ヨーロッパの研究所にて

インペリアルカレッジIRC、マックスプランク研究所(シュツットガルト)、ESRF、および CNRS(グルノーブル)の印象を報告する。詳しくはレギュラーコラムに紹介されると思うのでここでは、私の印象を手短にかいてみることにする。ヨーロッパを代表する研究所であるがそれぞれが個性的であり同時に科学に対する共通のカルチャーを持っている。残念ながらEU諸国の経済格差が広まりつつあるが、それらを是正しセーフテイネットとして機能していたEUにも影が見え始めている。


・英国インペリアルカレッジ Interdisciplinary Research Center (IRC)
 インペリアルカレッジはもともとオックスフォードをまねてつくられたという。ただし彼等(オックスフォード)からするとブルーカラーといわれていたように 、学問を追及するというよりは、実学を選んだようである。そのせいかキャンパスの中心的な部分はCivil Engeneeringの建物で占められており、そのまわりをChemistry, Physics, Royal Art, Mineなどの学部が取り巻くように立っている。キャンパスはハイドパークの南側に位置するロイヤルアルバートホールのすぐ裏という非常に便利な場所にある。そのせいか、ここに訪れる日本人も多く、英国を訪れる半導体分野の研究者は必ず訪ねているようだ。IRCはその名前の示すとおり関連分野の研究者を有機的に結合したいわば組織の中の組織である。半導体部門の研究組織はインペリアルカレッジに拠点をおく関係で、ほとんどがphysics、chemistryなどに属しており正職員のほかに多くのポスドクが籍をおいている。私が最初にここを訪れたのは90年の夏のことであった。そのときMBEの大家Prof. Joyceの研究室には、主な装置は3台のMBEだけで(内1台は立ち上げ中)、評価装置らしきものはほとんどなかった。その後、急速に設備が整備された。わずか5年でフォトルミや電顕、X線などの装置に加えて、10数台のMBEがフル稼働した。短期間で資金を集中できるIRCは経済的に追い込まれている英国では設備整備の効果的な手段なのだろう。

 こうしたMBE装置の運転は個々の装置ごとに研究者がはりついているが、実は技術的な支援を一手に引き受けている優秀なテクニシャンがいることですべての装置が動いているという。IRCではポスドクが中心的に働いている。彼らは若いゆえか意欲的で研究に対する取り組み方がしっかりしている。組織としては科学的また経済的に助言あるいは助力を与える指導者の存在が大きいようだ。短期間でここまで成長できたのはIII-V族MBE成長のパイオニアであるProf. Joyceの指導のによるところが大きい。研究組織に必要なのは研究費を集めるマネージメント能力だけではなくチームを引っ張る強力な指導力であるように思えた。

 彼らがコミュニケーションをとるのに、英国の伝統であるお茶が役に立っている。英国人はソーサーにこぼれたお茶までのみほすほど大切にしているが、食事のあとで一杯の紅茶とビスケットで話をするのが好きである。話題は科学のことにとどまらずたわいのない場合が多いが、皆で盛り上がり会話を楽しんでいる。なごやかな談話が成果にどう結びつくかは知る由もないが、少なくともお互いの理解を深め、新旧のスタッフ間の交流のためにはおおいに役に立っていることは確かである。


Cour interieure Imperial trim

・マックスプランク研究所 Max Planck Institute (MPI )
 マックスプランク研究所は固体物理研究所と考えられているがシュツットガルトに関する限り化学の占める割合がかなり高い。周囲をのどかな田園に囲まれ、近くにはかなりのマンモス大学であるシュツットガルト大学があり、遠くにシュツットガルトの古い街並みを望むこの研究所は我が国でいえば物性研に近い雰囲気を持っている。建物は極めて合理的にできており、4つの棟が中心で結ばれハーケンクロイツ(?)のようにつながっている。地階にはCanteenがあり吹き抜けで1階につながっている。この食堂は喫茶室にもなっていて、スタッフが集まっては食事やお茶を一緒にとりながら歓談にふけっている光景は、さながらまるで街のカフェのようである。地階にはマシンショップがあるが、大型の工作機械がところせましと並ぶ様は工場のようである。2階から6階までは研究室と居室になっているがここでも各階に簡単な丸テーブルと椅子が備えてあり、昼食のあとコーヒーを皆で楽しんでいる。

