生物に放射線障害を引き起こすのは電子である

多くの人の期待もむなしく、現実にはどんな低線量でも生体影響があります。染色体異常というような大きな変化、細胞を殺しかねないこともおこります。いったいどうしてなのでしょうか。生体分子に変化を与えるためには、一定以上のエネルギーが必要なはずです。ごくごく低線量の放射線では、細胞に与えられるエネルギーも小さいはずだから、生体影響はおこらないのではないでしょうか。もし少し大きなエネルギーによって生体分子に変化が起きても、少しのダメージならば、細胞に備わった修復機能によって元通りになってもいいのではないでしょうか。

私のコラム、「放射線の生態影響はあるのかないのか」のところで、「生体に影響を与える放射線は荷電粒子の集まりである」と書きました。「実験によって電子1個で発生する染色体異常が見える」とも書きました。なぜそのような結果になるのでしょうか。それを理解するためには、まず、ガンマ線やエックス線が生体内に入ると何が起こるか、ということを知る必要があります。
「電磁波(電波や光)は波動性と粒子性をあわせ持っている」と言われますが、ガンマ線やエックス線などの波長の短い電磁波は、粒子性が強く出てきます。電磁波の粒子性を示すところの光子は光電効果やコンプトン効果により、物質から高速の電子を飛び出させます(図1)。光電効果コンプトン効果 copy

図1. 光電効果とコンプトン効果。「~」と書いた粒子は光子、「e」と書いた粒子は電子。

 これらの電子を一次電子と呼ぶことにします。一次電子は、電気力(クーロン力)によって物質中の電子を次々に跳ね飛ばし、跳ね飛ばされた電子も高速の電子となり、同様に物質中の電子を次々に跳ね飛ばします。これらを二次電子と呼ぶことにします(図2)。
電子の散乱とクーロン力

図2 電子の衝突の連鎖

このように、一次電子がもととなり、二次電子がかたまりになって発生することになります。この電子の最終的な数は、一次電子のエネルギーをW値(ダブリューち)というエネルギー量で割ることによって得られます。W値は物質の種類によって異なりますが、22~43エレクトロンボルト(eV)程度とされています。放射線の種類にはあまり関係しません。セシウム137から放出されるガンマ線のエネルギーは662 キロエレクトロンボルト(keV)で、これが光電効果によって発生させる電子の運動エネルギーも同じく662 keVです。光電効果では光子の持つエネルギーのほとんどすべてが電子の運動エネルギーとなります。もしW値が30 eV であるとすると、この光電効果によって発生した電子によって直接的間接的に跳ね飛ばされる電子(二次電子)の最終的な数は、662 keV/30eV=22,000 となります。また、この22,000個の電子と同数のイオン(電子を一つ失った原子)も発生します。これが電離です。この電離は、光電効果あるいはコンプトン効果で発生した高エネルギーの電子が飛行中に物質内の電子をはじき飛ばしたり、飛行するうち、エネルギーをある程度失ったあたりで、細胞のスケールで見ると、ごくごく狭い範囲で集中的におこる現象です。放射線の生体影響は、この電離が出発点となって発生すると考えられています。この局所的な電離によって、大きなエネルギーが狭いところに与えられることになります。このことは、線量とは無関係です。ガンマ線やエックス線によって発生した一次電子1個で染色体異常が発生するということは、狭いところにこの一次電子によって発生した多数の二次電子、そして電離、引き継いでおこる現象によって染色体異常が発生するということを意味します。

 放射線は、ガンマ線とエックス線だけではありません。ガンマ線やエックス線以外の放射線が生体内に入るとどうなるのでしょうか。

 アルファ線、陽子線、重粒子線は、それぞれアルファ粒子、陽子、重粒子(原子から電子を取り除いた裸の原子核のこと)が高速で多数飛行しているものです。これらの荷電粒子(一次荷電粒子)はクーロン力によって通ったところの電子をはじき飛ばし、重いため電子をはじき飛ばしてもほぼまっすぐに飛び、多数の二次電子を発生させます(図3)。一次荷電粒子に比べて二次電子は圧倒的に多く、与える生体影響も二次電子が圧倒的ですから、実際に生物影響を与えるのはここでも電子がほとんどであるということになります。

