3GeV光源の期待値とリスク〜放射光の取り組み方に見る米国と日本の違い

3GeV放射光をめぐる見通しの立たない「暗黒時代」がいつ終わるのか筆者には予想もつかない。何度か3GeV放射光の建設をめぐる「もつれ」について、シリーズ記事を書いてきた。詳しい経緯は過去の記事(3GeV放射光のいま〜Society 5.0、量子科学技術、QSTへの流れなど)を参考にしていただくことにして、ここでは放射光ユーザーの期待に関わらず3GeV光源建設が遅々として進まない背景を(米国と比較することで)鮮明にしたい。

 

ユーザー共有施設とは

米国の放射光はユーザー共有施設(User facility)としてエネルギー省の部署であるOffice of Scienceが管轄している。米国のユーザー共有施設(日本における共同利用・共用利用施設)には特定研究組織の専用装置という概念はない。文字通りユーザーの利益のために国税を投入する「社会インフラ」として扱われ、ユーザーの希望に沿って建設計画が一つづつ整備されていく競争的ボトムアップである。一方、日本での大型施設建設はユーザー主体というよりも国家的・地方行政事業や科学技術政策上の位置付け(トップダウン)が多い。

 

米国エネルギー省(DOE)の管轄のユーザー共有施設には6つの異なるカテゴリーがある。それらは超高速計算、エネルギー基礎科学(BES)、生物環境研究、核融合科学、高エネルギー物理、原子力、である。なお予算やユーザーについては独立性が高いが、研究機関によってはこれらに分類される施設が混在している研究所もあるので、カテゴリー別に研究機関が分かれているわけではない。放射光施設の多くは国立研究所の一部となっている。

APSはアルゴンヌ、NSLSIIはブルックヘブン国立研究所、ALSはバークレイ研、SSRLはSLACの中にある。放射光に限れば関連するのはエネルギー基礎科学となる。エネルギー省の予算自体は右肩上がり(下図)なのは、最近の政権に共通するエネルギー政策の重点化を反映したものである。 

BPC Energy Innovation 1

Credit: bipartisanpolicy.org

 

エネルギー基礎科学としての放射光

エネルギー基礎科学カテゴリーにはX線光源、中性子(散乱)施設、ナノ科学研究施設が含まれる。日本ではX線光源と中性子は「量子ビーム」として扱われるが、米国は加速器が異なり競合でユーザーの不利益を得ないように、X線と中性子は独立しているし、原子力とも別になっている。同様に放射光は加速器の一部だが、予算体系が高エネルギー物理とは独立している。

X線光源としてはおなじみの放射光施設、ALS、APS、LCLS、NSLSII、SSRLがある。これらについてはすでに記事を書いてきたので、詳細とアップグレードについては以下を参照されたい。

APS

APSアップグレード(APS-U)の狙い〜基礎科学で再興を目指す米国

ALS

オンデマンド放射光となるALSアップグレード(ALS-U)

LCLS

世界最高のX線光源を目指すLCLS2

NSLSII

NSLSIIのビームライン整備計画〜第2世代リングの明暗

SSRL

放射光の聖地はSSRLなのか〜独自の文化を持つ3GeVリング

 

エネルギー基礎科学の推進力放射光

これらの5箇所の施設のうち、NSLSIIは新規施設の建設が終了しており、APSとALSはアップグレード計画が進行中である。時期的にはAPS、ALSの順番となるがこれらは6GeV(7GeVからのダウングレード)、1.9GeVというエネルギーに代表されるように、硬X線光源と軟X線光源を補完している(注2)。APSはESRFやSPring-8、将来はBAPを含めると4極体制で運営される蓄積リングであるが、このクラスのリングが全て6GeVに収束することになる。結局、XFELを含めた米国の放射光は3GeV以下の3カ所と6GeV1カ所、にXFEL1カ所(2基)となる。

(注2)放射光の発展の歴史を眺めると、低エネルギーのVUV光源から始まって電子ビームのエネルギーを上げてきた2GeV以下のスペクトロスコピー型リングと、急速な放射光発展の原動力となったX線回折・散乱ユーザーを対象にした6GeV以上の高エネルギーリングに大別される。

 

放射光の属するエネルギー基礎科学の予算規模は下図のように、下院で削られても上院を通過する際にプラス査定となっていることに注意したい。米国の放射光施設が順調にアップグレードされているのはエネルギー基礎科学予算の増大による。放射光をエネルギー基礎科学推進の要としている。放射光は生命科学ユーザーも含まれるがエネルギー基礎科学に代表させた。エネルギー分野なら加速器とも生命科学とも独立性を主張でき、予算獲得での競争を避けるためには役に立っている。もっとも生命科学はNIHという別の省庁が管轄になる。

