ポストLHCを目指す加速器たち〜これから何を狙うか、何をすべきか

ハドロンコライダーLHCは世界最大の加速器である。世界最高の先端技術を集めた加速器が欧州にあり、国境を越えて粒子が飛び交う加速器は、いわば欧州統一を目指すEUの象徴であり、科学技術の求心力として働いている。日本の研究所の常識をはるかに越える規模で、LHCの広報・教育が徹底している。大人はもちろんLHCを知らない中高生はいないほどである。

 

確かにLHCはヒッグス粒子発見という大偉業を成し遂げたが、それは国際協力の賜物で欧州だけの施設ではない。先端技術を世界中の素粒子実験コミュニテイが先端技術を持ち寄り、研究参加国の財政規模相応の国費が投じられている。

周長27kmのLHCは、2012年にヒッグスボソンの発見を成し遂げ、13TeVへのエネルギーアップグレード後さらに15年の運転が予定されている。しかし超大型化して建設コストが膨らみ、もはやLHCの次の加速器は国際協力なしの事業として成立しない。ではLHCの次の加速器はSLACのような直線加速器となるのだろうか、それともLHCのような円形加速器になるのだろうか。

 

ポストLHCの加速器たち

LHCのサイエンスや背景にあるヒッグスボソン周辺と素粒子物理の先端については、優れた解説が多いのでここでは詳しく触れないが、LHCの次の加速器がどうなるのか、またそれに日本がどのように関与するのかはILCに関わる研究者の問題ではなくなった。加速器の予算が1兆円を越す規模ともなれば、国費投入の結果としてサイエンス以外に経済効果の説明責任が生じる。周辺に限らず全欧州の先端産業を巻き込んだLHCのインパクトは大きく、LHCは最も成功した加速器だという声も多い。

下に大型施設の建設コストを大雑把に比較した。ILCの当初建設コストは11Bドルすなわち110億ドル〜1.2兆円で、LHCの5000億円を信じれば割高感を持たざるをえない。ちなみに標準的な原子炉のAPR-1000が〜4000億円、6GeV放射光が〜1000億円、3GeV放射光が〜400億円となるので、いかにLHC以降の加速器の建設コストが高いかがわかるだろう。なお公表されているLHC建設コストの5000億円というのは明らかに過小評価だが、ここではあえて公表値を使っている。

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Credit: 放射線ホライゾン

 

ヒッグス粒子の次の課題

長年の夢であったヒッグスボソンの実験的検証で、人々は膨大な加速器の財政負担から解放されたと考えたかもしれない。しかし実際には一つの時代(標準理論)の「終わりの始まり」にすぎないのである。ヒッグスボソン発見以後の高エネルギー実験物理には2つの大きな課題が残されている。①一つはヒッグスボソンの詳細を知ること、②もう一つは宇宙の大部分を占める暗黒物質の正体を明らかにすること、である。ヒッグスボソンの詳細がわかれば、重力の起源を始め多くの謎が解明されるが、LHCの発見はいわば入口に立っただけで、先にある詳細な性質を探る研究は始まったばかりなのである。

暗黒物質が観測できないのは構成している超対称粒子「ニュートラリーノ」と物質の相互作用の弱さのためである。しかし原子核と衝突すれば、質量があるため原子核の運動エネルギーがまわりの物質に移動し無輻射遷移による温度上昇が起こり、暗黒物質の存在の検証につながる可能性がある。重力の虹モデルによれば6次元ではこのエネルギーは9.5TeV、10次元では11.9TeVで、LHCのエネルギーで実験が可能になり暗黒物質検証のチャンスがあると期待されたが、後述するようにGAMBIT予測ではその可能性は低いとされる。

 

ヒッグスファクトリの必要性

そもそも陽子の130倍の質量を持つヒッグスボソンは予想より質量が遥かに小さかった。他に4つの粒子(4個のクオークと反クオークを有する新しい粒子テトラクオーク)が存在しそれらが質量の起源となっているとする説がある。またヒッグスボソンは崩壊で何が起こるのかも不明である。残念ながらLHCはこれらの問題解決には使えない。詳細な性質を精密測定で調べるには低いバックグラウンドのヒッグスボソンを大量に作ることが必要だが、LHCではそれができないからだ。

そこで必要になるのがヒッグスボソンを大量に作り出せるヒッグスファクトリである。ヒッグスファクトリはまた標準理論の限界とされる領域を解明し、重力の量子化を含む統一理論に向けての一歩と考えられている。また宇宙のエネルギーの80%を占めると考えられる暗黒物質は新粒子と考えられるが、LHCで発見されると期待されていた電子とクオークからなる”Superpartner”は発見されなかった。つまり新粒子はLHCのエネルギー範囲(13TeV)の外にあるということになる。

