低線量の生体影響はあるのかないのか


 初めまして。今日は、大胆にも、低線量の生体影響はあるのかないのかという大問題に答えを出したいと思います。

 「毎時100ミリシーベルト以下ならば放射線の影響は、まったくない。」あるいは、「10ミリシーベルト以下ならば・・・。」、「1ミリシーベルト以下ならば・・・。」、と言い切る人たちがいます。 何の根拠があるのでしょうか。

「統計的に有意でない。」は答えになりません。

私が参加した環境省などがとりしきる公開の会議で、「低線量でもリスクはある」と疫学データを駆使して熱心に解く先生がいました。「5ミリシーベルトでもがんになる確率は上昇する。」。そうすると、会場の複数の方々は、「この会場で、低線量でなんの影響もない、などと考えている人はだれもいない。」などとおっしゃる。「だから、その議論はやめろ」というわけです。私の隣に座っている先生は、配布資料に「バカ」などと書いて怒りを抑えていらっしゃる。私は思いました。「この方々は、昨日まで、低線量の影響はまったくない、と市民に説いておられただろうに、また、明日からもそうされるだろうに。」。私はたまらず発言しました。「影響はないと言うかたはたくさんおられます。」。世間では、このような破廉恥な人たちを「御用学者」に分類するようです。だから、「御用学者」の評判が悪いのは当然です。しかし、会場の様子からは、主催者側のお役人たちも「御用学者」の扱いに困っているようです。このような「御用学者」の人たちの考えを推測すると、「低線量でもリスクはあるというICRPの考え方は間違っていると思うが、日本の行政の建前であり、従って自ら御用を買って出ている自分の建前だから、言うことは時と場合によって変えざるを得ないのだ。」でしょうか。このような言動がかえって多くの市民の不安をあおり、相互の憎しみを生み、本物の「御用」である行政さえ困らせているだろうに。

  低線量の放射線の生体影響はあるのか、という命題について、答えが出せるものならば出さなければ話がややこしくなるばかりです。しかし、「そんな難しい問題には簡単には答えられない。」というのが世間の普通の考え方のようです。ならばどうなのか。私の知識と経験によれば、「どんな低線量でも生体影響はある」が答えです。その理由は、生体に影響を与える放射線は、荷電粒子の集まりであるということです。もし、荷電粒子が1個だけ細胞の核にあたったときに生体影響があるならば、どれほど低線量の放射線であっても、生体影響はある、ということになります。それでは、荷電粒子1個の生体影響はあるのでしょうか。

 あるのです。ヒト末梢血のリンパ球に放射線を照射したときに発生する「二動原体染色体異常」の頻度は、線量に対して2次曲線を描いて上昇します。これは、
eq1 copy copy copy という式で表します。Linear-quadratic equationといいます。ここで、Dは吸収線量、つまり、生体組織に吸収される質量あたりの放射線の平均エネルギーです。Yは染色体異常の頻度です。確認のために言うと、「頻度」というのは「数の平均」のことです。実はここで、Dを使うから、話がわからなくなり、見えなくなり、先に進まなくなります。低線量では影響は無視できる、閾値がある、と信じている人にとっては、実験可能な線量の範囲ではこのような近似式が成り立つのだろう、だけどごく低線量では・・、となってしまいます。この関係式は、かなり低線量でも成り立つのですが、あまりに小さな線量にすると、Yが小さくなって、実験の精度が保てなくなることは確かです。別の概念を持ち込まないとここから先には進めません。

 そこで、Dの代わりに、Dに比例する数量、細胞の核に当たる荷電粒子の平均数mを用いてこの関係を書き直すと、
eq2と書くことができます。mが小さくなると、m2が無視できるので、Ymが比例するようになります。この際のaは、「核に荷電粒子が1個あたったときに発生する染色体異常の頻度」となります。どんなにmが小さくても、荷電粒子が核に当たった細胞には平均a個の染色体異常が生じるということになります。このaという値は、荷電粒子の種類によって違い、おおざっぱには、LET(エルイーティー)という値の2乗に比例することがわかっています(図)。

放射線科学-7

図. 黒丸がデータ。誤差棒は標準誤差、青線はモデル計算による値で、LETが大きくなると荷電粒子が核に当たった細胞の分裂が悪くなり、染色体異常がみえなく なることを考慮したもの。LETが小さいところでは、青線は両対数グラフ上で傾きが2の直線になっており、LETの2乗に比例していることを示している。 荷電粒子でないX線、γ線、中性子の場合は、最初に発生した荷電粒子のLETの平均値を “LET”としてプロットしています(放射線科学 Vol.45 No. 9 2002より)。

