放射光における「ムーアの法則」終焉の意味

ムーアの法則は放射光蓄積リングの輝度(注1)の時間変化に当てはまる。この事実は蓄積リングの進展を示す例として用いられることが多い。放射光の輝度も半導体チップの集積度も「ムーアの法則」(注2)に沿って展開してきたが、ここにきてどちらも終焉を迎えようとしている。このコラムではムーアの法則の破綻の意味とその先にあるものについて考えてみたい。

(注1)輝度(photons・s-1・mm-2・mr-2・(0.1%bandwidth)-1

(注2)元々はチップのトランジスタ数が2年で2倍になることを指す。実際、携帯キャリアとの2年契約に対応するかのように、2年ごとに機種がフルモデルチェンジされるが、2年契約期間中に解約すると罰金となる。

放射光のムーアの法則

放射光の(時間)平均輝度とピーク輝度をフォトン・エネルギーに対してプロットして下図に示す。X線領域では一般的な放射光の平均輝度は挿入光源(アンジュレーター)の1019-1020である。APSなどの第3世代(7GeV)では実用的なX線光源の範囲(<25keV)が1次光と3次光でカバーされる。(下図右)

ただし第4世代光源(注3)とされる直線加速器ベースのアンジュレーターのレーザー発振(XFEL)の輝度は1022で、ライナックベースの光源はさらに約100倍強い。ピーク輝度(注4)では蓄積リングとXFELの差はさらに開く。10keVで比較すると、放射光は1024、XFELは1033と109倍にもなる。

(注3)第4世代光源には直線加速器ベースのXFELの他に、同じく直線加速器ベースのERLやUSRと呼ぶ蓄積リングがある。その中で実用化が最も早かった光源がXFELである。

 (注4)ピーク輝度とはシングルパルスの輝度を指す。実験によって平均輝度あるいはピーク輝度が使われる。入射光に対して計測されるフォトン強度が直線的でバックグラウンドの存在が重要でない時には、複数のパルスが計測され平均輝度が光源輝度として適当である。一方、非線形性の実験やシングルパルスで試料が破壊される(XFELのような)実験ではシングルパルスの輝度が意味を持つ。

輝度スペクトルの最も輝度が高い値を時間スケールでプロットすると、下図左のような時間スケールに対して指数関数的増加すなわち(広義の)「ムーアの法則」が出現する。なおこの図の直線は複数の光源をプロットしてあり、例えば蓄積リングでは、偏向電磁石からの放射光、挿入光源(ウイグラー、アンジュレーター)が含まれており、これらは本来別々にプロットすべきである。またこの図の最高輝度の直線はXFELのものであるが、年代とともに新しい光源が建設されていく中でピーク輝度がムーアの法則に従って指数関数的に向上してきたことを表現するために、簡単化した図が使われることが多い。

 

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Source: An Introduction to Synchrotron Radiation by Philip Willmott (Wiley)

 

最近になってこのムーアの法則が破綻しているとする解釈が現れた。(下図)考えてみれば放射光発生時に失われ、RF空洞で補填されるエネルギーには限界があるのだから、指数関数的な輝度増加が永続することはない。しかし性能が指数関数的に向上するという説明は新光源の建設には都合が良かったため、ムーアの法則が持続性があるという印象が定着してしまった。イメージングを代表とする実験が輝度に依存したため、輝度が上がることで精度も実験対象も広がったのであるが、一方ではフラックスに依存する分光にとっては、恩恵はそれほど多くない。実際、フラックスについてはすでに飽和に達している。

 

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Source: M. Rivers.