 

新エネルギーフロンテイアの追求

このことはLHCの次の加速器は新粒子発見にはLHCの13TeVを上回るエネルギーフロンテイアの更新が課題となる。またGAMBITというこれまでの素粒子探索の実験データを総合的に解析するソフトウエアによって、LHCの範囲には新素粒子が存在しない、すなわち次の加速器はLHCを大幅に超える性能でなくてはならないこともわかってきた(GAMBITが超対称性素粒子のエネルギーを予測)。結局LHCの次の加速器は①ILC、②FCC、③CEPCの3計画④(厳密にはCERNの計画するILCの保険ともいうべき)CLICも含めれば4計画に限られる。これらを順を追って説明していこう。

 

ILC

日本が主導するILCはJLCから発展した直線加速器で、バンチに200億個のも電子と陽電子を詰め込んで直線上で衝突させる高収率に特化した加速器となる。3計画の中では技術的に最も煮詰められたもので、現実的(失敗がない)という意味では世界の素粒子実験コミュニテイが賛同している。ILCとJLCの関係はちょうど核融合炉ITERとJT-60の関係に似ている。ただしITERは日本が技術的には主導してもフランスの誘致に負けたが、欧州の研究者は日本が最終的にILCを誘致すると考えている。

エネルギー的には当初計画の500GeVはLHCの13TeVに比べれば、いかにも低いように見える。しかしILCは電子と陽電子の衝突でヒッグスボソンを大量に作り出し低いバックグラウンドで精密観測できる加速器ヒッグスファクトリなのである。ちなみにLHCではヒッグスボソンはバックグラウンドに隠されてしまう。CERNがヒッグスボソンの確認に時間がかかったことを思い出してほしい。

 

ILCの実現性が高いとされる理由の一つは日本の超伝導空洞の技術が高いことがLHCで証明されていることがある。予算的な縮小で誘致されてもILCの250GeVへのダウングレードが濃厚になった(ICFA のILC早期実現を奨励と予算削減)ものの、日本が得意とする精密測定で(新粒子発見でなく)ヒッグスボソンの性質を調べる分で、LHCの次の加速器となることは想像に難くない。ただし政府の態度は消極的で業を煮やした米国のコミュニテイが日米協力を呼びかけている。

予算削減でエネルギーが半分の250GeVになっても、ヒッグスボソンの大量生産には困らない。しかしエネルギーが375GeVになると電子—陽電子衝突でヒッグスボソンがトップクークと一緒に生成され、ヒッグス粒子と自然界に存在する最も質量の大きい粒子との相関を調べられると残念がる研究者もいる。ちなみにヒッグスボソンは2.6σ で124 GeV/c2となる。

 

直線加速器が円形加速器に対して優れている点は円形加速器で厄介者であるシンクロトロン放射でエネルギーを失われることである。直線加速器ではそれがないので加速しやすくエネルギー効率も良い。建設費コスト約1兆円の半分(注1)を誘致国が負担することになるが、政府が難色を示し予算の削減と分担金の調整が続いている。

(注意1)5000億円といえば東京オリンピックの当初計画と同じ金額。当初計画は破棄され現実的な案で建設が進められている。筆者の個人的意見になるが予算を縮小されたが現在の案は周囲の景観に溶け込み日本的で結果的には良い決断だったと思える。ILCも縮小案が輝きを失わないことを期待したい。

 

なおCERNが検討を進めるCLICはILCと同じ全長だが加速器の設計はより挑戦的で加速勾配がILCより大きいため、エネルギーは3TeVもしくはそれ以上となる。CLICはILCの延長にあるため両者の推進組織は一体化しているものの、CLICの設計はILCに比べればまだまだCDRには遠い段階にある。CERNといえどもCLICとFCCを両方建設することは不可能であるし、ILCとCLICの両方を建設することもないと思われる。CLICの今後はILCの成果次第と言えるが現時点では他の2計画に比べれば現実度は低い。

 

CEPC

本来はLHCの次の加速器としてCERNが力を入れるFCCが有力候補であった。しかし科学技術立国を目指す中国は加速器の分野でも世界の頂点に立とうとしている(大型加速器分野で中国の躍進はあるか)。CEPC(Circular Electron Positron Collider)はILCと同じ土俵の電子—陽電子衝突実験のための加速器で、そのためコミュニテイの一部にはILCと同じ部類の選択肢と考える人もいる。

CEPCは円形加速器で周長はLHCのほぼ倍となる規模の54km、70km、88kmの3種が検討されている。(下図)日本では認識度が低いがCEPCはILCの強力なライバルである。というのもCEPCは250GeVまでのエネルギーで電子—陽電子衝突実験が行えるからである。もちろんCEPCの最終目的は陽子衝突実験のハドロンコライダーで70-100TeVの新エネルギーフロンテイアを目指している。ILCに比べてCEPC設計は遅れているが、2020年にはCDRにこぎつけそうである。