LETとは、荷電粒子が長さあたりに周囲にばらまく平均エネルギーのことです。荷電粒子はエネルギーをばらまいて自分自身はだんだん減速します。LETは「stopping power」とよく似た意味のことばです。原発事故のフォールアウトによる現在の外部被ばくの大部分を占めるガンマ線は、荷電粒子ではないので、それ自体は生体影響がないとみなして良いのですが、これが物質にあたると光電子やら、コンプトン電子やらが発生し、それが生体影響をおよぼすことになります。これらの電子のLETは、アルファ線などと比較すると小さいのですが、ゼロではなく、従ってaもゼロではありません。実際、エックス線やらガンマ線やらを実験的にリンパ球にあてて発生する染色体異常の頻度を数えると、低線量では頻度は線量に比例して増えてきます。つまり、電子1個注1で発生する染色体異常が見えるのです。なお、aがLETの2乗に比例することは、染色体異常が局所的な電離密度の2乗に比例して発生すると考えれば説明できます。このことの意味については、別の機会に述べたいと思います。

 ついでに、線量率のことを言うと、細胞核に荷電粒子が2個以上あたる状況が無視できるような低線量では、線量率の影響はあるはずがない、ということも言えます。もしあるとすれば、核の外側を荷電粒子が通った場合の影響とか、別の細胞に荷電粒子が通った場合の影響(バイスタンダー効果といいます)などになります。そのようなことがあったとしても、低線量率ならば、放射線の生体影響はない、という話にはなりません。この場合、「逆線量率効果」といって、線量率が低いほど生体影響が強い、という話まであります。

 低線量でも生体影響はある、という話、納得いただけたでしょうか。

 リスクはある、というだけではどの程度のリスクなのか、大変あぶないのか、無視できる程度なのか、まったくわかりません。ですから、「その話がなければ意味がないじゃないか」と言われそうですが、そうあわてずに、どの程度のリスクなのかについての話は次回以降に回したいと思います。

注1: ガンマ線によって生じた最初の電子を指しています。この電子は、物質中の電子を電気力(クーロン力)ではじき飛ばすので、高速で運動する電子は増えていきます。ガンマ線のエネルギーにもよりますが、最終的には何万個にもなります。

 

コメント   

# Remember311 2014年03月16日 09:38
ずいぶん危ない(乱暴な)議論が横行していることが、よくわかりました。

チェルノブイリによる甲状腺癌発生が4-5年後から、「激増」している、広島では8-12年の遅れがあるから、福島の甲状腺癌の増加は、原発と無関係だ、とする意見が、「御用学者」の根拠になっているようです。

しかしチェルノブイリのデータをよくみると、決して「激増」といえる変化ではないし、4-5年付近に測定機材がそろったことも考慮すると、この根拠は崩れそうです。

このような真実の話が広まるには時間がかかるかと思いますが、メデイアが東電と同様に信用できないことが、明らかになってきましたので、助かります。

大変、勉強になりました。
今後の記事に期待しています。
# Toshihiro 2014年03月17日 10:56
放射性ヨウ素による内部被ばくについては、ヨウ素が甲状腺に集まることにより、かんたんにに高線量となってしまうこと、若い人の甲状腺癌は、バックグラウンドが低いことなどから、比較的簡単に統計的に有意となるのでしょうが、一般の癌については、バックグラウンドが高く、統計的に有意となるのが難しいのだろうと思います。ですから、甲状腺癌以上に犠牲者が出ている可能性があるということになると思います。
甲状腺癌と診断される人の人数も数十人以下ということになれば、被ばく状況を公表すれば容易に個人が特定される可能性もあり、たとえ因果関係がかなりはっきりしていている事例があっても、対応が難しいだろうと思います。
# 福島の主婦A 2014年03月18日 09:14
ニュースステーション(2014.3.11)が児童の甲状腺癌を取り上げました。

チェルノブイリのときは、児童の甲状腺癌は3年以上経ってから見つかったので、今福島で見つかっている甲状腺癌患者は福島原発の影響ではないと言う医師と、チェルノブイリのデータは信用できないと言う医師がいて、どちらが本当の事を行っているのでしょうか。

喫煙と肺癌の関係では喫煙数が低い場合は無視できるのでしょうか。

でも喫煙者と同室の人間が癌発生が高い事を説明できませんよね。

とても参考になりました。

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