CO2をエネルギーに変換する研究が進展〜NSLSII放射光の単一原子触媒研究で

貴金属を光触媒して太陽光を用いた水分解で水素を製造したり、空気中のCO2を固定してカーボンニュートラル燃料を製造する人工光合成は、2050年までに予想されるエネルギー危機(注1)に対応するための重要なキーテクノロジーとなる。これまで光触媒反応の触媒に貴金属を必要とするため、採算性が実用化のボトルネックであった。

(注1)2050年の世界のエネルギー需要は現在の2倍となる。

 

単一原子触媒のパラダイム

貴金属原子1個を固定する単一原子触媒はことで触媒のコストを大幅に下げることができる。韓国KAISTの研究チームによる白金単一触媒やチューリッヒ工科大学の研究チームによるパラジウム単一触媒の先駆的研究に続いて、精力的な研究が行われている。

NSLSIIが設置されているブルックヘブン国立研究所の研究チームは空気中のCO2をCOに還元する電気化学反応の触媒を開発した(Jiang et al., Energy & Evironmental Science online Feb. 01, 2018)。

 

研究チームはグラフェンナノシートにNi単一原子を担持するCO2の還元触媒がオーバーポテンシャル550mVで、水素発生によるCO選択性95%を持つことを見出した。CO選択性97%で単位時間あたり反応回数(TOF)、2.1x105h-1、電流密度は最大50mAcm-2を記録した。

 

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Credit: Energy & Evironmental Science

 

白金やパラジウムを使用すれば水素発生を介せずにCO2をCOに直接還元することもできる。単一原子触媒で太陽エネルギーを化学エネルギーに変換して貯蔵するテクノロジーの実用化に向けた研究が加速する。今回の研究では軟X線吸収分光とDFT計算の組み合わせが有効であった。CO2還元と水素発生反応の反応経路が異なること明らかにされた。

原子像の空間分解能が必要な単一原子触媒の実空間観察は高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)の独壇場であるが、電子移動のメカニズムは軟X線分光の得意とする分野で、このためNSLSIIのビームライン8-IDが使用された。BL-8は2016年に完成したTender-X線吸収分光BMビームラインと2017年に完成したアンジュレータのISS(Inner-Shell Spectroscopy)ビームラインが隣接して設置されている。ISSビームライン(下図)は最新鋭の光学系と挿入光源の組み合わせで、NSLSIIの最高輝度のビームラインとなる。

 

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Credit: NSLSII

 

高輝度軟X線分光

後者(下の写真)では4.9-36keVの広範囲のエネルギーの励起光でX線吸収と非弾性散乱分光が測定できる。25ミクロン径のビームは++-配置の結晶分光器後のフラックス1014(10kev)で、高輝度マイクロビームを用いた「その場」実験に最適なビームラインとなっている他、実験系は反応オペランド実験に備えてガスラインが整備されている。

SIRIUSの記事でも書いたことであるが、光学系がエネルギー走査によってもビームスポットが固定さtれるマイクロビームのためにX線ビームラインでは標準的な2結晶分光器は旧式となり、新しい結晶配置が採用される傾向にある。例えばダイアモンドは+--+4結晶配置、SIRIUSもレーザー干渉計を備えた4結晶分光噐で、現在は2結晶部分を完成したところ。ISSは++-配置を採用している。第3世代リングではビームの平行性が高いため、4結晶分光器のエネルギー分解能のメリットはない。しかしビームの位置がブラッグ角に依存しないためには4結晶では2軸間のトラッキング精度だけで機械的な出射ビーム位置の調整は不要となるので有利なのである。

 

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Credit: NSLSII ISS BL

 

NSLSIIの別記事で書いたように光源(ラテイス)設計は古く、お世辞にも第4世代とは言えないが、もともとVUV光源が隣接して設置してあったNSLSには電子分光関連のユーザーが多く、またエネルギー基礎科学(Basic Energy Research)の研究に力点が置かれると高輝度X線光源の利用が鍵となるマイクロX線分光ビームラインと「その場」測定の専用実験設備が整備されることになった。

光触媒や人工光合成の本格的な普及を可能にする単一原子触媒は電子移動機構の理解と制御が不可欠であり、近年目覚ましい発展を遂げている軟X線分光手法のオペランド解析が強力な研究ツールである。高輝度軟X線光源(注2)が世界各国で競争的に建設されることとなった。米国のエネルギー省が力を入れるエネルギー基礎科学を支えるために建設された新しい放射光施設NSLSIIもそのうちの一つである。NSLSIIについては別記事(NSLSIIのビームライン整備計画〜第2世代リングの明暗)を参照されたい。

 

(注2)欧州の3GeV光源(第3.5世代)やESRFなど、第3世代光源のアップグレードやMAXIVなど新しいラテイスの光源は第4世代放射光と呼ばれる。第4世代放射光では挿入光源のパラメータを選ぶことにより、軟X線領域の高輝度化に特徴がある。光源のエネルギーは1.9-3GeVで短周期アンジュレータと組み合わせる設計が主流となった。

 

NSLSIIは5フェーズで順次、ビームラインを拡充していくが、ISSはその中のNEXT Beamlines(下図)の一つである。最新のビームラインや測定器系は複雑で高価であるので、整備にも相当の費用を見込む必要があり、ユーザーサイエンスの要求に合わせて拡充を段階的に行うことで陳腐化を防ぐ。NSLSIIの最高輝度ビームラインとしてISSはこれから建設されるビームラインの模範となるものである。これだけのビームラインを一気に整備することは財政的に困難なこともあるが一気に作るとその当時のテクノロジーに依存するので、完成後10年もすれば陳腐化は避けられない。しかしNSLSIIは最初にBM中心に8本、次に挿入光源で5本、その後16本を時間差をつけてユーザーサイエンスに対応させて整備していく。手堅いBL整備計画だが保守的な光源設計と共通する「実利主義」が一貫している。

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Credit: NSLSII

 

かつてPFは光源性能(挿入光源)でNSLSを圧倒したが、先に光源を更新したのはNSLSであった。古いラテイスであっても光学系と測定器系でNSLSIIの研究能力は新しいラテイスの3GeV放射光に匹敵する。このことは光源性能が一定のレベルに達すると、あとは光学系と測定器系次第では遜色のない実験が可能になるということを意味している。したがってサイエンス重視の立場では光源、光学系、測定器系がそれぞれ整合していなければならず、光源の進歩は必然的にビームラインと下流側の整備コストが大きい。先端的ビームライン整備のコスト上昇が避けられないとすれば、リングエネルギーを下げて加速器維持費を節約するALSやSIRIUSは賢い選択なのかもしれない。特に運転時間が5,000時間程度でひしめく欧米の放射光に対抗していくには、運転時間が年間予算で削減されることのない方法を考えなくてはならない。これは加速器設計者とユーザーが協力して意見交換し、アイデアを共有していくことが不可欠ではないだろうか。

日本では残念ながら、新しいパラダイムの光源建設は進んでいない。日本の3GeV光源の行方はまだ先が見通せない一方で、欧米の放射光は光源も、ビームラインも、そして研究者層も世代交代が進んでいることに筆者は危機感を持たざるを得ない。また米国が掲げるエネルギー基礎科学の概念が多岐にわたり、加速器から物質科学が統合されていることに注目したい。

エネルギー省が原子力から核融合までのエネルギー分野を担当するという陳腐な区分でなく、加速器、レーザー、エネルギーに関連する物質科学、フォトンサイエンスを含むという斬新な考えが筆者には新鮮に思える。

 

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