ALSがコヒレントビームラインCOSMICで狙う軟X線サイエンスの飛躍

今回は軟X線(定義はエネルギー範囲を少々拡大していわゆるTender X-ray領域)の最先端のビームラインで何が変わるのか、について書いてみたい。筆者の経験ではTender X-rayの重要性を主張するのはALSの研究者が多いように思う。最近では2-7keVの定義はやや古くなり、どんどん拡張されて2-10kevや2-11keV、あるいは2-14keVにまで拡大した。

 

本題に入る前に触れておきたいことがある。というのも先日、久しぶりに会った友人(放射光の光学系専門家)との会話の中で、筆者が考えてきたことが確認できたからである。上記の定義に従った「軟X線」の光源は必ずしも3GeVである必要はない。実際、アップグレード(ALS-U)によって世界最高輝度の軟X線光源となるのはリングエネルギーは1.9GeV ALSである。

日本の3GeV放射光の大義名分は「(日本が弱いとされる)軟X線光源の増強」にある。しかし軟X線利用を優先すれば3GeV光源が唯一の解ではないことはまぎれもない事実なのである。

 

もちろん放射光の目覚ましい発展が分光学専用リングから散乱・回折利用中心の硬X線リング建設によることも事実だが、コヒレンス利用の実現を目指して両者がエネルギー的に歩み寄り、Tender X-rayを舞台として協調できるような環境になってきた。エミッタンスを下げてコヒレンスを追求する立場が、分光学サイドのエネルギー上限を拡張する方向性と一致したということなのだろう。

 

ALSの最高輝度BLとなったCOSMIC

ALSに話を戻すとこの地区の放射光研究者は加速器と光学系ともに研究層が厚い。専門家を通り越していかにも「放射光オタク」と呼べそうな集団が軟X線分光に最適な施設をつくりあげた結果がALSの1.9GeVリングではないだろうか。そのALSにコヒレンス利用軟X線ビームラインのお手本となるような最新鋭のビームラインCOSMIC(Coherent Scattering and Microscopy)が誕生した。COSMIC(BL7.0.1)は2011年の計画資料に詳しい記述がある。吸収分光はもちろんSTXM、共鳴散乱などの軟X線実験を空間分解能10nmで実現するという大胆な目標に驚かされる。ナノプローブとコヒレンスを連携するというアプローチは現在の流れを予測したものであることは、SIRIUSをはじめ、新世代の放射光の目指すアプローチと重なる。ちなみに7.0.2はMAESTROである。

COSMICはそれぞれ異なる実験専用の2本のブランチビームラインを有している。一つはイメージング(X線顕微鏡)で、他は散乱実験である。ALSビームラインのタイコグラフイCTによるLiイオンバッテリー内のナノスケールでの化学反応3Dマッピング(Yu et al., Nature Comm. 9: 921, 2018)にALS中で最高輝度のCOSMICビームラインの性能の片鱗を見ることができる。

 

mappingnanos copy

Credit: Nature Comm.

 

今回のタイコグラフイCT実験では120nmビームを使って、空間分解能11nmで測定したが、COSMICはビームをさらに50nm径まで絞れる。ALS-Uではnmスケールでの測定がより短い時間スケールで可能になる。ALS-Uの輝度を使い切るためには同時に検出系の改良も必要になる。現在の検出系のデータ処理能力は毎秒400MBでも一日に数TBのデータを扱うことになる。次世代検出系でがその100倍の能力が要求される。

コヒレントX線回折によるタイコグラフイCTでは光源の低エミッタンスが不可欠である。COSMICの成果は先端的軟X線ビームラインの潜在ポテンシャルを証明するとともに、ALS-Uで実現する光源性能の増強による性能向上を見積もるために重要なデータを提供する。逆に言えばALS-Uの予算獲得に必要な根拠が積み上げて予算要求すれば障害はない。

 

COSMICの目指すX線光子相関分光法

COSMICでは他にX線光子相関分光法XPCS(X-ray Photon Correlation Spectroscopy)に注目している。XPCSでは反強磁性体におけるナノスケールのスピン、電荷波をスペックルパターンから直接観測することができる。スペックルパターンは空間的にコヒレントな光が光の波長程度の凹凸を有する物体の表面の各点から散乱されると,散乱波が回折場や像面の各点で重なり合うことによるランダム干渉によって形成される斑点模様で、可視領域ではレーザーを用いて実現している。

 X線領域への応用は古くから試みられてきたが、コヒレントX線光源が不可欠であるため、ALS-Uの実現で実用へ進展が期待される。

 

image004

Credit: researchgate

 

 下図はCOSMICのエンドステーションの3Dイラスト。バークレイ研究所のマシンショップが開発したもの。

COSMIC Scattering ES image

Credit: Berkley Lab.

