3GeV放射光のいま〜Society 5.0、量子科学技術、QSTへの流れ

筆者はこれまで3GeV放射光の重要性を加速器科学の立場で、記事をかいてきた。しかし最新の状況はいつのまにか国の大きな科学技術政策の一環として、新たな道を進み始めたようなので、その背景についてまとめてみたい。この問題は「3GeV放射光をどこにどのようなスペックでつくればコミュニテイにとって最適なのか」、という加速器施設の建設をめぐる通常の議論の枠を越えていることに気がついたからである。

 

Society5.0とは

最近の動向の背景となる「量子科学技術」についてふれておく。少しばかり政府方針の「プロパガンダ」の話になることをお許し願いたい。事の発端は2016年1月の閣議決定、第5期科学技術基本計画で、日本の目指すべき社会として「超スマート社会(Society5.0)が提起されたことに始まる。(時系列的にはそれよりずっと前から流れができていた。2011年度概算要求、光・量子科学技術研究拠点形成に向けた基盤技術開発、先端研究施設共用事業。)筆者の理解ではSociety5.0はドイツが提唱するIoTによる産業力強化政策(Industry4.0)を意識し、かつ(柏市に代表される)「スマートシテイ」をヒントにして、産業、商業、流通など社会生活を含めた「社会のスマート化」によって、日本を再生、国際競争力を高めようとするものであった。

Society5.0の目指すものはその副題、「超スマート社会サービスプラットフォーム」から推察できる。要するにIT・AIの支援で「インテリジェント社会」をつくれば無駄がなくなり、高齢化する日本を再生できる、という構想である。こうした未来社会の構想はすでに韓国や中東(注1)にその動きがある。閉塞状況の現代にあって、こうした将来に希望をいだかせる未来社会構想は悪くない、と筆者は感じている。

(注1)未来型都市計画としてはマスダールが有名である。マスダールでは生ゴミは有機肥料として栽培に利用され、焼却炉の排熱は発電に利用する。加えて産業廃棄物はリサイクルにより廃棄物ゼロの世界初の都市となる。電力供給は40-60MWクラスのメガソーラーを中心に130MWを太陽エネルギーで生み出す。中東諸国はエネルギーを石油に依存すれば、輸出量が減り原油市場での競争力が低下する。そこで科学技術開発に取り組み再生可能エネルギーを使い、原油に依存しないクリーンエネルギー都市を建設する政策を立てている。

 

量子科学技術推進政策

この動きにいち早く文科省が対応し、2017年2月に早くも科学技術・学術審議会、先端研究基盤部会、量子科学技術研究会がSociety5.0を支える科学技術政策として「量子科学技術(光・量子技術)の新たな推進方策について」の中間とりまとめを公開した。簡単に説明するとSociety5.0をIndustry4.0の先に位置づけるためには新しい技術体系が必要で、それが量子科学技術だというのである。

重点的に推進すべき量子科学技術の分野として(1)量子情報処理・通信、(2)量子計測・センシング、イメージング、(3)最先端フォトニクス・レーザー、(4)「量子ビーム利用推進小委員会における議論」をあげている。この(4)の項目は具体的でないため、他の3項目と異質な印象を受けるが、その内容はまさに3GeV放射光の必要性と建設計画に他ならない。またこれに対応して放医研と原子力研究開発機構からの量子ビーム科学研究部門、核融合エネルギー研究開発部門が統合されて国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)が設立された。

 

QSTの設立と3GeV放射光

QSTには高輝度放射光源推進準備室が設置され、文科省が量子ビーム利用推進小委員会が中間的整理をまとめた高輝度放射光源(3GeV放射光)の建設に向けて地域からのヒアリング(6月14日締め切り)を待って、いよいよ建設計画が動き出すこととなる。

ここで「高輝度放射光源」とは何か、が問題なので量子ビーム利用推進小委員会がまとめた「高輝度光源とその利用に関する中間的整理」をみてみる。簡単にまとめると産業利用を中心に求められている軟X線領域のオペランド解析に高輝度3GeV光源が不可欠で、そのための環境整備すなわち建設が推進されるべき、としている。高輝度光源とは以下のスペックからSLiT-Jを指すことがわかる。

しかし、そもそも中間的整理にある高輝度光源の定義、軟X線光源(注2)は正しくない。(国際的にもサイエンス的にも)3GeV光源は軟X線光源とは呼べないからである。そこは6GeV以上の高エネルギー光源と差別化する必要性から許されても良いとしても、(加速器科学からみて)問題は「世界レベルの先端性とコンパクトなリング」という抽象的な表現が、きっちりと、1nmradのエミッタンスで周長325-425m程度と限定されることである。この縛りでSLiT-Jが高輝度光源であることが明らかになるのだが、なんとなくすっきりしない。「世界レベルの先端性」とスペックにギャップがあるからなのだろうか。それとも量子ビーム利用推進小委員会の議論が形式的なもので「結論先にありき」だからなのだろうか。

(注2)最新情報にあるように、軟 X 線向け高輝度 3GeV 級放射光源に変更された。それでも実体は立派な硬X線高輝度光源なのだが。

 

量子科学技術政策として推進されるSLiT-J

現在検討されている3GeV光源案(SLiT-J、KEK-LS)のうち、QSTの高輝度光源がSLiT-Jに該当することは明らかだが、中間的整理によると「国の財政が厳しい折、官民地域パートナーシップにより推進することが重要」とある。