 建物や設備は大変質素であるが機能的にできている。研究本館などは壁はコンクリートむき出しであるが、色彩感覚に優れた独特の表示によって殺風景にはなっていないばかりか、いかにも研究所らしくて気持ちがよい。床や階段はきれいに掃除されていて紙屑ひとつないが驚くべきことに、廊下に不必要なものは一切見当たらない。理論化学の研究室の廊下には手製の模型がところ狭しと並んでいるが、ここでも模型というよりはオブジェともいうべきその色彩感覚には驚かされる。居室は原則的に個室だがドアは曇りガラスの開放的なもので、若い研究者は部屋にいるときはドアをあけておく人も多いようである。無機化学に携わる研究者の層は厚い。例えば結晶構造の研究は頻度が高いために、必要な研究室では専用のX線回折計を持っているほか、共用設備では12台以上のラウエ装置が所狭しと並んでいる。面白いことに放射線のシールドはついていないか簡単なプラステイック製のものが床においたままになっているのに、シャッターランプは赤で立派に放射線が漏洩している。きけば放射線管理者が見に来る時だけそれらしくするのだそうである。規則より研究が優先しているようである。

 実験室の設備は平均的であり、特に立派な装置があるわけではない。半導体成長もやや旧式のMBE装置で色々なことをやっている。InP上のInGaAsで量子細線をつくることからSi上のバンドエンジニアリングなど。内容的にはそれほど進んでいるとも思えないのだが、仕事のまとめ方が細かいところにまで手をまわして完成度が高い点に興味を覚えた。フローテイングゾーンによる結晶成長では、GaPの螺旋状のホイスカー成長などが印象的であった。フラーレン系はそれほどさかんでなく、高温超伝導酸化物も特に集中して研究しているわけでもない。要するに流行は追わない主義のようである。それよりも、学問的な意義ずけと緻密さといったいかにもドイツ的な研究態度が根ずいているようである。

 MPIでは悠々として伝統ある研究を積み上げている。固体無機化学と固体物理、前者は量子化学と無機化学、後者はいうまでもなくカルドナ率いる固体分光である。研究リーダーの下には若いが統率力のあるサブリーダーが目を光らせているようである。きくところによれば、研究リーダーは学問的にまた年齢的にも突出しているために、このようなサブリーダーが予算を必要に応じて分配しているという。組織の本質が強力な指導力のある研究グループのリーダーに精神的なよりどころ(宗教的ともいえるほどである)をもとめつつ、お金のからむところすなわち研究の具体的な推進に関しては、より若いマネージメント能力のあるサブリーダーに従うというスタイルは、何世代も異なる研究者を結びつけ、ある方向にベクトルをそろえるのに大変役にたっていると思える。彼らは大学との差を強調するが、私からみれば圧倒的に古い歴史をもつ基礎科学そのものといえる。彼らにはこれまでにつちかわれてきた科学の歴史を引きつぎ、発展させ次の世代へつなぐといったことがごく自然に身に付いている。これはかなりの部分、教育によるのではないだろうか。


MPI-BPC-Gottingen 05.2006trim

 

下の写真はロビーにある豆からつくる全自動珈琲マシンで、背景はCanteenである。インスタントコーヒーマシンはどこにでもあるが、ここでは豆を挽くところから全自動である。いうまでもなく珈琲の香りは研究者たちを引きつける核となり、自然に集まって談笑する。写真ではみえないが近くに掲示コーナーがあってそこには売ります、買いますのメッセージが所狭しとピンアップされていてフリマ的機能を果たしている。

 

IMG 1105-trim


・ESRF (European Synchrotron Radiation Facility)
 ESRFはヨーロッパ各国が共同でグルノーブルに建設した第三世代の高輝度放射光施設である。組織上は完全な民間団体であるが、収益は支出金に比例して出資国に返すことになっている。国際色豊かなというよりはまさに人種のるつぼといった感じの研究施設はヨーロッパの共同利用施設として当然のことかも知れない。特徴的なのは所長をはじめほとんどのポストが任期5年ということである。そのため、研究者は任期内にまとまった仕事を完成させるため毎日、深夜までよく働いている。施設が建設・運営しているビームラインは31本あり、残りは外部の研究施設が自分の予算で建設し、特定の利用者が利用するものである。各々のビームラインは基本的に研究者2名とテクニシャン1名によって維持されている。実際にはこれにポスドクが加わるので8〜10名といったところが平均的な人員数である。それでも年間6, 000時間(フォトンファクトリーの2倍)のビームタイムをこなすことは大変で、これでも手薄だそうである。装置がたちあがってしまうとビームタイムをユーザーにあけわたさないといけないので、自由になる時間はほとんどないという。ちなみに研究者は30%の時間を自分の研究にさけることになっている。一方、外部の研究所が建設したビームラインでも1/3の時間は施設にもどすことが原則である。