 

世界最高輝度の軟X線光源はALS-U

ALS-Uの光源性能をもう一度下図で確認しておきたい。Tender X-ray(<10keV)を対象とするならば、世界最強の高輝度光源であることは明らかである。加速器設計から見た3GeVのメリットはあるだろうが、ユーザーサイエンスと経済性を考慮すればALSのような2GeV以下の光源は無視できない存在になりつつある。

 

ALS U coherent flux 450x340 copy

Credit: ALS

 

現にSIRIUSはALSの戦略(低いリングエネルギーとSuperbendによる局所的な硬X線利用)を受け継ぎ、第4世代光源として登場するが、その代表的なコヒレントX線ビームラインCARNAUBA(注1)はCOSMICと同等の30nmスポットを目指した2-14keVのコヒレントナノX線ビームラインである。

(注1)SIRIUSにいる友人がSIRIUSビームラインはそれぞれ、ブラジルの動物の名前がつけられていると教えてくれた。

 

CARNAUBAの計画もまたnmスケール(空間分解能)での2D、3Dイメージングであり、エネルギー走査で30nmスポットが動かないように、レーザー干渉計付きの4結晶分光機を用いる。筆者が聞いたビームライン開発者の話では丁度2結晶部分が完成した状態で、2軸間の位置関係のみをパラメータとしてレーザー干渉計で平行度を保証した4結晶分光器が完成すれば、下図の光学系で完全固定の30nmスポットエネルギー走査が可能になる。

 

Carnauba 1 copy copy

Credit: lnls.cnpem.br

 

軟X線光源への賢い選択とは

結局、軟X線利用とコヒレンスの2項目がユーザーサイエンスの骨子であるならば3GeV以下のエネルギーでも可能であり、リングエネルギーを低めに設定して必要な実験ステーションには超伝導挿入光源や超伝導偏向電磁石で対応し、余ったコストを先端ビームラインの整備に当てるアプローチは賢いのかもしれない。

実際、中国の北京の新6GeV光源BAPSに続くNSRLのHALS計画は2.0GeVと2.4GeV案が比較され、エミッタンスで有利な2.4GeVに決定した。日本のPFは当初2.0GeVで計画がスタートしたが、NSLSに対抗すべく2.5GeVにリングエネルギーが増大させた結果、成功し2.5GeVは世界的にも中型リングとして標準となった。分光学への応用では理にかなった選択であった。この時の決断に見習いユーザーサイエンスに最適な放射光を再考する余地があるように筆者には思えてならない。光源だけでなく検出器や光学系でも大きな変革が起きていることを念頭に置くと方向性が見えてくるのではないだろうか。

 

筆者は スタンフォード(SSRL)滞在中にバークレイ(ALS)と研究態度の差を実感した。SSRLではなんでも可能性のあるアイデアはやってみるという、いわば試行錯誤が許される。突飛なアイデアを出しても否定されることはなく、まずはやってみては、と言われる。筆者は探索的な研究にこれは重要なアプローチだと考えているが、ALSでは考える(理論)と実験が同時進行する。言い換えれば、よくよく考えてから実験するというタイプである。両者とも一長一短なのであるが、後者の立場に立つと3GeVという魔法の呪文を唱える前に、何がやりたいのか、何故そうしたいのか、について徹底的な理解が必要だということになる。

 

久しぶりにあった友人と話をするとこの思いが確信に変わった。

 

 

関連記事

オンデマンド放射光となるALSアップグレード(ALS-U)

実現性が高くなったX線回折限界リング

3GeV光源の期待値とリスク〜放射光の取り組み方に見る米国と日本の違い

2Dカルコゲナイドでトリオン検証に成功したMAESTRO

You have no rights to post comments

スポンサーサイト

Copyright© 2013.   放射線ホライゾン rad-horizon.net   All Rights Reserved.