ヒッグスボソンについて〜CERNの本音は期待と不安

CERNの大型ハドロン・コライダー(LHC)が大成功を収めたことで、世界のメディアで大きな賞賛を受けたヒッグスボソンの発見は6年前のことで、その後の衝突エネルギーを倍増させたLHCアップグレード運転でも(期待ほど)進展が見られないとして失望感が高まっている。

 

ヒッグスボソンは「神の粒子」と言われるだけあって奥が深い。ヒッグスボソンは質量を作り出すだけではない。宇宙の起源(初期状態)につながる複雑な理論(自発対称性の破れ)の根底に君臨する存在であある。LHCの発見(正確には検証)は深遠な真理の入り口にたどり着いたに過ぎない。これから始まる壮大な研究の「開始」を意味するのである。LHCはその意味で「最後の加速器」ではないというと、一体いつまで金食い虫の加速器を作り続けるのかと考える人も多いだろう。確かに経済的要因でより大きい後継機となる加速器の建設が難しくなっていることも事実で、知的財産と経済性という相容れないものが天秤にかけられようとしている。CERNはヒッグスボソンについてどう考えているのだろうか。

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Credit: dreamstime

 

ヒッグスボソンのフェイクニュース

標準モデルを超えた物理探索の意義を疑う研究者はいないが、一方ではその代償としての加速器建設コストが高騰し国税を投入する説明責任が重くのしかかる。すでに崇高な(アカデミックの)論理では済まない規模になっていて、理由づけで正当化できるものではない。

今日の世界では本来無害な「学術的な議論のリスク」が、より広範な社会の分野に対する負の影響になる場合があることに注意しなければならない。例えば、LHCの「ヒッグスを超えた新しい粒子の検出に失敗」というニュース記事が歪曲されて、一般受けするように「基本的な物理学は挫折している」という記事に変形される。またロジック的な問題は、素粒子物理学の先端であるヒッグスファクトリーは、重力波の場合とは逆で、後者は、まさに新しい探究の時代の始まりと解釈されるが、ヒッグスボソンの追求は標準モデルの終焉を意味することである。

ヒッグスボゾンは存在が証明された現在でも、まったく新しいタイプの基本粒子であることに変わりはない。したがってそれを追求する加速器は宇宙の最小単位で探査するための新しい顕微鏡といえる。ヒッグスボソンに働く相互作用、他の素粒子の相互作用とのカプリング、暗黒物質との関連を研究する意義は人類共通の問題であることは明白だ。しかしこれらの議論だけでは、LHCのアップグレードを含め、次世代加速器建設を推進するモチベーションとすることが難しくなってきていることも事実である。

 

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Credit: CERN 

 

LHCの正当な評価には時間が必要

これまでのところヒッグスボゾンは標準モデルを否定する(超える)ものではない。ニュートリノが発見されてからそれが質量がない事実が標準モデルと整合性が良くないことが認識されるまでには40年以上かかった。同じことは、40年前に遡るbクオークにもいえる。タイムスケールの長さを考慮すると、挑戦的な研究成果がどのように配信されるかに慎重になるべきだろう。

初期のLHCデータで期待されていた新しい物理が見つからなかった点については正直でなければならないが、これを「失敗」として特徴づけるのは不合理である。むしろLHCは予想よりも成功しており、実際に驚くほどのデータ蓄積をしている。結局、粒子物理学は未知のものを探究することで、LHCが蓄積したデータの分析は何千もの論文や知的財産をもたらし、今後も大きな発見がある可能性が残されている。社会との接点にもスピンオフを伴う技術開発から数千人の高度に熟練した若手研究者の訓練まで、LHCがもたらした寄与を見逃してはならない。

 

ポストLHCの期待と不安

LHCへの期待の大きさは、物理学の歴史でも際立っている。最初の数年間の運転でノーベル賞受賞の発見がたった1つしかなかったことで、期待を裏切ったという表現は正しくない。アップグレード後のLHCは今後20年間にわたって運転され、高ルミノシテイ、TeV衝突実験で標準モデルを超えた物理学を築枯れる可能性がある。このことが次世代加速器の絞り込みと建設計画の実行に時間がかかっている理由ではないだろうか。

LHCの後継機としての次世代加速器を巡っては、日本が主導するILCの必要性はコミュニテイの支持が得られているが、直線型加速器の生命線と言える全長が大幅に縮小されてもなお予算化の兆しさえ見えない。ILC以外にもCERNは円形加速器にはFCC、直線型加速器にはCLICというカード持ち、前倒しに余念がないが、LHCほどの意思統一と熱意は感じられない。また満を辞してタイミングよくLHCの後継マシンCEPCを提案した中国科学アカデミーでさえも、科学アカデミー内で意見統一はできていない。財政的には優位性があるが国威掲揚の場としての大型加速器はすでに過去のものとなっている。

ヒット作が出れば芸術家だけでなく小説家や建築家など(研究者も含めて)全ての創造的職業人は過去の殻を破り新しい作品を生み出すために悩み抜く。作品の評価は概ねその時代の基準でなされるが長い時間を経て、新しい評価基準になってから名作と評価されることも多い。きっとLHCの正当な評価も40年後になるのだろう。

 

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以下事はCERNのヒッグスボソンに関する記事を元に筆者が加筆したものである。LHCアップグレードの詳しい記述は別記事を参照されたい。

 

Updated: 11.07.2018

ATLASチームはヒッグスボソンが2個のbクオークに崩壊することを発見した。LHCの最新の成果でエネルギーアップデート後のLHCの重要な成果の一つと考えらえている。詳しくはATLASウエブサイトを参照されたい。

 

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