荷電粒子が電子をはじき飛ばす図

図3 荷電粒子は高速電子をクーロン力によって多数発生させる。青丸は電子。

中性子線の場合は、電気を持たないので、あまり物質に邪魔されずに生体内に入ってきます。クーロン力を及ぼしませんから、生体への影響もなさそうです。しかし中性子は、体内の水素原子(H2OのH)と衝突して、水素の原子核(陽子)を飛び出させます。中性子は重い原子核とぶつかると跳ね返されますが、質量がほぼ同じである陽子にぶつかると。ビー玉の衝突と同様に大きな運動エネルギーを陽子に与えます。陽子ですから、多数の二次電子を発生させることになります〔図4)。

中性子が電子をはじき飛ばす図

 図4 中性子は陽子と衝突し、陽子は高速電子をクーロン力によって多数発生させる。

放射線の生体影響は、いずれも高速の電子が引き起こすものとみなせます。従って、生体に生じさせる最初のダメージは、放射線の種類によらず、ほとんど同じなのではないかと私は考えています。そのことを裏付けるように、放射線の種類によらず、DNAの二重鎖切断の数はおおよそ与えられた放射線のエネルギー(吸収線量)だけに依存する、とする論文がいくつもあります。そうでない論文もあるのですが。しかしながら、放射線の種類によって、染色体異常を始め、吸収線量あたりの生体影響の数や程度は大きく違います。「放射線の生態影響はあるのかないのか」のところで書いた、LET依存性の話です。なぜそうなるのかについては、次回また書くことにします。

 

コメント   

# 一太郎 2014年06月04日 09:01
生体内の電離の様子がよくわかりました。

高地の生活では日常浴び続けている宇宙線の影響でも、何らかの直接効果があるはずで、丹念にスクリーニングをやると何らかの地域特有の結果がでるように思えるのですが。

それと最近ではDNA切断にいたらなくとも、免疫が弱くなるのではないかという説がありますね。

信じてはいませんが松本の自動車工場の工員が原因不明の鼻血を訴えてから、福島の同様の症状が多数報告されていますし、気になります。
# toshiさん 2014年06月04日 21:41
子供の鼻血が放射線の影響ではないかと心配する母親の声で、調査を始めた、(放射線の影響であることを証明したかったであろう)小児科医さんの調査で、
福島の子供の鼻血が、他県よりうんと少なかった、
と言う報道はご存知と思います。
ご存じでなければ、次のブログで、「鼻血」で検索して記事を探してお読みください。
http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/

何回も書いていますが
宇宙ステーションは年に数百ミリシーベルトの被ばくですが、政府は、宇宙飛行士を送るのをやめようとは、全然考えていません。
放射線生物学の動物実験で、年に1シーベルト程度では、健康への悪影響がない、ことが確立されています。

ご安心ください。
# Toshihiro 2014年06月17日 10:15
「染色体異常のできかた」に関するtoshiさんのコメントにより気づいたことがあったので、少し書き直しました。

細胞のスケールで見ると、光電効果あるいはコンプトン効果がおこった場所のごくごく狭い範囲で局所的におこる現象です。→この電離は、光電効果あるいはコンプトン効果で発生した高エネルギーの電子が飛行中に物質内の電子をはじき飛ばしたり、飛行するうち、エネルギーをある程度失ったあたりで、細胞のスケールで見ると、ごくごく狭い範囲で集中的におこる現象です。
# Koshi 2014年06月23日 12:38
2次電子のエネルギーと結合エネルギー(解離エネルギー)の相関が証明できないでしょうか。

分子メスとか。。。

それだと最終的な切断の犯人が特定できるのではないでしょうか。

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