放射線と甲状腺癌

 このテーマでコラムを書こうと思い立ってから既に1ヶ月になります。書く内容はほとんど決まっているのに中々筆が進みませんでした。主な理由は,このテーマで書くべき内容はそんなに新しいことは言えないし,これから示すデータや論旨の根拠は,きっと皆さんが知っていることが多いにも関わらず,意見が収束しないーその理由も分かっているからです。それでも最も重要なテーマの一つですから,冗長を厭わず書いてみたいと思います。

 

1. 甲状腺癌と放射線の被曝量の関係

・ヒロシマ・ナガサキのデータから,甲状腺癌は放射線の被曝量が多くなるにしたがって発症する確率は増える。
・チェルノブイリの事故のあとの調査の結果,甲状腺癌が被爆後数年経ってから有意に増えた。

 これについては,長崎大の山下教授が,ロシアの研究者などと共に詳しい調査を行い,下図のような結果を示しています。また山下教授は,この論文の中で,成人の甲状腺癌と小児の甲状腺癌とはメカニズムが違うことも報告しています。チェルノブイリの被曝量は,外部被曝だけでなく,I131で汚染された牛乳を飲んだ人々が内部被曝されたことが主因と思われるとされており,この場合累積被曝量が1Gy を超えている可能性も指摘されています。

 

f1

 


 チェルノブイリでは,甲状腺癌が放射線により誘発された癌として,広く認められています。これが福島の原発事故でも起こるのかどうか非常に気にかかるところです。したがってもう少しチェルノブイリ事故について詳しく見てみましょう。

(1) チェルノブイリ事故の後,実際に食べ物の規制が始まったのは,1〜2週間経ってからと言われています。I131 の半減期は8日ですから,この初期の対応がどうであったかが最も重要ですが,実際にどれ程のI131が摂取されたのかが一つの重要な要素となります。

(2) チェルノブイリ事故では,下図に示すように事故後4,5 年経ってから小児甲状腺癌の報告が増えてきました。大人の甲状腺癌は初期の原因因子が始まってから10年近くかかると言われていますから,それよりは早い発病になりますが,前記のように小児の甲状腺癌は発病までの時間が短いと言われていますから,この 4, 5 年は原因となる因子を特定するときの重要な手がかりになると思われます。ただしチェルノブイリでは,少なくとも事故の前までは,甲状腺癌の発生について特に注意を払っていたわけではないので,一斉検査をすることにより患者を発見するという「スクリーニング効果」が考えられます。

 

f2

 

 実際, 近藤宗平氏は,アメリカで甲状腺結節のスクリーニングをしたところ,検診実施前の発病率の21倍になったという例をあげています。その点では,上図にあるように検診を始めて甲状腺癌に罹った小児が増加し,I131の影響がなくなった頃に減少するというデータがでれば,最も信頼できることになるでしょう。

(3) 甲状腺癌が前期のように被曝によって増えたとして,発病率はどれくらいでしょうか?

 資料によれば,10万人あたり大体10人前後とあります。しかしこの数値はどのレベルまでを癌とみなしてカウントするかの基準によって大きく異なってくる可能性があります。実際前記のアメリカの例では甲状腺結節のできる割合が,5年間で 10万人あたり70人(年間14人/10万人)ということになると報告されています。これはゴメリやベラルーシより高いことになります。より精密に検査し,早期発見をめざせば当然その割合が一見高くなる可能性があるということです。

2.福島では
 震災直後から継続して行われている福島県民健康管理調査で、「原発事故が起きた当時18歳以下だった子ども36万人を対象に甲状腺の超音波診断が行われています。事故から3年目となる今年の3月末までに、対象となる子どものうち約29万人が受診。2次検査で穿刺細胞診を受けた子どものうち90人が悪性または悪性疑いと診断され、51人が摘出手術を実施。50人が甲状腺がんと確定している」と報告されています。

 すなわちこの3年間の平均を取ると10万人あたり毎年31人の甲状腺癌患者が発生していることになります。これは上に挙げたチェルノブイリよりさらに高い確率で発症していることになります。ただし既に上に述べたようにこの数字がチェルノブイリの例と比較できるものかどうかは判りません。

