セシウム137の生物濃縮—過熱する海外報道

 最近、国内での放射線レベル報道について落ち着きがみられるが、海外ではTEPCO情報が翻訳され、福島第一原発の地下水のセシウムCs137(以後Cs137と表記)放射線レベルが過去最高値となったこともあり、核生成物により汚染されるという海外報道が増えた。特に太平洋を隔てた米国西海岸では生物濃縮で汚染された魚が米国西海岸に到達する、という報道がある。報道の多くが科学者の報告を根拠にしているので(*)、一般の読者はそのまま受け入れてしまいがちだ。Cs137は半減期が長く生体に取り込まれ易いため、生物濃縮が進み汚染された太平洋の魚が米国西海岸にたどり着き住民が被曝するというのだ。


*例えばV. Ross et al., Corrigendum to‘Multi-decadal projections of surface and
interior pathways of the Fukushima Cesium-137 radioactive plume’
[Deep-Sea Research I 80 (2013) 37-46]

 核生成物による海洋汚染は今に始ったことではないのだが、中にはアラスカ航空乗務員の体調不良や西海岸北部でみつかっている奇形魚が放射能汚染のせいだ、とするいいがかりすらある。本当は米国内の化学プラントからの排水や軍核物質汚染の可能性もあるのだが、福島に結びつけるとメデイアとしてのインパクトが高くなる。幸いこれらの報道に対しては「生物への影響を誇大に評価してはならない」というコメントも寄せられており世論が流されることはなさそうだが、油断はできない。写真はCs137が濃縮されるとされるクロダイである。


Calamus bajonado



Cs137とは何なのか、ここで確認しておこう。

 セシウムはカリウムやルビジウムなどのアルカリ金属に分類される。カリウムやナトリウムはエネルギー代謝に生体に必須の金属で、カリウムは心臓を含む筋肉機能に欠かせない元素でリン酸縁あるいは蛋白質と結合して含まれる。セシウムの同位体であるCs137はU235の核分裂によって生じる。セシウム化合物は水溶性であるため体内に容易に取り込まれ、ベータ線による体内被曝を引き起こす。半減期は30年である。Cs137は存在確率は極めて低かったが、1945年の広島、長崎への原爆で初めて大量に地球上に放出されて以来、1960年代まで繰り広げられた米ソの核実験でそれを上回る量が排出された。またチェルノブイリ事故ではヨーロッパ北部を広範囲に汚染した。

 

Cs-137-decay1


 IAEAの警戒基準値は3,000 Bq/Lである。体内に入ったCs137を取り除くためにはどうすればよいのだろうか。多量のCs137を摂取した場合の治療薬としてペルシアンブルーという鉄2価錯体を投与すると溶けているCs137と結合して不溶となり、体内に排出される(**)。代表的な分析法は採取した試料からセシウムをリンモリブデン酸アンモニウムに吸着させ、イオン交換法により分離・精製した後、塩化白金酸セシウムとして沈殿させた後、濃縮試料をβ線測定装置で計測する。検体が提供されれば分析法は確立している。定期的に深度ごとの採取と分析値を公開する地道な努力を重ねることが望まれる。

**1986年のチェルノブイリ原発事故、1987年のブラジルのゴイアニアでのセシウム137線源(50,9テラベクレル)破壊事故時に使用された。ゴイアニアでは当事者やその家族、一般市民約250人が外部被爆及び内部被爆を引き起こした。 4人が死亡したが、46人にはプルシアンブルー1〜10gが1日3回、数日間、最長150日間投与されて大幅な排泄促進の効果が認められた。平均有効半減期は約40日から15日に短縮した。(プルシアンブルー-放射性セシウムの特異な吸着剤-著者/渡利一夫(独立行政法人放射線医学総合研究所)、佐藤宏(同研究所研究基盤センター)

 生物濃縮とは一般には農薬のように尿に溶けず体外に排出されない物質の場合に、成立するので水に溶けやすいCs137ではどうなのか。チェルノブイリでは土壌と河川底のCs137汚染がひどく確かに生物濃縮が起こったとされる。しかし海洋へ流れ込んだ分は海水で希釈され軽微であった。体内に存在する10000Bq相当のセシウムの実効線量は0.13mSvとされる。Cs147の生物濃縮を示すデータは報告されていない。最近の政府発表のクロダイのセシウム137の最大測定値は12,400 Bq/kgで、その実効線量は0.16mSvである。この数値的自身は生命に関わる深刻なレベルではないはずだが、根拠の無い恐れは増幅されて思いもよらない誤解を生み出す。

 環境汚染の問題はいつでも水かけ論なので、そうならないためにはモニタリングとシミュレーションを日米共同で行い情報公開すべきである。科学者が推測に基づいた誘導的なコメントを行うべきではないし、我々も上記基準値を頭にいれて自分で真偽を判断すべきだろう。また政府も言いがかり的な報道に対しては、正当な反論を行うべきなのだ。(TPP交渉で明らかなように)米国に対して、黙っていて得する事はない。侮辱に近い言葉を投げかけられた際には、その場で間髪をいれずにさらっと切り返さないといけないのだ。後から考え直して追いかけていき、後ろから襲いかかれば卑怯者だ。しかしその場で言い返されることには慣れている国民である。間違っていたらその場で正すべきなのだ。ついでに債務処理を引き受けている国として皮肉のひとつもいえるとなおよい。

フォローアップ(2014.3.10)

農水省の説明ではCs137の魚の生物濃縮はないとされる。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/Q_A/pdf/qanda_j.pdf#search=%27Cs137+%E7%94%9F%E7%89%A9%E6%BF%83%E7%B8%AE%27

 

根拠はセシウムはカリウムと同じで特定の臓器に蓄積されず体外へ排出されるから生物濃縮はない、というもの。経過とともにゆるやかに濃度は下がるデータもあるようだ。

 

一方、Ag110mでは生物濃縮を裏付けるデータも得られているので、元素ごとに長期に渡り観測を継続する必要がありそうだ。(森、東大応用生命化学)

 

 

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