ガンとは何かーその研究展開の歴史

 放射線被曝により起こる確率的事象としては,遺伝的影響とガンの発生確率の増大と言われます。ガンの発生確率が増大するのも,遺伝的変異によるもと環境因子が大きく関わっています。これらを整理するために,まずガンとは何かを考えてみたいと思います。このテーマの執筆にはずっと呻吟してきました。多くの情報が溢れる中で,本物の情報をきちんとえぐり出して伝えていくことがこのコラムの目的ですが,これはそんなに易しいことではありません。今回の議論は主に,最近学士會会報に執筆された野田哲生(癌研究会代表理事)の著作を紹介する内容になります。あらかじめお断りしたいと思います。なお,がん,癌,悪性腫瘍はほぼ同義で使えますが,正確には異なるそうです(Wikipedia)。がんを用いるのが,最も広義に使えますが,平仮名は間違えやすいので,この小文では,片仮名のガンを用いることにしました。

 

1. ガンとは何か
 ガンとは,遺伝子変異によって自律的で制御されない増殖を行うようになった細胞集団(腫瘍、良性腫瘍と悪性腫瘍)の中で,周囲の組織に浸潤し、また転移を起こす腫瘍と定義されています(Wikipedia)。ここでいう遺伝子変異には,(1) ちぎれた二つの遺伝子が一つにつながる染色体転座,(2) 遺伝子が本来の本数以上に増える遺伝子増幅,(3) 点突然変異,の3種類があります。

 昔,臨床病理の教授に,ガンとは何ですか, という質問をしたことがあります。答えは明快で, 「病理学者がガンと診断するもの」,でした。勿論ガンに罹患すると腫瘍化します。通常その大きさが 1mm ぐらいになるとき,ガンといいます。しかし腫瘍にも悪性とそうでないものがありますから,通常生検などで異常増殖をするかどうかを判別します。その他,ガンに罹患した組織の,細胞がポロポロ剥離する様子を顕微鏡下で観察することができます。あるいは最近では遺伝子診断で決定されます。で,つまるところ,それらの総合的判断を下す病理学者の診断が臨床では重要なわけです。

 上の質問を病理学教授に発したとき,僕は1個の細胞レベルでガン診断ができないかを考えていました。そのときの答えは,増殖細胞かそうでないかを見分けることは可能でありうるが,異常増殖か正常増殖かを細胞1個レベルで見分けることができるアイデアがない,というものでした。

 最近,ガン化する初期過程の研究が大きく進んできました。次回には,その紹介をしたいと思っていますが,まずその前にガンとはどのようにして発生するのかについて,野田博士の論文内容を紹介したいと思います。

 

2.ガン研究の歴史
(1) ガンは外部因子によって起こる
 がん研究の黎明期の素晴らしい研究は、1915年に発表された山際博士の「化学発がん説」でした。ご存知も方も多いと思いますが、ウサギの耳にタールを塗り続けて、扁平上皮がんを発生させたものです。
同じ頃(1911年),ラウス博士が,ニワトリの腫瘍から採取した抽出濾過液を健康なニワトリに注射することで,全く同じ腫瘍を発生させ,「ガンウイルス説」を唱えました。これは, 1976 年に日高博士が,ヒトT細胞白血病を引き起こすガンウイルスを発見することにより,確定しました。同時にこれらのガンウイルスの中には,細胞をガン化に導く「ガン遺伝子」が存在することも判明しました。

(2) ガン遺伝子は,ヒトの正常細胞の中に存在する
 その後,ガン研究は驚くべき展開をしていきます。まず,ヴァーマス博士,ビショップ博士,花房博士らによって,「ガン遺伝子は,ヒトや動物の正常細胞の中に元々存在していた」ことが明らかになりました。すなわち,「元はガン遺伝子を持たなかったウイルスが,正常な細胞内のガン遺伝子を取り込んで,ガンウイルスになった」ことが判明したのです。

(3) ヒトは,ガンウイルスに感染しなくても,発ガンする
 1980 年代に,ウインバーグ博士,ウイグラー博士らは,「ガン遺伝子は,何らかの変異によって活性化すると発ガンする」こと,さらに「ガン抑制遺伝子というものが存在し,それが不活性化しても発ガンする」ことを立証しました。このように,「ガンの根本原因は,正常な体内に元から存在している」が確立したわけです。

(4) 化学療法はガンとの不断の戦いの歴史である
 野田論文によると,最初に開発された抗がん剤は、毒ガスによる白血球の減少をヒントにして、「増殖細胞を殺す」ことを目的に開発されました。これは、正常細胞の増殖作用も抑えるもので、それだけ脱毛,下痢などの副作用も避けられなかったということです。
21世紀になると,ガン遺伝子が活性化して生み出される異常な蛋白質(ガン遺伝子産物)を分子標的とした新薬が開発されてきました。この分子標的薬には抗体医薬と低分子化合物があります。これらの一つの問題点は,ガン遺伝子が突然変異によって薬剤耐性を持つことです。最初は効いてもそのうちに効かなくなる薬を前に,新薬開発とガン再発とのいたちごっこが起きているわけです。

(5) ガンの幹細胞と再発
 他の正常細胞の場合と同じように,ガンにも幹細胞があることが分かってきました。ガン幹細胞は普段は,普段はほとんど増殖しないと考えられています。ところが,ひとたびこのガン幹細胞が分裂して,ガン細胞が生まれると急速に増殖します。従来の抗がん剤は増殖する細胞にしか効かないので,ほとんど増殖しないガン幹細胞には効かなかったと考えられます。そのため,ガン幹細胞は治療後も残存し,ガン細胞を再び生み出し,再発や転移を起こすと考えられています。

 九州大学の中山先生の研究チームは,静止期に留まっているガン幹細胞を意図的に増殖期に移行できれば,抗がん剤が効くはずだと考え,細胞周期を調節する蛋白質 Fbxw7 (下図)を発見しました。慢性骨髄性白血病を発症させたマウスから人工的にこの Fbxw7 を欠損させたところ,静止期にあった白血病のガン細胞が静止期から追い出されて,増殖を開始しました。このマウスに抗がん剤のグリベックを投与したところ,がん細胞だけでなく,ガン幹細胞も死滅しました。このように今後はガン幹細胞とガン細胞を共に根絶する治療薬を開発することが求められるようになっています。

 

Protein FBXW7 PDB 2ovp copy

 

3、ガンの予防と撲滅に向けて
 以上、見てきたようにガンは (1) ウイルスなどへの感染など外部要因によって起こるもの、(2) 遺伝要因によって発症するもの、そして (3) 遺伝的要因と環境要因の相互作用で発症するもの、があります。 このコラムで扱っている放射線の初癌作用への影響は, この分類で言えば、(3) になりますが、次回以降はこの問題にしぼり、放射線等の外部要因により、ガンがどのように発生・成長していくかについて触れていきたいと思います。

参考文献
1.野田哲生 (2014) 次世代のがん研究・がん医療とは、学士會会報,908、6-17.

 

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