エリクソンの哲学に込められた放射光源の持続性とは

筆者はMBAラテイスのパイオニアであるMAXIVの加速器主任(KEKでいえば加速器主幹、SPring-8では光源基礎部門長に当たる)のペドロ・タバレス氏から意外な事実を知ることになった。日本では加速器研究者たちが恐れる(もっともではあるが)、MBAの優れた性能の代償とされるダイナミックアパーチャの狭さについて、意外な説明が聞けたのである。

 

少し古い話だがMAXIVのMBAラテイスの弱点とされていたのは、6極電磁石の磁場が強くなりすぎた結果生じるダイナミックアパーチャの狭さで、そのことがESRFを動かしてさらに改良されたESRF型の7BAラテイスが編み出され、やがて標準的なラテイスとなった。もしそれが事実ならば、MAXIVの立ち上げは相当な困難であることが予測されていた。タバレス氏はさらにMBAのビームダイナミクスはよくわかっていて、何も不安はない、ESRF-EBSラテイスの根拠となった議論は10年前の話だと言い切った。

 

MAXIVの立ち上げ報告が意味するもの

本当にそうなのだろうか。疑いを持つ人は多いのではないだろうか。エリクソン氏とタバレス氏がまとめた立ち上げ報告によれば、コミッショニングでの結果は次のとおりである。

  • 入射効率は74%
  • 120mA以上の安定電流値
  • 80mAで20Ahの光焼きだし後の寿命は10時間
  • ミスアラインメント 

     ガーダーに対するコンポーネント誤差25μm/0.2mrad

     ガーダー誤差50μm/0.2mrad

これだけでも立派な成績だが、しかも電子ビームが周回しだすまでにかかった時間は8時間だったという。ここから見えてくるのはシミュレーションで電子ビーム挙動が徹底的に調べられ、最適化がなされていたことと、(ガーダー方式によって)ラテイスの精度が高いため実際の挙動がよく理解されていれば問題はないということのようだ。ダイナミックアパーチュアの問題はだいぶ誇張されていたように思える。結局、MAXIVラテイスでも事実上問題はないのである。

 

コストカットの秘密

エリクソン氏の主張は続く。北欧はノキアや「エリクソン」などの携帯電話メーカーに代表されるように携帯電話会社の技術力が高く、また世界で有数の電力に恵まれた国々である。基地局の設備もそのため最新の設備整備が行き渡り電源開発もメーカーが重点的に開発を怠らない。

エリクソン氏(タバレス氏)によれば、MAXIVは民生品が利用できるため、高100MHzの高周波電源を使うことにしたとのこと。市販のラジオ局用高周波電源(下の写真)がそのまま使えるので、相当なコストカットになったということである。市販の高周波電源は原子炉における「ターンキー方式」で加速器運転では中身に立ちらないという。なおScandiNova社はパルス電源の世界的メーカーである。

 

MaxIV Klystron RF Unit ScandiNova

Credit: MAXIV

 

ガーダーや独特の免震構造などの新しい試みに惜しげなく資金を投入する一方で、コストカット精神が旺盛なところが独特である。タバレス氏はSIRIUSチーム出身であることもあって、ガーダーも免震技術もSIRIUSに受け継がれている。少々脱線するがSIRIUSでガーダー設計の中心にいるのは中国系研究者なので、HEPSにも技術は受け継がれるであろう。またSLS-2との関係も深く、筆者が感じたのはMBAとその発展型の技術の共有が驚くべき速さで進んでいることであった。このことはR&Dの予算を節約するのに役立っている。

 

エリクソン氏のメッセージ〜蓄積リングは消耗品

最後にエリクソン氏がMAXIVで主張したいのはMBAで開かれた第4世代光源のスペック以外にもう一つある。それは加速器設計哲学でもあるように思える。氏は「蓄積リングは消耗品である」という。理由は(MAXIVのような徹底したコストカットと簡素化を行えばの話であるが)第4世代リングでは加速器よりもビームラインと測定器系の占めるコストが目立つようになり、加速器(蓄積リング)は3GeVで全体の7%、1.5GeVリングでは高度な(挿入光源)ビームラインと付帯設備の1本分で建設が可能だという。ビームライン1本分というのは大げさに聞こえるが、MAXラボの1.5GeVリングに限れば、驚くような予算で整備したのだろう。下の写真を見ればコンパクトなケースに収められた磁石とガーダー(架台)が一目瞭然だ。

これは要するに①加速器のコスト自身は相当にコストカットが進んでいるということのほかに、②ビームが絞られることで各種磁石、ダクト・真空系が大幅にサイズダウンしたためなのだろう。SLS-2ラウンドビームで20mm径となる。MAXIVの真空ダクトは動画を見ていただければわかるようにいかにも小さくまるで模型のような印象である。動画の3:12に登場するのがエリクソン氏。

 

img 6552 1

Credit: MAXIV

 

同氏はさらに1.5GeVリングと3GeVリングは光源性能も対象ユーザーも異なるものであるから、10年ごとに1リングを建設し続ける、すなわち20年で軟X線と硬X線の2リング体制を更新することが理想的であるとしている。確かに更新が定期的に行われることが習慣になったら、経常費をプールして更新し続ければ良いに決まっている。一方、更新が遅れれば腰が重くなりなんとか使おうとするので、時期を逸することになる。

 

正のスパイラルに入ることが大切

なるべく安く建設し適切な再利用を前提とした上で、新しい光源を建設してユーザーが快適に先端機器を利用できれば、アウトプットも伸び続けるが、時期を失えば悪循環に陥る。正のスパイラルに入るのか負のスパイラルに入るのか放射光コミュニテイは正念場に立たされているように思う。高価な持ち物を長く身につけるのも一理あるのだが、最新スペックをコストカットしながら実現してもそこで終わらず建設の手を緩めない、というエリクソン氏の哲学に学ぶべき点は多い。

スエーデンは小国であり財政も最近の移民問題で悪化の一途をたどっているが、この分野の優位性を維持し発展を継続するため、国はルンド大学の力を借りてMAXラボラトリの運営を支え両者を強力に支援している。RF電源と言えばLHCの後継となるFCC円形加速器の電源にはスイスの電力会社との共同開発になる。電力事業、通信事業との協業精神が加速器の世界で役だっていることは、加速器コンポーネントが科学技術の先端にあることからすれば自然の理にかなっている。再利用というわけではないが、ポーランドに建設されたSOLARISとはMAXラボの1.5GeVリングのフルコピーである。

 

スエーデン流の節約術が全てではない。しかし日本では加速器に限らず超高真空系を設計製作するコストが異常に高いことも事実である。加速器のコストを下げることは重要課題ではあるが、簡素化・標準化とコストカットの両方が必要になるだろう。エリクソン流の節約は言い換えれば「合理性」の追求になる。スエーデン流に余計なものを一切省く事からMAXIV独特の機能美が生まれるのだろう。

 

関連記事

LHC後の次期加速器計画が高電圧パルス発生源開発で一歩前進

ポーランドの放射光ソラリス

 

 

You have no rights to post comments

スポンサーサイト

Copyright© 2013.   放射線ホライゾン rad-horizon.net   All Rights Reserved.