新しい科学技術の評価〜経済効果(英国科学技術施設協議会の場合)

科学技術を論文のインパクトファクター(IF)の総計で評価するのは過去の時代になりつつある。社会が科学技術に対して要求するのは様々な問題を含むインパクトファクターではなく、実際に社会への貢献度を評価する経済効果(Economic Impact)に変わりつつあるからだ。筆者はアカデミズムの世界に魅力を感じて育ったので、経済効果で研究開発を評価するということはピンとこないのだが、現実にはEIで研究予算が決まりプロジェクトの成果が評価されている。

 

このことはアカデミズムの位置付けを根本的に変える影響力を持つかもしれないが事実、そうした評価の基準が今まさに起こっていることなのである。純粋科学といえども予算は国民の納める税金であり納税者たちは科学技術の進展に何らかの期待を抱いている。科学技術の進歩に驚きつつも現実的な生活への見返りを期待しても不思議はないのかもしれない。

一昔前に様々なインパクトファクターの問題が指摘された。一部の高IF誌に高い確率で捏造や誤りがあることも明らかになった。一握りの商業誌にスポットが当たることが多い。多額の投稿料と広告収入で利益を上げる商業誌の営業的成功の反面でアカデミズムを背負う学会が刊行する学術誌は投稿料からの収入が少なく広告もないので講読料のみが収入源となり経営は苦しい。

IFが科学技術の評価に使われるのは数値の総計を出すだけで良いという便利さによるのだろうが、IFの決定について基準が曖昧である。ではEIという評価手段はどのようなものなのだろうか。ここでは英国科学技術施設協議会(Science & Technology Facilities Council)の場合を例にして、EIの意味と限界を考える。

 

経済効果(Economic Impact)

英国科学技術施設協議会は英国政府の7つの研究協議会の一つで2008年から2011年の4年間で予算18億ポンド(日本円にして約3,096億円)の基礎科学と応用研究が含まれる欧州最大の学祭的研究統括組織である。研究施設を運用し予算を配分、国際的な研究支援を素粒子物理、天文、核物理の3分野を中心に活動している。

経済効果(Economic Impact)の定義は「その活動によって得られる消費者の福祉、企業利益もしくは政府の収入」である。EIは福祉の向上、低価格、収支など数値化が容易なものから環境への影響、国民の健康や生活の質など数値化が困難なものまで広範囲にわたる。

研究開発から得られるEIは①熟練技術者を要請して雇用市場に貢献すること、②既存の事業を改善すること、③公的サービスの向上、④国際企業に研究開発の重要性を認知させること、そして⑤新規事業の創生である。

放射光を例にEIを考えてみることにする。放射光は加速器のエネルギーを食い尽くす厄介者であったが、赤外からγ線に至る広範囲なエネルギーの光源として注目されるようになり、今や物質科学から蛋白構造解析に至る分野で原子レベルの構造と電子状態を調べる施設として、世界中に50か所以上稼働している加速器である。

 

SRSの場合

英国ではダレズベリー研究所にSRSという第2世代の光源があったが、28年間稼働したのちに2008年に停止して現在は第3世代の光源であるDiamondに引き継がれている。28年間に4億7000万ポンド(日本円にして約800億円)がつぎ込まれたSRSのEIが評価されることとなった。(英国の納税者は政府予算の使い道について厳しい)

SRSのインパクトは①放射光コミュニテイの科学論文の価値、②それらがもたらす経済効果(雇用)、③科学の公衆的理解(Public Understanding of Science)、④開発された技術の起業などに分かれる。

28年間のマシンタイムは200万時間。多数のビームラインで同時に実験が行われる。稼働が年間5000時間で28年間のマシンタイム積算は14万時間なので、この数値はビームラインごとの総計。

この期間に発表された論文数は5000、高IF論文は年間平均10報、サイテーション数80,000。蛋白構造決定数は1200、うち一件はノーベル賞授与。2008年に稼働している世界の70か所の放射光施設の半数以上がSRSスタッフと何らかの関係を持っている。

経済効果については25か国から11,000ユーザーが施設を使用。4,000名の博士課程大学院生と2,000人のポスドクが研究に参加。一般及び教育関係者の見学者は6,000人。年間を通じて230名を職員として雇用。

 

特筆すべき雇用創出として研究所の開発した技術で6名のスピンアウト。特許25件、ライセンス11件で年間収入100万ポンド(日本円にして約1億7000万円)。高速検出器用の計数システムを扱うQuantum Detectorsは世界の放射光施設で使用され競合がないメーカーである。また2結晶分光器はVacuum Generatorから市販されている。

SRSは医療、薬剤開発などの分野で英国企業の売り上げ3億ポンドに直接的な寄与をしている。X線3Dイメージング分野では手荷物検査装置など非破壊検査のメーカーCXR Ltd、RF電源のe2VはSRSの開発した技術を製品化したメーカーでe2VはRF電源の分野で30年にわたり2億51000万ポンドの売り上げの主要企業になった。

 

EIとは何か 

まとめるとSRSの経済効果(EI)は科学論文の影響力、社会への影響、起業、技術開発において英国の科学技術と産業への貢献度が高いと評価できる。筆者がSRSを訪れた際の印象は、実験装置は自作部分が多く(技官が設計を行わない日本のように)企業に委託をせざるを得ない環境と異なり、設計のできるテクニシャン(技官ではない)を職員として雇用し、自作する部分が多いことで無駄を省いた装置作りをしている、ことがわかった。

 

ちなみに高IF雑誌への掲載基準にはアカデミックな基準よりEIが重要視されるので、高IF雑誌は高EIということもできるが、EI基準が全てとするのはいかにも短絡的な風潮のように思える。私見になるが論文のEI(IF)の精度を上げるためには事後評価すなわち一定の時間を経過した後でサイテーションや実用化、他分野への影響など実際の寄与を総計するべきなのかもしれない。誤った結論の論文、覆された定説、捏造が発覚した論文などが消えていくだろう。

日本では大学、研究所に機械設計から製作までできるマシンショップを含むところは希であるが、委託や丸投げに近い設備整備には相当無駄が生じるし、それより問題は技術が会社に残り、研究所に残らない弊害を生じている。実はこのことは半導体産業をはじめ多くの産業にも当てはまる。何れにしてもEIを考えなければならない時が来たことを実感する。

(Role of Research Infrastructures for a Competitive Knowledge Economy" Brussels, 29th June 2009を参考にした。)

 

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