 施設ついては詳細は省くが実験ステーションは研究室といった感じで、これまでの乱雑に測定装置が並べられた放射光施設になれている目にはワークステーションに向かって快適な空間で仕事をしている様子はちょっとした驚きである。高性能の実験装置がところ狭しと並んでいる。例えばアンジュレーター用の分光器の冷却はヘリウムガスで、ウイグラーのそれは液体窒素で行われている。かなり複雑なシステムであるにもかかわらず、順調に動作しているのは技術力のあるテクニシャンが常駐しているからだ。装置のたち上げや調整には若いポスドクが研究者について細かい点にいたる指示を受けながら仕事を進めている。彼らは実によく研究者とコミュニケーションを(対話という形で)とっている。電子メールはもちろんよく使われているが、重要な問題は直接話をしにくる。私が研究者と小一時間話をしている間にも実に頻繁に彼らは割り込んでくるが、それぞれ1分以内に話をすませて帰っていく。ポスドクの給料はヨーロッパでもずば抜けて高いそうである。この施設では優秀な研究者とポスドクをよい条件で引き抜いて短期間のうちに実に高いポテンシャルの組織をつくるのに成功したようである。最近できたCanteenは今までみたどの施設より立派でもちろん味も格別であったが、所長曰くこれによって優秀なポスドクがヨーロッパ中から集まってくるのだそうである。そのCanteenも実は激しい競争があるらしい。研究所も企業的センスを取り入れて成功した例ではないだろうか。ただし最近になって味が落ちたと聞く。味が良いと利益率が犠牲になるからであろう。

 

gw fig1trim


・CNRS (Centre National de la Recherche Scientifique) 
 ESRFが最近近くに建設されたがCNRS(グルノーブル)の歴史はESRFよりずっと古い。中心は金属磁性の研究グループで、例えばマックスプランク研究所と共同で世界最大クラスの静磁場発生装置を有していることでも有名である。建物はいかにも由緒ある固体物性の研究所という感じで、液体ヘリウムのデユワーやX線発生装置が乱雑に並んでいる様子は身近に感じられる。特に新しい装置が目立つわけではなく、むしろ旧式の装置を大切に使っている印象を受けた。またその雰囲気には落ちつきや伝統の重みを感じた。ここでも主要な研究者は独立した研究組織のようなものをもっている。すなわち日本の研究室にあたるものはない。はっきりいえば方向性の異なる研究者を無理に共同体として管理する研究ユニットはヨーロッパ的合理性に合わないのかも知れない。研究者には数人のポスドクがはりついており、研究を担っている。ここでも、ポスドクはホスト研究者に近い居室にいて、頻繁に研究の指示をもらっている。磁性のさかんなヨーロッパの物性は放射光物性に磁気円二色性などの新しい分野をもたらした。研究者は大抵、ワークステーションで仕事をしているが、最新型のマッッキントッシュを持っている人は少なく、古いモノクロ画面のマシンでも立派に役にたっている。何事、流行にとらわれないのがヨーロッパ人の伝統なのであろう。

 

CNRS-Delegation Alsacetrim copy


・ヨーロッパ流の科学
 ヨーロッパでは伝統を重要視する。浅く広い知識や流行を追った仕事は評価されない、というよりは嫌われる。歴史的背景の理解、自分の仕事の位置ずけ、先駆者たちの仕事とのつながりを自分で理解し、人に理解してもらうことを心がけている。誰が何をして、次のステップを自分が・・・・という一連の連鎖が科学に必要だと誰もが認識している。そうでないと生き残れない。中世の大学から脈々と培われてきた学問の深さを身にしみて感じとった。個人主義的な米国流のとらえ方に対して、科学は多くの人々の間の共同研究のたまものという理解にもとずいているようである。自己の研究の位置ずけができない研究は理解されない。ひとことでいえばヨーロッパの科学共同体的発想をかいま見たような気がする。





You have no rights to post comments

hitachihightec

hitachihightec science

Copyright© 2013.   放射線ホライゾン rad-horizon.net   All Rights Reserved.