核拡散とNPTの歴史(第五回、最終回):保障措置の歴史と将来

核拡散とNPTの歴史のタイトルで、第二次大戦の頃からの核兵器開発の歴史(*1)、IAEAの設立(*2)、非核兵器国での原子力活動(*3)、NPTの成立と再検討会議(*4)について記述してきた。1940年代にマンハッタン計画として始まった核兵器開発が短期のうちに目的を遂げ、瞬く間に、ソ連(1949年)、イギリス(1952年)が核兵器国となり、フランス(1960年)、中国(1964年)が核実験を行い、国連安保理で拒否権を持つ5大国が核兵器国となるに至った。皮肉な見方をすれば、これにより5大国に核兵器保有を限定するというNPTの枠組みが整い、NPT草案の交渉が進み、国連での推奨決議(1968年6月)が採択に至ったといえよう。

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ウイーン発:シリアからの難民

今年のウイーンの夏は記録的な暑さで、8月から9月初めまで最高気温が30度を上回る日が続いていました。言い訳ではないですが、あまりの暑さで、冷房のない我が家で原稿を書く気にもならず漫然と過ごしてしまいました。Hiroyukiさんの難民の記事に刺激され、ウイーンの近況を報告してみたいと思います。

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E3/EU+3とイラン:包括的共同行動計画 で合意(2015年7月15日)

歴史的合意

放射線ホライゾンで ウィーン便りを書き始めてから2年が経ち、2013年11月からは時に応じてイランの核交渉を取り上げてきた。2013年8月にロハニ大統領が就任し、柔軟な外交政策に変わり、2013年11月に包括的共同行動計画 (JCPOA, Joint Comprehensive Plan of Action) が合意され、それに基き、IAEA の査察、検認、監視活動が進められてきた。JCPOAの実施により、ウラン濃縮、重水炉をはじめとするイランの核開発の進行にブレーキがかかり、その規模も縮小されてきた。こうしたイランの対応が国際社会で一定の評価を受けてきたことを反映したのであろうか、先日2015年7月14日にE3/EU+3 (英、仏、独, EU, 米、露、中)とイランの間で、新たなJCOPA が合意され、制裁措置の軽減、終了に向けての道筋が示された。安保理の制裁を合理的な道筋に沿って、各国の長い協議を経て、制裁解除に至ることになるので歴史的合意といえよう。

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イランとP5+1の核交渉

実のところは?

昨年にはEU3+3とイランの交渉と呼ばれていたが、アシュトン氏の退任後P5+1に戻ったようである。このところ注目度の低くなりがちなイラン情勢であるが、2006年7月の最初の国連安全保障理事会決議(1696)から9年が経過している。正直出口が見えてこないというのが実感である。先月末から外務大臣級の折衝がウイーンで進められており、イラン外務大臣のザリフ氏が段階的な制裁措置の解除に同意すると発言したとの報道もあるが実のところは不明である。

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米韓原子力協力協定の改定(2015年4月22日)

米韓原子力協力協定の改定

報道によれば、米国と韓国は2015年4月22日、米韓原子力協力協定(Agreement for Cooperation between Government of the United States of America and the Government of Republic of Korea concerning Civil Use of Atomic Energy)の全面的改定に合意した。米韓協定は1956年2月に署名され、1972年と1974年に改訂され、現行の協定は2014年3月で終了するものであったが、2010年10月に開始された改訂のための交渉が長引き、米韓が2年間(2016年3月まで)の延長に合意し、現在も継続している。延長期間内に米韓の議会の承認を受ける必要がある。

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Iran P5+1の暫定合意(2015年4月2日):6月末までに検認技術確立を目指す

たった今(ウイーン時間2015年4月2日21時)、オバマ大統領のイラン交渉についての演説をCNNで見た。非常に興味深いので短いコメントを投稿する。演説自体は早晩報道されるであろうが、私の印象は以下のとおりである。

大統領はCore Objectiveという表現で、交渉合意(deal)の目的がイランの核兵器開発を平和的に終わらせることとしている。

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核拡散とNPTの歴史(第四回):核不拡散条約(NPT)と再検討会議

今年は5年ごとに開かれるNPT再検討会議(NPT Review Conference、運用検討会議)の年に当たり、4月27日から国連本部で開かれる。これからNPTと再検討会議が話題にのぼることも多いと思うので、NPTの成立と、過去の再検討会議を振り返ってみる。

 

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核拡散とNPTの歴史(第三回):原子力技術の広がりと核不拡散

 IAEAが設立された1950年代、世界は東西冷戦の強まる中で、原子力技術は各国に広まっていった。スウェーデン、ノルウェーなどは、独自の原子力開発を進めた。Atoms for peace 演説の後、米国、ソ連は多くの同盟国に原子力技術の供与を開始し、同盟関係の強化に努めた。また、マンハッタン計画に参加したカナダは、第二次大戦終了とともに天然ウランを燃料とする独自の発電用重水炉(CANDU) を開発し、インド、パキスタンなどへ輸出した。インドの原爆実験、パキスタンのNPTへの不参加などにより1970年代初めまでに協力を停止、縮小した。この記事ではいくつかの国の1950年代から1970年代にいたる原子力の状況を紹介し、原子力技術の広範な国への広がりが核不拡散条約(NPT)の交渉、原子力技術移転、IAEAの保障措置のどのような影響を及ぼしたのかを見ていく。

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