 

指数関数的な現象がやがて減速し飽和に近づくことは自然だが、放射光において輝度が一定の値に漸近的に近づくことは実は理にかなっている。回折限界以上に光を絞り込むことはできないからである。可視光では近接場光で回折限界を超えることができるが、X線領域では回折限界輝度が実現できることが究極の目標である。シングルパルスのXFELではすでに実現できている。蓄積リングで実現できるものをUSRと呼ぶ。

エミッタンスを下げてUSRを実現するには周長の大きいエネルギーの高いリングになると考えられてきたが、低エネルギーでも磁石配列を工夫すればUSRとなる可能性が出てきた。このことはムーアの法則が減速して回折限界として飽和しても、新たなサイエンスの展開が可能になることを意味している。終焉によってむしろ新たな展開が始まると解釈すべきだろう。

 

半導体のムーアの法則

実は本家の半導体チップでも2016年はムーアの法則が破綻する年となった。高性能CPUを独占的に製造・販売してきたインテル社が正式にこれを認めたのである。CPUの性能をクロック周波数(注5)で表すと1974年ごろから2004年まではムーアの法則はうまくいっていたのだが、下図に示されるように2004年あたりでクロック周波数はジリ貧に陥っていたのである。

(注5)元々のムーアの法則は集積されるトランジスタの密度であったが、クロック周波数を始め、電子回路に関する多くの事象に当てはまる。「2年で2倍」というわかりやすいルールでガイドラインが定まったため、過当競争がなくなり、長期計画も立てやすく、また消費者の期待を裏切ることなくメーカーは製品を出荷できた。(消費者の立場に立てば半導体メーカーはカルテルと言えなくもない。)

クロック周波数を上げるには微細化が必要だが密度が上がれば発熱が問題となる。高性能CPUの熱密度は原子炉心を超えるほどになり、マルチCPUにしてもコア数にはOSの負担が大きくこれにも限界がある。

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Source: The Future of Computing Performance (2011)

 

一方、メモリは1970年代の10μmスケールから出発して世代が異なるごとに露光を含めて膨大な新技術がプロセスに投入された結果、現在では10nmとなった。世代交代に伴い製造ラインは複雑化し設備投資は高額になっていったが、2010年1/4期では32nmまで、その後は22/20nmへさらには16/14nmに微細化が進んだが、その先のステップは先がみえない。

放射光の場合に、輝度を追求することが、あたかも目的のようになってしまった感がある時期があった。しかし輝度に飽和が見えてきたことが回折限界に近づいたことを示唆しているならばむしろ歓迎すべきなのである。

回折限界に到達したなら加速器を、サイズダウンと低コスト化する方向で開発研究を進めていく必要があるだろう。この点でなぜかゴードン・ムーア氏が加速器の世界に関係するようになる。それはSLACにゴードン・ムーア財団が加速器オンチップ(AOC)開発資金を提供し、露光技術でオンチップ加速器とマイクロアンジュレータで直線加速器ベースの新光源を開発する計画が走り出したためである。ゴードン・ムーア氏は本音では「指数関数的法則は例外なくやがて破綻する」ことを認めていた。両者が関わるようになるとは誰も考えていなかったのではないだろうか。

 

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Source: SLAC

プロローグ

話を携帯に戻すとなぜ2年契約なのだろうか。それは忠実に消費者もメーカーも、つまり社会が「ムーアの法則」に従っているからなのである。いつしか主客が逆転し「ムーアの法則に従って2年ごとに新製品を市場に出す」ことが当たり前のようになった。消費者の立場からは、「売るためにつくる」ではなく必要なデバイスをより長い製品サイクルとより低価格で提供できるようにしてほしい。

加速器の世界でも究極的なX線光源の普及にはサイズダウンと低コスト化が鍵となる。一般のレーザー並みのサイズと価格が実現できたらインパクトは想像を超えるのではないだろうか。もちろん現時点で巨大な加速器が一気にテーブルトップやオンチップになるということではないが、かつての大型汎用計算機をはるかにしのぐCPUがオンチップ化されている。もしその当時(それほど昔のことではない)の計算機を扱っている人に我々が目にしてきた驚異的な計算能力の展開の話をしたなら、オンチップ加速器と同じように懐疑的な見解が帰ってくるに違いない。

 

 

 

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