Liイオンバッテリーのエネルギー密度が3倍に〜TEMと放射光の組合せによる研究
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- カテゴリ: 放射光/加速器科学
- 作成日:2018年06月15日(金)11:10
- 投稿者: Hiroyuki
Liイオンバッテリーはスマートフォン、EV、再生可能エネルギーの貯蔵に、幅広いエネルギー密度(電気容量)を提供する。汎用性の高いエネルギー貯蔵デバイスだが安全性や、バッテリー性能向上のニーズが高まり研究開発が加速している。
Liイオンバッテリーのエネルギー密度が高められれば、風力および太陽エネルギーの貯蔵が可能になり、再生可能エネルギーの弱点であった時間的変動も解消する。メリーランド大学とブルックヘブン国立研究所の研究チームは、Liイオンのエネルギー密度を3倍にする新しい正極材料を開発した(Fang et al., Nature Comm. 9: 2324, 2018)。
従来のLiイオンバッテリーではグラファイト正極の容量と比較すると、負極の容量は対応していない。そのためLiイオンバッテリーのエネルギー密度を向上させるために負極材料が常にボトルネックとなっている。
研究チームは、従来の正極材料よりも高い容量を持つ三フッ化ホウ素(FeF3)の新しい負極材料を開発した。FeF3の変換反応の3つの問題点は①エネルギー効率の低下(ヒステリシス)、②遅い反応速度、および③サイクル寿命である 。これらの課題を克服するために、研究チームはFeF3ナノロッドにコバルトと酸素原子を加えた。
LiイオンがFeF3に挿入されると、鉄とフッ化リチウムに変換される。反応は完全に可逆的ではないが、コバルトと酸素で置換したことで正極材料の骨格は維持され、反応はより可逆的になることがわかった。
Credit: Nature Comm.
反応経路を調べるために、放射光(NSLS-II)が用いられた。研究チームは0.1ナノメートルの分解能でFeF3ナノロッドのイメージングにTEMの電子ビームを使用した。TEM観察により、研究者は、正極構造のナノ粒子の正確なサイズを決定し、充放電プロセスの異なる段階の間にどのように構造が変化したかを分析し、置換によってナノロッドの反応速度が増大することを見出した。
Credit: Nature Comm.
しかし、TEMでは非常に限られた領域しか観察できないため、NSLS-IIの放射光を利用して、バッテリー全体を分析した。NSLS-IIのX線粉末回折(XPD)ビームラインの超高輝度X線で陰極材料の構造を調べた。XPD測定によるPDF分析で、化学的置換が電気化学的可逆性を促進することが明らかになった。
Credit: Nature Comm.
上図aはFe0.9Co0.1OFの構造およびモルフオロジー。 データ(黒丸)、計算のプロファイル(赤線)、および差分プロファイル(青線)。 bはFe0.9Co0.1OFナノロッドのSEMイメージ。 c、d Fe0.9Co0.1OFのTEMおよびHRTEMイメージ; e、f STEM-HAADFのイメージ。
さらに研究チームは密度汎関数理論に基づいた高度な計算手法を用いて原子スケールで反応メカニズムを解析した。 化学的置換が、鉄の粒子サイズを減少させ、岩塩相を安定化させることによって、反応を非常に可逆的な状態にシフトさせることが理論的に証明されることになった。
PDF解析に関する部分は省略するが、PDFは中距離以降の2体相関が得られるが多成分系ではモデルとの比較に夜会席に頼らざるを得ない。もちろん水素原子を対象とする場合には中性子散乱でPDFを解析するのが普通だが、この系のような複雑な組成では元素に注目して局所的なRDF(動径分布関数)が調べられるXAFSが有効である。この系ではFe吸収端が使えたはずだ。
高分解能イメージングはTEMの独壇場であるので、100nmを切ろうとする放射光の補完的なツールとして両者の組み合わせは有力な研究方法となる。
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