SXSO-DLSRという名のワークショップ

SXSO-DLSRとはThe second workshop on soft X-ray science opportunities using diffraction-limited storage rings が正式名称。SXSOはSoft x-ray science opportuneityの略で、DLSRはdiffraction-limited storage ringを指す。つまり3GeVクラスの第4世代蓄積リングで可能になる軟X線領域のサイエンスの可能性を議論する会議のことで、第2回ということなので出来立ての会議である。

 

SXSO-DLSRとは

会議の詳細はSXSO-DLSRのウエブサイトをみてほしい。会議のトピックスのひとつである第4世代蓄積リングの現状について最新の情報が紹介され、コミッショニングが始まろうとしている回折限界リング(DLSR)に興味のある人には意義のある会議となった。このコラムでも何度か取り上げている話題なので、その中の一部を紹介することにしたい。会議の行われたNSRLはこの手の施設の中でも規模が小さいし、この会議のテーマは最先端の加速器科学であるので、アンバランスさを感じるのだが何故かそのアンバランスさが気になることも確かだった。

 

MAXIVの成功のインパクト

地道に努力を続けるエリクソンがMAXシリーズの一連の建設で実験し、洗練させてきた加速器設計の新技術であるMulti-bend achromat(MBA)は蓄積リングのエミッタンス限界を打破し、第4世代(回折限界)リングへと一歩踏み出すことになったが、ひとつの技術的難関を抱えていた。

MBAでは宿命的にクロマテシテイ補正に6極電磁石成分が強くなり、周回する電子にとっていわば関所のように(専門用語ではダイナミックアパーチュアが狭くなるという)なって、電子が周回できなくなる恐れがあることである。そのためMAXIVの電子周回がどの程度困難なのかは世界中の蓄積リング設計者が注目していたのである。

発表によると電子の周回は蓄積リングへの入射を開始してからわずか4日目であった。MBAに対しては心配されるダイナミックアパーチュアを広げて電子を周回しやすくするためにいくつかの改良が施されたHybrid MBA(HMBA)を採用する計画が主流となっているが、MBAの本家であるMAXIVにおける電子周回が予想を覆すこととなった。HMBAの方がMBAより複雑であり建設コストに跳ね返るので、簡単なMBAでも回折限界リングが実現できるということが実証されたことで、世界のリング設計者に大きなインパクトを与えることとなった。もちろん細かい議論をすればHMBAの有効さを主張する設計者の方が多いだろうが、事実はMBAで十分、なのかもしれないということになった。

 

ブラジルの新星 Sirius

ブラジルの3 GeV光源Siriusについての発表も興味深かった。2013年に始まってから進捗が遅い印象で、ブラジルの経済状態の悪化も心配され、完成時期が不透明であった。第4世代に分類されるがこの光源はいくつか独特の方向性がみられる。周長518.2m、電流500 mA、20セル5BAラテイスでエミッタンス0.28nmのビームが得られるSiriusは、2年半後にコミッショニングにこぎつける。当初は13本のビームラインでスタートする。

直線部は7mセクションが10箇所、6mセクションが10箇所と挿入光源20本が主力となるが、特徴である20箇所の3.2T超伝導偏向電磁石からの硬X線(Ec=12 keV)が利用できる。ALSやあいちSRと同様のこの手法は実は最初に実用化されたのは日本で、住友重機のAURORA、一号機は立命館SRセンターで稼働中である。

Siriusの最大の特徴はエミッタンスの極小値を追求するのではなく、コヒーレントフラックスを最大にするように最適化したことである。なおエミッタンス2.8nmmradはリングの分散でさらに低く実際には0.17nmrad程度になるとみられる。Siriusのアンジュレーター輝度はMAXIVとほとんど重なり、最大輝度1022である。入射器はSSRFのものを流用しブースターリングは蓄積リング内側の地下に設置される。

ビームラインの中でも力をいれているのがIPE(Inelastic and PhotoElectron spectroscopy)ビームラインで、このビームラインはEPUを光源とし100-1200eVのエネルギー領域で高分解能実験が可能となる(20meV@900eV, 10meV@500eV)、1-10ミクロンスポットでE/ΔE=10000となる。細部まで検討が進んでおり南アメリカで唯一の第4世代施設となるが、他の施設と比較しても遜色のない性能の光源である。

 

 

中国の放射光動向〜既存のリング

中国の放射光コミュニテイは台湾と本土の距離は政治的な距離よりはるかに近い。台湾を含めれば5リングが稼働中であるが最も最近できたのがTPS(Taiwan Photon Source)という3GeV、500mAのマシンで、ラテイスは24セルDBA、12m直線部が6本、7m直線部が18本とれるエミッタンス1.6nmradの新鋭光源である。3フェーズに分けてビームラインが建設されるが現在は最初のフェーズの7本が稼働している。

台湾にはTPSの隣にTLSという1.5GeV、360mAのマシンがあり軟X線7本、X線 13本、IR・UV4本のビームラインがあるので、台湾のユーザーに対しては十分な利用体制が整っている。人口を考えればむしろ贅沢な環境といえるだろう。TLSの所長であったC.T.Chenは一風変わった趣味を持っていることで有名だ。太極拳のパワーを信じていて、その念力ビームを制御するための装置を多数自作している。効果のほどは定かでないが。

