放射光分光学事始め

40年にわたり放射光研究は気がつけばあっという間のできごとのようだが、研究開始当時を振り返れば難題の山であった。今は昔となった時代の話は役に立つとは思えないが、戦後間もない当時の混乱から一気に世界の先端に躍り出る幸運に恵まれたのも事実である。ここで簡単に当時の様子を紹介したい。

 核研での放射光との出会い

AlやMgなどの軽金属、NaClやKClなどのアルカリ金属塩化物の浅い内殻準位を始状態や終状態とする軟X線の吸収、放出スペクトルによる電子状態の研究を行っていた研究室にいたのがきっかけである。東京都田無市にある東京大学原子核研究所(核研)の素粒子実験用加速エネルギー750MeV(後に1.3GeVに改造)電子シンクロトロン(ES)が最初の実験装置であった。核研には当時、他に、主施設として原子核実験用のFM(周波数変調型)サイクロトロンと素粒子検出用の泡箱実験施設があった。これらの加速器・検出器群は、現在の高エネルギー研B-ファクトリー(KEK-B)、原研・高エ研共同建設の陽子シンクロトロン(J-PARC)やカミオカンデに発展している。

核研の“ホーチミン・ルート”と呼ばれる、両側をコンクリート壁にはさまれた狭い通路を通り抜けたところにあった、約10m四方の粗末なプレハブがわが国で実質的に放射光利用実験が始まった場所である。プレハブ内には、真空蒸着装置があり、また強度モニターや露光シャッター制御回路、オシロコープ、電源類が置かれていた。一角には暗室があり、コダックのSWRフイルムや乾板の現像・定着に使われ、隣には流し台があって簡単な食事が作れるようになっていた。隣室には簡易ベッドの仮眠室もあった。

核研ES

核研電子シンクロトロン(ES)は、周長35mの円形軌道上に、1秒当たり21.5サイクルで磁場が正弦波的に変動する交流電磁石を規則的に配置した加速器である。円軌道上を走る電子の前方にシンクロトロン放射が放出される。電磁石の外側に2mほどの空間が有りその周囲に辺長1mの重コンクリート立方体ブロックを積み上げてES全体を囲み、遮蔽していた。天井も細長い台形のコンクリートブロックを円盤状に並べ全体を覆う形でESを遮蔽していた。その外周に、ガンマ1、ガンマ2、ガンマ3と呼ばれる素粒子・原子核実験サイトが左回りに設けられ、隣にSX(軟X線)実験サイトがあり、ビームラインと斜入射型2m回折格子分光器(通称専用Ⅰ号器、専Ⅰ)が設置されていた。さらに実験サイトの外側全体はコンクリート壁を持った円形ドーム状の建屋(天井はビニール屋根)で覆われ、少しはなれて電源・設備室があり、その奥に泡箱施設があった。前述のプレハブはそれらの間にあり、トタン屋根で覆われていた。SXサイトに出入りするためには、コンクリート壁に開けられた背丈より低い長方形の開口を、頭上に注意して潜り抜け入る必要があった。時々、頭をぶつけることもあった。下の写真が核研ESである。

ES

 

放射光との出会い

シンクロトロン放射は、超高速の荷電粒子(この場合は電子)の運動エネルギーが、加速度運動をするとき失われて放出される電磁波である。従って、超高速粒子を直接標的にぶつけて実験を行う素粒子・原子核研究者から見ると、高周波をかけて加速しスピードがあがった粒子の運動エネルギーを減らしてしまう邪魔ものである。そのような理由のためか、SX(INS-SOR,又はES-SOR)グループは、“パラサイター(寄生実験グループ)”とか“居候”と呼ばれた。

専Ⅰ分光器は全国の大学から出張してきた研究グループ(INS-SORグループ)が共有し、和気あいあいとした雰囲気で研究が進められた。専Ⅰ分光器への放射光の光軸合わせの機会にめぐり合った。分光器の入り口スリット前のビームライン終端に石英ガラス窓を取り付けビームライン全体を高真空に排気する。そして、締め切りバルブとビームシャッターを開けると、待望の放射光が出て来た。直接見ると強すぎて危険なので、平面鏡で45度に反射して見る。始めて見る放射光は青白く光り、核研電子シンクロトロン固有の21.5サイクルのビームの脈動と電流強度の変化に伴ってチラチラと瞬いており、夜空の星の光よりも遥かに強烈だった。写真は見学に来たスタンフォード大のWinig教授を囲んだ時のもので、加速器専門家から見れば初歩的な装置であったがその運用は画期的なものであった。

ex1

 

専用蓄積リングの時代

それ以後、パラサイターとしてではなく、初の放射光専用の蓄積リング400MeV小型電子蓄積リング(SOR-RING、周長17m))が建設された。昭和50年利用実験を開始し平成9年に役目を終えたSOR-RINGは、日本の放射光科学の本格的な始まりのモニュメントとして播磨科学公園都市にあるSpring-8博物館の入り口正面に展示されている。さらに筑波の高エネルギー物理学研究所放射光実験施設(KEK-PF)に2.5GeV電子ボルト光源リング(PF, 周長190m)が建設され放射光利用が一気に進んだ。INS-SORから40年が経過した現在では、兵庫県で世界最大・最先端の8GeV放射光用蓄積リング(Spring-8)が稼動している。Spring-8の周長は、1.4kmであり50本近くのビームラインを備え、年間の実験課題数は2,000テーマに達している。また近接したサイトで、全長500mとなるX線自由電子レーザーSACLA建設を終え、発展の勢いは、とどまるところを知らない。一方、小型、中型放射光施設は西日本を中心に佐賀大学、広島大学、兵庫県立大学、立命館大学、分子研などで稼動中である。放射光科学は、わが国において40年以上の長期間にわたって発展し続けている学問分野のひとつであるが、事始めはささやかな規模の手探り状態であった。

元原稿:Shigeru

 

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