日本の科学技術に黄信号〜失われた20年

日本の科学技術政策とかくと大げさなようだが、筆者は現在の研究開発の現場から少し離れてみる立場になり、その感を強くしている一人である。すでに科学技術立国を目指すには〜研究環境の変質によるリスクという記事で、[1] 行きすぎた競争原理への反省、[2] 伸び悩む運営交付金、[3] 選択と集中の行き着く先という項目で、問題点をまとめた(2016.10.09)

 

これより先にアカデミアの法人化の問題点については滋賀大学学長の佐和教授の「国立大学法人化の功罪を問う」で、問題点が整理されていた。

 

その後の経緯について簡単にまとめておくと

日本のアカデミズムは危機にあるのか—ノーベル賞受賞者も警鐘(青山祐輔)

日本の科学技術 「競争力低下」8割 若手研究者調査(日本経済新聞)

日本の科学技術「力が急激に弱まった 白書を閣議決定(朝日新聞

日本の科学研究はなぜ大失速したか 〜今や先進国で最低の論文競争力日本の科学研究はなぜ大失速したか 〜今や先進国で最低の論文競争力(現代ビジネス)

という同じ趣旨の記事がある。

 

アカデミズム側にも、現実離れした安息に浸り閉塞状況を作り出した責任の一端はあるかもしれない。しかし度を越した競争原理や成果至上主義といった西洋型の慣習を鵜呑みにして、消化せずに取り込もうとした官僚の危機意識が背景にあったように思える。問題の根は深く、もう簡単には問題解決型の変革はできそうにないが、危機意識が認識されつつある事実を記すにとどめる。

日本型の雇用体制(終身雇用)は日本が捨て去る方向に動いている一方で、西洋社会では逆に安定雇用が生産性の持続性につながるとして見直されているという。同じような浅薄な行動が現在の科学技術立国を脅かすほどの研究環境悪化をもたらしているのかもしれない。

育成すべき世代の研究者に成果のみを要求し、契約雇用しか与えないような国は科学技術立国の志を持つ資格はないのではないか。結果だけでなく、プロセスを大事にして、将来を担う世代を大切に育てる余裕が欲しい。

 

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