BlackswanとDragon King

 The Physics of Wall Street(ウオール街にやってきた物理学者)[1]の著者、James Owen Weatherallは(賛否はともかく)自身が物理学者を主に雇用して設立したファンドで、ウオール街の顔ともいえるバフェットやソロスの会社を上回る営業成績をあげた。金融工学などというききなれない講座が経済学部ならぬ工学部に誕生しているが、一方では電子取引と数式の得意な物理学者が考えだした「ねずみ講」もどきの投資行動が、金融危機を引き起こした。もしかしたら核兵器よりも人類に深刻な影響を及ぼしかねない。

[1] James Owen Weatherall, The Physics of Wall Street: A Brief History of Predicting the Unpredictable, Houghton Mifflin Hardcourt


 Weatherall以外にも統計学者や地球物理学者などまでが金融工学という名の錬金術に没頭した。学問の創世記は常に新しい領域(パラダイム)を切り開く知的探究心によってドライブされて来た。それは事実なのだが物理学者が取り返しのつかない過ちを犯した歴史も数多い。例えば核反応を兵器に使うという狂気は知的好奇心では説明がつかない。第一、愛国精神といってもプロフェッショナルな自国の兵士を救い、敵国とはいえ何も知らないで日常生活を送っていた民間人の大量殺戮が許されるはずもない。

 経験したことのない社会に与えるインパクト(Balck Swan [2])と同じように、統計上の特異点を表現する言葉がDragon King [3]である。もともとの意味は中国の大洋の支配者で起源はその名の通り竜である。ではDragon Kingとは何だろうか。下の図がDragon Kingの例で冪乗則から大きくはずれた特異点はたしかにDragonのようにみえる。

[2] N.N. Taleb, The Black Swan: The Impact of the Highly Improvable, Random House (2007).

[3] Didier Sornette, Dragon-Kings, Balck Swans and the Prediction of Crises, arxiv.org/pdf/0907.4290v1


Dragon kings

 統計学では様々な現象を冪乗則で記述する。これまで冪乗則は確かに金融統計や自然災害統計を含む様々な現象に適用され成功を収めて来た。Dragon KingはDidier Sornetteが初めて紹介した冪乗則では取り扱えない特異点を表現する言葉である。彼によると従来の統計学では扱うことが困難な特異点が重大なな影響を与える場合があるという。現在、我々が置かれている金融危機は過去の歴史に照らし合わせて100年に一度の危機、などと呼ばれることがあある。Sornetteはそのような特異点を予測することも可能だとしている。誰しも金融危機は人間の欲望のつくりだした結果であって、欲望を数式で記述することは出来ないと考えるだろう。しかし何らかのトリガー入力とそのレスポンスが他を巻き込んで連鎖を引き起こし、その結果がさらにフイードバックされて全体に影響を与える、という複雑系の数式的記述は不可能ではないかも知れない。

 

 似たような議論は"Tipping point" [4]にもある。Malcolm GladwellはBlack Swan同様に例外的な事象が爆発的に周囲を巻き込んでさらに大きくなり社会を変革する潮流にもなりえることを説明するのに"Tipping point"という表現を用いた。確かに過去のデータからの類推では説明できないフイーバー的社会現象は多々ある。

[4] Malcolm Gladwell, The Tipping Point, Little Brown, 2000 (ISBN-0-316-34662-4)

Dragon Kingに話をもどすと巨大な災害などのカタストロフイは相互作用の影響が及ぶ範囲が複数存在する複雑系においてひとつひとつのイベントではなく相互作用で結びついた集団の現象として自己組織化によって引き起こされると解釈する。相転移現象は集団的な現象で大きな変化は内在する力が協力的に働く結果である。ノーベル賞に輝くPhillip Andersonは強い相関を持つ電子集団の生み出す新しい性質を、"More is different" [5]と表現した。個ではあり得ない事象が起こりえる集団的振る舞いにDragon KIngやBlack Swanとの共通性がみえないだろうか。固体中の電子と社会という場に存在する人間、これらは異質なものではあるが、複雑系としてみなせばその振る舞いが説明できるかもしれない。

[5] P.W. Anderson, Science 4 August 1972, 393-396.


 金融危機はすでに起こっている事象で、過去の因子を分析すれば理解できないことではないとする意見もある。しかし、まさにその金融危機に一部の理系研究者が加担したのだ。物理と金融、工学と経済の区別ができない人間に金融を扱うことはできないのではないだろうか。皮肉なことにWeatherallの会社はルネッサンステクノロジーズという。人間の精神的な開放を意味するルネッサンスが人類に不幸をもたらしてしまったのだ。Dragon KIngで金融危機の行き先が予想できるのであれば、いますぐそれを知りたい。しかし未来を知ったらそれを避けようとするので、個の行動が集団全体に広がれば最初の未来と異なるだろう。そこまでが折り込みずみの未来をDragon Kingで予測することもできるかも知れない。経済危機は人間の欲望がもたらすものである以上、ひとりひとりがトリックを見破り賢く振る舞うことが必要だ。




 

 

 

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