 

NSRLはつい最近アップグレードされた0.8GeV,360mAのVUVリングで日本でいえばUVSORに相当する。挿入光源5箇所、10ステーションを有する施設で上海と北京の中間にあるため、VUV光源として期待されるが基本設計が古く、現在の寿命が5時間という状態では将来の運営に限界があるだろう。それでも年間100あまりの論文数の10%が高IF雑誌であるという実績には驚かされる。一方、現時点で最新のリングは上海のSSRFで、先端の放射光実験を一手に引き受けている。

一方、SSRFは2009年から稼働した3.5GeV、250mAのマシンでエミッタンス3.9nmrad、寿命14時間で13本のビームラインがあり13,000人のユーザーと課題数6,000という超人気施設である。研究成果も年間2,600でその中の50件が高IF雑誌である。5本の蛋白専用ラインを追加しても手狭になったため、現在は今年から2020年までのフェーズ2でビームライン増設を予定している。

 

それでも中国の需要を満たすことはできないため、放射光リングの増強が行われることとなった。

SSRFは回折限界リングに向けて2025年にアップグレードに入る。その目標は432mA、0.2nmradとなっているが、2018年には0.84 GeV、9nmradビームを供給する全長300mのXFELも運転を開始する。このXFELは超伝導空洞の採用が決まれば地下80mのトンネルで隣の敷地にまでまたがる大型施設となる。

 

中国の放射光動向〜新光源建設計画

今回の目玉はなんといっても北京の次期光源BAPSの設計者Qin Qingが計画の詳細を説明したことである。BAPSは6 GeV、周長1,296mの回折限界リングで、北京のBSRFと同じ高エネルギー物理研究所内に設置される。ラテイスは7BAが有力である。700-800mAという大電流マシンで0.1nmradエミッタンスというのも驚くスペックであるが、XFELと並行してリングが建設される。Qin Quinは物静かで勉強家だ。他の施設を研究しつくして、BAPSを送り出してきた。BAPSという名前の他にHigh Energy Photon Sourceという名前も使っていたが、SSRFと差別化する必要性があったのだろう。

7BAの場合、最小エミッタンスはIBSを含めて60pmradとなれば世界最高輝度のマシンとなることが確実である。建設は2018年から開始され2023年か2014年にコミッショニングが予定されている。ちなみに建設費は500Mドル(日本円にし約500億円)だという。

 

heps 1

Source: BASIC CAS

 

なおこのBAPSは科学アカデミーの組織改編の一翼を担うものであり、Beijing Advanced Sciences and Innovation Center of CAS(略してBASIC CASと呼ぶ)が大きな役割を果たしている。CASとはChinese Academy of Scienceの略。若い研究者にきくとCASから大型予算を獲得するには世界最高スペックであることが要求されるという。加速器や望遠鏡、スパコンなどの大型設備の整備を効率的に進める目的がある。BASIC CASについては別記事で詳しくとりあげたい。

 

この会議ではもうひとつのサプライズがあった。NSRLの次期マシンHALS(Hefei Advanced Light Source)である。HALSの骨格となる提案は実はかなり前からあったのだが、今日にいたるまで注目されてこなかった。その理由は北京と上海にはさまれ、予算配分で常に3番目となる不利さだったが、SSRFの需要が満たされないために、科学アカデミーも放射光増設に踏切らざるを得なくなったためである。

 

slide 3

Source: slide player

 

HALSの設計エネルギーは2.0 GeVと2.4 GeVが検討されている。もちろん目標は回折限界リングである。両者を比較すると6BAラテイスでの周長は396m、576mとなりそれぞれ5.2m、5.1m直線部が24箇所、32箇所とれる。予想されるエミッタンスは50.3pmrad 、30pmradで明らかに2.4 GeV案の方が優れている。輝度は1021、1022となる。

注目される点は(最後発のため意欲的な計画にならざるを得ないためか、)リング型FELなど挑戦的なアイデアが多いこと。そういえば衝突型加速器でもLHCを上回る円形加速器が複数提案されている中国は加速器もバブル期にあるという印象を持った。

 

あと数年で第4世代光源が世界各地で本格稼働するが日本は(技術はあるのに)長期的な計画性が立てられないでいる。もしかすると科学技術の予算を配分する部署やマネージメントの刷新が必要なのかもしれない。少なくとも中国の若者はいあわゆる「理系離れ」と無縁で、希望ある未来が科学技術で実現するだろうという期待を持っている。本当に問題なのは若者が未来に希望を持てない閉塞感にあるとしたら、それを生み出した世代の責任は重い。せっかく博士課程まで進学しても就職先がないポスドクが1万人以上いる。雇用は成長のエンジンであるのに仕事を与えられる機会さえない国。ビジョンのない自分中心の中途半端な計画で無責任なマネージメントの結果だ。バブル期にあるということだけでは済まないのではないだろうか。

 

規模が小さい施設でも野心的なアイデアが実現できることは素晴らしい。BAPSやHALSなど先端的な施設がこれからも生み出されるとしたら技術立国を目指す資格は十分備えているような印象を持った。

 

  

 

You have no rights to post comments

hitachihightec

hitachihightec science

Copyright© 2013.   放射線ホライゾン rad-horizon.net   All Rights Reserved.