羽田空港の現在・過去・未来〜持続性のある将来計画へ向けて

 地理的な制限を考慮しつつその時代の先端土木技術を投入しながら拡張を続けてきた羽田空港の歴史はそのまま日本の高度成長の歴史でもある。羽田空港は穴守神社周囲に広がる干潟を利用し1931年に空港として利用が始まった。その後、1929年に日本航空株式会社の前身である日本航空輸送が運航を開始する。1938年頃に空港が拡張されたが、滑走路は1本(34L-16R、A滑走路)で、1946年にB滑走路と呼ばれる04-22が完成し、1947年に滑走路2本体制で国際線が就航する。

 

日本の玄関羽田空港~高度成長とともに

羽田空港周辺では肥沃な干潟を利用した海苔養殖や漁業がおこなわれていたが、空港ができたことで水質が悪化、1962年に海苔養殖が出来なくなり、羽田漁業組合も漁業権を放棄した。1963年にターミナルビルが増築され、1964年にC滑走路と呼ばれている34R-16Lが完成し、3本滑走路体制となった。A滑走路の平行滑走路が完成すると同時に、東京モノレールが開業した。

この時期に海外への渡航が自由化されたが、大卒初任給が1万円弱の時代で羽田―サンフランシスコ間が30万円と非常に高価であり、今のように簡単に海外旅行というわけにはいかなかった。また、為替も1ドル360円の固定であった。1953年には全日本空輸株式会社の前身である日本ヘリコプター輸送株式会社が定期航空輸送事業の免許を取得し、羽田―大阪間の定期便を就航させた。

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Source: Wiki

下の写真手前のメガフロートのようにみえるのがD滑走路。

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Source: Kajiima 

新技術が投入された意欲的なD滑走路

1978年に成田空港が羽田空港の混雑緩和の目的で開港し、成田空港は国際線、羽田空港が国内線と区別し運用され今日に至っている。羽田空港も国内の航空会社が2社から大幅に増えたことで、2010年にD滑走路という05-23滑走路が作られた。この滑走路は一見フロートのように見えるが実は桟橋と人口島のハイブリッド工法でできている。埋め立てて滑走路を建設する場合、多摩川の河川の流れを遮って、水質環境が悪化することや水害が発生すること(注1)を考慮し、現在の高床式の滑走路で、ジャケット工法という最新技術が取り入れられて建設された。なお近年特に東京湾の水質が改善されたのは、東京湾に流れ込む河川の水質が向上したことによるためである。

(注1)それまでにも、多摩川は氾濫・洪水を引き起こした過去がある。

D滑走路を整備したことで、東京湾の水産資源・生態系の変化が出たことは報告されていないので現状では最適な工法だったのかもしれない。ただし、ターミナルビルから離れているため、滑走路に出るまでに10分ほどかかり、A~C滑走路より数10メートル高い位置に作られているためタキシーイングに燃料を余分に使うことや、(離陸専用であれば問題ないが、)離発着共用で使うには、他の滑走路と高度が異なることのは安全面で問題となる。

 

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5番目の滑走路計画

羽田空港に5番目の滑走路を造る計画があり、候補としてはC滑走路沖にE滑走路をつくる案が有力視されている。しかしE滑走路はターミナルから離れた位置になるため、滑走路―ターミナル間の移動に時間がかる。またC滑走路沖に作る場合はC滑走路を横断する必要があるので、安全面に注意が必要になる。川崎の浮島に増設し、国際線専用滑走路とすると良い様にも思えるが、浮島には高速道路、高速道路を地下に移すとしても近隣には横浜ベイブリッジがあるため離発着が困難となる。

京浜島、城南島では2500m以上の滑走路は作れないことから、C滑走路沖が最有力候補になっている。しかし34-16の平行滑走路として作るのであれば、出発便・到着便専用として最終的には2本作ることが望ましい(注2)。東京湾の海底はかなり地形が入り組んでいて、大型船舶が通れる水深が確保できる航路は限られていることや、東京湾の水産資源が劇的に改善されてきているため、船舶の航路を脅かさず、水質を悪化させないなどの課題を解決しながら拡張していかなければならない。

(注2)C滑走路と並行する場合、同時離発着を可能にするためには2本の距離が離れたオープンパラレル方式が理想であるが、設置場所の制限から困難である場合、離発着枠の拡大に不利なクロースパラレル方式となる。E滑走路がオープンパラレル方式になる場合、D滑走路と相関が生じる問題があるので、将来はこの地区にF滑走路を追加し3本の滑走路で離発着能力を高めるのが現実的と考えられる。

 

変化する空港のあり方

韓国の仁川国際空港などの巨大空港がアジアのハブ空港として機能すると期待されていた頃、成田や羽田空港はハブ空港として機能させるだけの拡張性に乏しかった。しかし大型機の大量輸送(注3)に依存したハブ方式から、中型機による直交便方式に変わりつつある中でハブ空港の果たすべき役割も変化しつつある。ハブ空港で国内線に乗り換えるのでなく大都市の専用空港が増え、採算性の良い中型機による直行便が充実すると、次第にハブ空港の意義が薄れていった。オープンスカイと呼ばれる航空協定の自由化も大きく影響し、国際線の発着枠が拡大し羽田空港の位置付けが変わりつつある。

(注3)ボーイングの747、エアバスのA-380のように350席以上の大型機の需要はハブ空港と組み合わせて効果がある。A-350、787のような中型機が国際線に投入されると採算性が良いため、エアライン各社は大都市の近郊飛行場を直行便で結ぶ方向にシフトしていった。A-380は生産終了、747も生産が縮小されることになった。

2020年のオリンピックでは東京の玄関口として、滑走路や交通機関の機能強化が求められるが、今までのように埋め立てて広げるという方法では羽田の立地を考えると限界に来ている。今回E滑走路を造るのであれば、少なくともF滑走路を造るまでの拡張性を考えて設計を考えるべきであろう。

成田空港にも滑走路を増設する計画があるようだが、成田空港も機能的に作られた空港とはいえない。土地の取得など困難なこともあるので、拡張するにはかなりの制限があるだろうが、安全に離発着できる国際空港にするためには、将来の拡張性を考えた設計を考えるべき時期が来ている。

 

 

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