 数年後,生まれたときには I131 がほとんど無視できる状態になってから生まれてくる子供たちがどのような値を示すかが判ると,もう少し様子もはっきりするかもしれません。被曝量について言えば,福島の子どもたちの被曝量は外部被曝では県全体では、99.8%が5mSv未満、99.9%以上が10mSv未満であったこと(平成25年12月31日時点),内部被曝は,福島県が実施しているホールボディカウンター(WBC)検査による内部被ばく検査については、これまでに約17万9千人が検査を受け、約99.9%以上の方は1mSv未満と相当低い結果が得られています(平成26年1月31日時点)。

 これらの結果は,チェルノブイリの結果(甲状腺癌が I131 の被曝によって発症する)をもってしても上にあげた福島の甲状腺癌・結節の発症率を説明するものではなく,検査方法の違いが主な原因であることを示唆しているものと思われます。ただことは子どもたちの健康に関わる問題であるだけに,慎重に推移を見守る必要があると思われます。

3. 低線量被曝によって少ない確率でも甲状腺癌の発症が考えられるか?
 現在,世界の放射線制御の基本は,癌の発症率,遺伝子異常の発生率ともに被曝量に比例する---ちょっとでも放射線を浴びればそれだけ癌を発症する確率は高くなる、というものです。しかし前回まで動物実験の結果や,世界の高線量地域の例で示したように,おそらくある被曝量に達するまでは,放射線に依存した癌の発生は起こらないと考えられます。これについても福島での追跡調査は貴重な資料を提供してくれると思います。個人的な意見を言えば,筆者は小児甲状腺癌については有意な結果は出ないだろうと思います。そのためにも今福島で丁寧な健康調査を継続して行い,その知見を人類の共有財産にしていくことが重要だと思っています。

 

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コメント  

 
# Koshi 2014年06月23日 10:16
ドイツエルベ川の原子力施設(2カ所)周辺では統計で説明できない小児白血病が観測されています。放射性廃棄物による被爆と考えられていますが決着はついていません。科学的に解明するには時間がかかりますが子供たちはその間に死んでいきます。根拠がなくても安全を考えて対策は先行すべきでしょう。

原子力発電所周辺で小児白血病が高率で発症
―ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告―
www.cnic.jp/modules/smartsection/print.php?itemid=122
 
 
# toshiさん 2014年06月24日 20:37
統計では説明できないが、被ばくの影響、ですか。

アメリカでは、天動説を否定するキリスト教信者がいます。科学の力では、信仰を、どうすることもできません。残念ですが、科学は、信仰には、全く、太刀打ちできません。
 
 
# toshiさん 2014年06月24日 20:39
失礼。天動説を信じて疑わない、 の間違いです。」
 
 
# 推理小説家 2014年06月25日 15:43
統計が意味を持つためには色々な前提があります。

それはさておき、異常な発生があって周囲に汚染された(状況)証拠がある。

政府は隠匿に走る。

疑わしきは罰せずか、調査を徹底するか。

後者を選ぶべきではないでしょうか。
 
 
# toshiさん 2014年06月26日 01:27
調査を徹底ですか?

放射線生物学研究で分かっていることは信じない。
だから無限に研究を行っても、影響がない、と言う結果しか出ない。
だけど、それは、「不都合な事実を『隠ぺい』しているから」

影響がある、と嘘の供述をするまで、取り調べをやめない。

徹底、とは、そういう意味ですよね?
 
 
# 推理小説家 2014年07月04日 15:50
いや、

某福島医大の先生のように学会員にメールでスクリーニングをしないように要求する、のでなく広くデータを集めて公開する

という意味です。

もちろん一定の基準に沿ってのことですが、チェルノブイリのスクリーニングの粗っぽさ、日本のようにスクリーニングの妨害、は論外でしょうね。
 
 
# toshiさん 2014年07月06日 09:05
スクリーニングを
誰が、「妨害」しているのですか?
無知で知らないので、紹介してください。

何事も金がかかるので
税金(=あなたのお金)を投入しないと実施しがたい

年金財政の改善のための消費税の5%から8%への引き上げにする強硬に反対する国民がいて、税収が限られていて、しなくてはいけないことが山積みの中で

全くの無駄であることが分かり切っている事業に、血税を使うな!と
私が責任者なら命じますがーー。
 
 
# USB女子 2014年06月21日 08:53
よくわかりました。

ここでひとつの疑問は、生体への放射線照射効果(農作物の品種改良)ではmutationと照射量の関係が確立されているのだと思います。

こちらから類推して低線量被曝の問題に迫る事はできないのでしょうか。
 
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