J-PARC事故後の取組に関する住民への説明

 J-PARCの加速器の放射線漏えい事故により地域住民はもとより国民の多くが、加速器科学に懐疑と批判の目を向けている。住民説明会においてこのことを示す質問が突き付けられた。ここで住民、というのを国民、に置き換えてみる方がわかりやすい。昼夜を問わず敷地内にこもって何をしているのか、そしてそれらは何になるのか。もっともであろう。

住民質問:

 「科学者の社会的責任、倫理観」のあり方といったものについて、どのようにお考えなのか、もう少しわかるようにご説明いただけないでしょうか。

回答:
 科学の営みは、たとえどんな基礎研究であったとしても、究極的には社会への貢献を願って行われています。J-PARCで行っているような基礎研究も、いずれ応用研究に発展し、医療問題や食糧問題、エネルギー問題の解決につながり、国民の皆さま一人一人の幸せに繋がるように、というのが、全てのJ-PARCセンターの研究者の願いです。
しかし、専門的な研究活動に専念する結果、個々の研究者の視野が狭くなって、科学活動が社会に対してどのような影響を及ぼすのかといった思い、特に研究活動の実施においての安全意が欠如しがちであったことは否めません。そのことこそが今回の事故における一連の不適切な対応を招いてしまった原因のひとつと考えております。有識者会議の答申書においても「職員の顔が見える活動などを活発にしてお互いの理解を深め信頼感を自然に育成できるように努力する」よう求められており、こうした活動を通して、社会における科学のあり方、科学活動が社会に及ぼす影響、そして科学者の社会的責任を個々の研究者が日々しっかりと自覚し、倫理観を育んで、研究活動に臨んでいくように努めて参ります

以上、KEKウエブより転載(http://www.kek.jp/ja/NewsRoom/2013AccidentAtJPARC/)

 インターロックが何重にもかけられ、放射線に習熟した研究者が運転する加速器は安全だという神話が崩れたJPARCの事故は加速器科学者全員に衝撃を与えたばかりでなく、とうとう社会的責任にまで批判が及んだ。確かに一理ある。膨大な加速器の建設にかかる経費は国民の税金で拠出されるのに、当事者に社会的責任の認識がないということになれば、追求されても仕方がない。しかし機械を運転し最終決断を下すのは人間なのだから、ある一瞬の油断や想定しない事象のために予想しない結果(事故)を決して起こさない、というのも無理である。もちろん普段から慎重な運転と集中力、注意力を養う必要があろうが、筆者の理解では大事故はほとつの要素が原因で起こるのではなく、一連の不適切な対応が連鎖して起こるのである。J-PARCの件についても報告書を読む限り一連の不幸な判断が重なった結果といえる。KEKのエリアモニターは優秀だ。上海でも、またHefeiの施設でも動いていて重宝されている。エリアモニターが警告を発した時点で深刻な問題と受け止めるべきだ。加速器をまずシャットダウンして原因を調査するのが普通だろう。エリアモニターが加速器を停止しても下がらない場合は、エリアモニターの故障か漏えい事故のいずれかだ。もし故障ならバックアップもしくは携帯モニターに切り替える。それでも放射線レベルが高い場合は残念ながら漏えいとみて、決めてあった手順で現場をそのままに離れるしかない。

 実験を中断したくない、立ち上げには時間がかかるし、ビームをきりたくない、という気持ちはわからないではない。しかし状況判断ミス(ヒューマンエラー)は起きてしまった。

ヒューマンエラーを徹底的に除くことが必要だ。

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