 

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Credit: cosmosmagazine

 

予算化すればCEPCの建設は2021年から開始されるが中国の加速器建設がコスト的に有利な理由はトンネル建設コストが低いことと建設ピッチの速さである。第1期の建設コストはそのため破格と言える6000億円だが、2042年に予定されるアップグレードは2兆円規模となり経済が後退に入った中国には(一国で建設するのは)重荷になるとの観測もある。またこれに関連して重要な問題は在米の中国人素粒子物理研究者が指摘するように、中国の加速器計画はLHCのように国際協力色は薄いと警告する(注2)。中国が加速器を国威掲揚とするならば、そのような時代はすでに過去のもので国際協力なしには成功しないことを経験することになるだろう。

(注2)この研究者は記事の中で上海の放射光施設SSRFを例に挙げて、中国の加速器はコピー文化だと批判している。筆者が訪れた際には日本の神津精機の2結晶分光器と並んでコピーが調整中であった。確かに完成度の高いSSRFは先進国の先端の技術流入なしには考えられなかっただろうが、ATLASやCMSなどの検出器システムや解析技術までコピーされるとも思えない。ILCにとってはCEPCは油断できない存在だが、中国はILC計画に参入の意思を明らかにしている。

 

FCC

FCCについては別記事を参考にして欲しい(FCC(Future Circular Collider)〜果てしない加速器の挑戦)。FCCは周長が90-100kmでほぼLHCの4倍の規模の円形加速器である。陽子–陽子衝突型である点でもLHCの発展型と考えられる所以である。しかしFCCでもCEPCのように、運転初期に電子–陽電子衝突実験が予定されていることはあまり知られていない。陽子–陽子衝突で陽子を結びつけているクオーク–グルオン相互作用を調べるという本来の目的以外に、ILCと重なる研究領域も含まれることはILCが電子–陽電子衝突実験独壇場とならないことを意味している。

 

CERNは2018年に将来計画(FCCとCLIC)を決定し、LHCの後期実験との関係で建設を2030年代には開始したいとしている。ILCが建設開始となればCLICを急ぐ必要はなくなりFCCが動き出すが、CEPCとFCCの重複度の方がILCの実験を円形加速器が重複することより明らかに大きい。そのためコミュニテイは設計が煮詰められているILCとどちらかの円形加速器との組み合わせが望ましいと考える研究者が多い。

ここで思い起こすのは87.1kmの周長で超伝導加速空洞を日本が担当するはずであったSSCである。財政難で米国がSSCを放棄したのが米国から素粒子実験の主導権が欧州に映ったきっかけとなった。もしSSCが完成していればヒッグス粒子発見の栄誉は米国に与えられていたであろう。しかし欧州に移った主導権もLHC以後の加速器はILCにしてもCEPCにしても欧州の外に建設されるだろうから、欧州主導時代の終焉となるだろう。ILC以降中国に主導権が移るのかFCCで再び欧州が中心になるのか予想がつかないが、米国から欧州そしてアジアという流れは経済動向と一致している。

 

経済に左右される加速器

ここしばらくはアジアの成長が加速器建設でもプラスに働くことは間違いない。経済のサイクルに加速器科学が左右されることは確かだが大型化は限界に達した感がある。これからさらに大型化するとしても持続性に限界がある。レーザーが小型化して普及したように、コンパクト加速器が普及すれば加速器の大型化を継続しなくて済むし、素粒子実験が再び研究所レベルに戻ることができるかも知れない。ちなみにSLACは微細加工でミニチュア化の研究に着手している(放射光における「ムーアの法則」終焉の意味)。

ILCは予算を縮小しスペックがダウングレードされても政府の決断ができないままである。ILCの意義は国際コミュニテイレベルでは認められているのだが、予算化に結びつかないのは何故なのだろうか。誘致国が建設コストの半分を負担するという条件は、(国威向上の事業である中国を除けば)財政問題を抱える先進国にとって負担が大きすぎるのだろう。加速器建設はグローバリゼーションがもっとも進んだ分野だが、国際協力の限界が見えてきたことも現実である。実際、核融合では国際協力で進められているITERは米国の予算削減で計画に狂いが生じた。

 

ILCはヒッグスファクトリに一番近い現実的な計画で国際的な支持も取り付けている。しかし後に続くCEPC、FCC(CLIC)との差別化や、政府が疑問視する経済効果の見直しも必要になっている。関連企業との連携が相互の利益を生み出す仕組みや、新技術のスピンオフ支援など、新しい概念の経済効果の創出が鍵となるだろう。

 

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