 

img3

Credit: Office of Science, DOE

 

話を戻すと、共同利用施設の設計・建設にユーザーの意向はどのように反映されるのだろうか。

Office of Scienceには各施設からの独立した提案(予算要求)のレビュー組織がある。これとは別に、各施設にはそれぞれの活動に関する助言受けるためレビュー組織がある。各施設は科学諮問委員会からの答申を受ける。各施設にはユーザーグループがあり、ユーザーコミュニティにとって関心のある問題(アップグレードの内容や時期など)に関して情報交換がなされる。 Office of Scienceは、外部の独立した専門委員会で、各施設の活動を定期的にレビューし予算執行のロードマップを作成する。

 

各施設とも施設の建設やアップグレード提案が競合することは珍しくない。その際に提案が採用される条件はユーザーコミュニテイの同意とOffice of Scienceのレビューが決定的要因となる。廃止になる施設もあるがユーザーコミュニテイの強い要望の元で策定された計画は一歩一歩、着実に予算化されてきた。もちろん米国の財政難は隠すことができない。実際、国立研究所の雇用は圧縮されつつある。しかし共同利用施設がユーザーの共有施設であるという概念が続く限り、ロードマップに従って予算がつき建設が進められる。

 

米国と比較した日本の施設整備

新3GeV光源の建設理由は①最近の放射光科学が電子状態の情報量の多い軟X線光源を必要としていることと、②高エネルギーリング型の光源が軟X線領域を不得意としていることである。後者はSPring-8は短波長限界までの利用を念頭に置いて(挿入光源の1次光限界エネルギーが14.4kEVとなるように)設計されたためである。

ALSの研究者は米国の(APSの)最大の失敗はリング・エネルギーを7GeVに設定したことだという。波紋を投げかける意見だが現実にESRF-Uのラテイスが世界の6GeV光源の標準になりつつあり、APS-UもSPring-8IIのラテイス設計にも多大な影響を与えていることからすれば、3GeV光源の建設要求の遠因となったのは、SPring-8の高すぎたエネルギー設定にあったと言えなくもない。

 

ちなみにALSは1.9GeVリングでもスーパーベンドのおかげで実用的な硬X線領域の光源となっている。SLiT-Jも硬X線領域を短周期ウイグラーでカバーする立派なX線光源であり、実はALSと同じく軟X線から内殻吸収端をカバーする「拡張型スペクトロスコピー光源」なのである。SLiT-Jのスペックは公開されておりこのコラムでも記事を書いてきたのでここでは詳細には立ち入らない。

QSTがSLiT-Jの受け皿になり国費と民間資金が組み合わされて、新しい利用形態の可能性を秘めた新光源が建設されることになった。早期実現に期待が集まる一方で、異なる資金調達スキームに関連して利用形態の調整や一体としての光源運営の難しさなどいくつかの未解決なリスクも抱えている。民間融資と国費を建設資金とした場合、それぞれに適合した運営形態があり、それらのバランスをとらなければならない。民間資金の前提となる「産業利用運用」は施設のスペックよりもサービス能力(Servicebility)が鍵となるからである。

米国のように競合する計画をユーザーコミュニテイの共有施設として長期的ビジョンの元に建設計画を進めることの必要性を強く感じる。競争的ボトムアップを目指すにはユーザーが理解し支援できるように、計画の透明性が要求されるが、建設・運用リスクは軽減されるだろう。

 

補足

Updated 10.17.2017

米国の競争的ボトムアップは何でもかんでも競争して勝ち抜く、という姿勢ではなく実は競争が激しくなり消耗するとグループ間には競争がないように、つまりワールドカップでいう「死のグループ」が無いように、グループ分けをしている。例えば数100億円規模となる大型施設の建設が見込まれる中性子と放射光は別グループに分類され、いずれも高エネルギー物理関連ともバッテイングすることはない。日本では量子ビームとして中性子と放射光が同じグループに仕分けされる。そのためKEKの場合は高エネルギー加速器とこれらが一緒になるので、放射光が中性子や高エネルギー物理と同一土俵で予算化を強いられる。競争的ボトムアップでは無駄な予算獲得競争で消耗しないような配慮が必要なのだろう。

 

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