LHCが2035年までヒッグスサイエンスの中心でありつづける理由

6年前の2012年7月4日は素粒子に関心のある研究者にとって忘れることのできない日である。その日にCERNは二つの講演を予定していたが、前日から若い研究者や学生たちが会場前に泊まり込むほどの熱気であった。この日、標準モデルで予想されていた最後の粒子、ヒッグスボゾンの存在が確認されたからである。

CChig3 07 12

Credit: cerncourier

 

標準モデルによればヒッグスボゾン(寿命約10-22秒)の直接崩壊経路はWW、ZZ、ff(W粒子、Z粒子、クオークや電子などのフェルミオン)のみで、基本的に重いフェルミオンに壊れやすい性質を持っている。崩壊経路はこれらのほかに2γと呼ばれる2光子への崩壊(崩壊確率0.1%)がある。この経路は効率が悪いがバックグラウンドが低いので、検証に使われた。エネルギーは126.8GeVである。なお崩壊過程について興味のある読者は詳しい説明を参考にされたい。

LHCではクオークとグルーオンの集合体である陽子同士を衝突させて、上記の崩壊生成物を主にATLAS、CMSという2箇所の検出器で計測した。質量を持つ粒子に質量を与えるヒッグスボゾン(ヒッグス場)は、3つの直接崩壊経路(WW、ZZ、ff)で崩壊すると考えられていたが、存在の検証には、W粒子を介した間接的な光子ペアへの崩壊が使われた。この過程は崩壊確率がわずか0.1%であるがバックグラウンドが低いためである。2011年と2012年のLHCデータの結果は下記の有名なプロットに凝縮される。

fig 02

Credit: CERN

 

その後、LHC研究チームは、膨大な衝突データを蓄積して、より一般的な直接崩壊経路を探した。ATLASとCMSの実験データを吟味して、バックグラウンドを下げて統計精度をあげた。その結果、ヒッグスボゾンと第3世代の重いクォークとレプトンとの結合を観測してヒッグスボゾンの一般的な崩壊チャネルが確立された。

1年前にヒッグスボゾンのタウレプトンへの崩壊の観測以来、CMSはATLASとともに最も重いフェルミオンであるタウ、トップクォーク、 そしてボトムクォークとヒッグスボゾンの結合が観測できている。

さらに研究チームはデータを加えて測定精度を向上させ、より軽いフェルミオンであるミュオンへの崩壊を調べる計画である。LHCは今後、陽子ビームのルミノシテイ(輝度)を向上させた第2のアップグレードでHL-LHCとなり、ヒッグスボソンの理解を深めることになるだろう(下図)。2035年、あと20年はHL-LHCが探求型加速器の先端にいつづけることは確実である。

LHC 2018 09 16 18.46.15 copy

Credit: CERN

 

2035年までの20年間はHL-LHCがエネルギーフロンテイアであり続けるので、次期計画(FCC、ILCとCLIC)の実験は、それ以降に引き継がれる。ILC、CLICはヒッグスファクトリとして大量のヒッグスボゾンをつくりだすミッションが目的だが、FCCはLHCのエネルギーを1桁増やして、超対称性粒子などの新粒子探求のフロンテイアを目指している。これらの新しい加速器が出揃えば標準モデルを超えた理論体系やさらには暗黒物質、ダークエネルギーの理解が進むことは予想できるが、CLICとILCの重なりをどう説明するのか、これから正念場を迎えるといえる。

LHCといえば欧州の加速器の印象が強く、欧州の科学技術の頂点としてEUの象徴となった。しかし加速器の超伝導磁石や検出器の計測回路技術はKEKを中心とする日本グループが担当している。これらの技術協力なしにはLHCの輝かしい成果は実現しなかっただろう。そのことを踏まえるとLHCは人類の知識を凝縮した国際事業といえるが残念なことに、加速器に限らず装置開発の努力や苦労が表にでる機会は少ない。なおKEKのLHCへの貢献については詳しい総説や日本グループの学術領域概要を参考にされたい。

 

LHC以降のヒッグスサイエンス

ILCの価値を「10兆円規模」と表現した加速器研究者がいる。もちろんサイエンスとしての価値はそれ以上あるかもしれないが、現在の世界経済は1兆円=10B$(100億ドル)の資金をつくることは容易ではない。中国はFCCクラスの巨大な加速器計画を持っているし、土地も資金力もあるかもしれない。しかし中国の場合は国威高揚の意味合いが大きい。国内優先ではLHCのような国際協力が期待できないから、LHCの後継者となるのは困難である。中国経済に陰りが見えてきたとなればなおさらである。

LHC、FCC、CLICの位置関係(下図)でCLICの最初のフェーズであるe-e+ビームの500GeV直線加速部分(ピンク色部分)はILCと重なる。一方、ILCのアップグレードによる最終エネルギーは1TeVだが、CLICでは3TeVとなる。

 

ISslide2v

Credit: clic-study

 

若手育成が不可欠

そう考えると新粒子探索をHL-LHCにまかせて、日本の得意なファクトリ型実験、ミューオン実験、カミオカンデ進化系を連携させて、精密測定と理論を連携させて間接的に広大なヒッグス周辺の新物理探求が本命といえるのではないだろうか。もちろんヒッグスファクトリとしてのILCもその延長上にある。しかし不安なのは(European XFELテクノロジーで建設が可能だと説明されている)CLICの最初のフェーズ30km(上図のピンク部分)がILCに重なるので、極論を言えばILCが埋没しかねないことである。

 

日本グループのLHCへの協力の基盤となっている学術領域計画は優等生的な解答である。しかしILCに限れば、筆者は戦略がやや消極的で、特に中心となるトンネルの有効利用が不足している印象を持っている。CLICがEuropean XFELの超伝導加速テクノロジーを流用するように、SACLAの後継機となるXFELや重力波観測など、積極的に貴重な土木資源を活用していくことで、潜在価値を倍増させてほしい。さらにアップグレードを念頭に置くのであれば、トンネルの延長を含めた専用掘削マシンの利用など、当初から発展性を考慮すべきである。また広報という概念を越えてヒッグスサイエンスの価値を教育に組み込むことも必要だ。洗脳しようといっているのではない。多感な幼少の時に芽生えた好奇心を育む「しくみ」を真剣に考えて欲しいということである。

CERNのサマーキャンプやNSFのサマーインステイチュートなど、若手育成を狙う裾野戦略が必要なのだ。初等教育に素粒子や宇宙論をいれ、校長の朝礼にヒッグスサイエンスがでてくるようになれば、子供達の好奇心をかきたてるだろう。 LHCの後継機が活躍する2035年に研究を支えるのは現在の中高生世代なのだ。

 

 

You have no rights to post comments

スポンサーサイト

Copyright© 2013.   放射線ホライゾン rad-horizon.net   All Rights Reserved.