissFELで調べることができるため、結晶の最適化に必要な膨大な時間を節約できる。

leadXproはSwissFELへのアクセスを含む、PSIとのコラボレーションでは、施設と産業が相互に補完関係にある運営形態をつくりだした。すでにこのパイロット実験では、leadXpro研究者が蛋白質を結晶化し、分析のために準備した後、SwissFELのPSIチームと共同で実験を行っている。 SwissFELでは基礎研究と同時に、患者に役立つ医薬品研究を行うことが可能で、患の治療における大きな改善につながる薬剤が発見されると期待される。

 

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Credit: Paul Scherrer Institute

 

SwissFELの事例は産業利用を念頭に置いた新しい3GeV放射光の運営形態と重なる部分が多い。放射光の進展の速度もさることながら、産業利用、特に薬剤開発のための蛋白質構造解析の解析能力の効率化にもそれを上回るスピードアップが求められるようになってきた。これまでの薬剤開発の速度を大幅に改善することが求められることから放射光やXFEL利用にも、企業との直接的なコラボレーションが必然的に求められるようになった。産官学連携といった旧来の官僚的発想ではとてもそのスピードが達成できないなかで、ここで紹介するような超高速構造解析が可能になると運用についてもSqissFELのような直接的な連携が登場してきた。

 

日本の3GeV放射光

筆者は3GeV放射光の産業利用を専用施設を建設するのでなく、共同利用施設の運用で可能になると考えている。実際にはPF初期にはNTT、NEC、Fujitsu、HITACHIが専用ビームラインを持っていた状況は全体の1/3を企業の運営に任せていたことに相当する。企業と国立研究所という異なる文化が共存できることを示している。ある程度余裕のある3GeV放射光を建設すれば、その一部をバーチュアルな別施設として運用しても良いのではないだろうか。そうすれば産業利用と放射光施設をイコールで運用する「運命共同体」ではなく、ニーズに対応して拡大(縮小)に臨機応変に対応できる点でリスクを回避し発展性を持たせることが可能になる。

中途半端な施設を無理につくるより大きな施設の一部を、思い切ってバーチュアルな別施設として産業に直結させるのも効果的なのではないだろうか。

 

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