国が主導して基本計画として地域パートナーシップで特定の計画(SLiT-J)を推進すると決めたのならSLiT-Jが先に走ることは不自然ではない。ただしふたつの計画(SLiT-J、KEK-LS)はたまたま3GeV光源であるだけで、スペックも利用形態も別物(注3)であるので、後発のKEK-LSをどのように予算化するのかと言う議論が再燃することは目に見えている。

(注3)SLiT-Jの利用形態はは官民地域パートナーシップ(ただし2/3が国費)、KEK-LSは全国共同利用。

 

結論を言えば現在の光源の先端が50-60pmradであるので、どちらの計画もスペックに物足りなさを感じる。少なくとも後から走るKEK-LSは先端スペックを望みたい。光源開発がレーザーに限りなく近づいている。テーブルトップ光源の登場で、財務省が心配するように数100億円の大型施設を更新し続けることも、過去のものとなる時代がやがて来る。40年ごとに300億円の更新は永久に続くものではない。

また広義の量子科学技術における加速器とレーザー、およびその融合を含む「量子ビーム技術」の重要性は疑いのないところで、3GeV放射光をレトリックで着飾り無理にSociety5.0に関連付けなくても、「先端性の追求」で国際的にも立派に認められるのではないだろうか。レトリックが素晴らしくてもスペックで評価されなければ意味がない。結局、最先端の放射光源となるには、加速器のコミュニテイで設計案を切磋琢磨される必要があるだろう。

 

ちなみにIndustry4.0の4.0とは第4次産業革命を意味する。量子力学が第5次産業革命をもたらすのかわからないが、少なくとも加速器の世界においては明らかに4.0世代が主役になろうとしている。筆者の希望的観測では5.0世代はテーブルトップ光源になっているかもしれない。そういう意味での(中身がはっきりした)5.0なら大歓迎である。だが実際に建設される光源は3.5世代(注4)なのだ。3.5世代の先端にいるにしても世の中が4.0世代を目指している中で、国税を数100億円つぎ込むのは少々勇気のいる決断になると思う。

(注4)第4世代蓄積リングをMBAラテイスと定義すればSLiT-Jは4BAのコンパクトマシンで4.0といえなくもないが、1nmradというエミッタンスは4.0がMAXIVの240pmradが標準になっていること、古いラテイスのNSLSIIがダンピングウイグラーでほぼ同じエミッタンスであることを、含めれば4.0という主張は微妙なものといわざるを得ない。 

 

 

補足

文科省の分野別研究開発項目は、情報、ライフサイエンス、環境エネルギー、ナノテクノロジー・物質・材料、量子ビーム、核融合、原子力、宇宙、海洋、南極、地震・防災、安全・安心である。量子ビームの居場所を量子科学技術とするとしても、少なくともこれまでの、また現在の分野別研究開発項目に含まれていないので、分野の整理統合も必要かもしれない。 また十把一絡げに量子科学技術の研究分野をくくっても、分野によって実際に進展と難易度には大きな開きがある。それぞれの進展の度合いに対応してコミュニテイの理解を得ながら、きめ細かく地道に研究開発投資を行うしかない。かつて国プロが成果を上げた時代にはトップダウンの意思決定で、プレイヤー(企業)が個を捨てて協調して動いた。たがそれは遠い過去の話となっている。量子科学技術の応用でも、重点投資にはコミュニテイの理解・協力が必要であることはいうまでもない。

 

 取り上げられている量子科学技術の項目が社会を変えるまでにはまだ相当時間がかかるものから、すでに実用に入っているものまで幅広い。社会を変える、Industry4.0の先を目指すという高い志は結構だが、全てが量子科学技術で解決する訳ではない。また10年スケールでは難しい。マスダールなどの未来社会構想にはそれなりの投資が必要だが、財源が期待できないなら砂上の楼閣だ。

 

最新情報 Updated: 08.04.2017

SLiT-Jの受け皿となるQSTが整備運用計画を進めている。その役割は文科省科学技術・学術審議会の量子ビーム利用推進小委員会で検討するための計画案作りとされる(河北新報)。原案となるのは産学連携組織の光科学イノベーションセンター(仙台市)と東北経済連合会、宮城県が合同提案した地域構想(SLiT-J)である。これをSPring-8建設経験のあるQST研究者らが手を加え、上記小委員会に提出する。

小委員会の吟味を経て承認が得られた後に国が建設計画を策定する。当たり前のような手順に見えるがこれは大きな当初の計画の変更になる。施設の性格や建設主体が変割ったためSLiT-J自身のスペック・利用形態にも地域構想と国家主導の共用施設整備計画との整合性が求められることになった。このことはコミュニテイの利益を考慮して共用施設として建設を望んでいた文科省の意向にはそう形となった。

量子ビーム小委員会(第10回)は2017年7月27日に開催され、軟X線向け高輝度放射光源やその利用について(整備運用計画案の骨子(案)について)議論が行われた。量子ビーム利用推進小委員会は高輝度放射光源に係る国の主体候補についての中で3GeV光源を軟 X 線向け高輝度 3GeV 級放射光源と称して、国立研究開発法人(QST)が国の主体 (候補)として、共用法の枠組みに基づ く共用と産業利用を目指すとしている。

 

紆余曲折を経てSLiT-Jは産業利用の地域構想から全国共用施設となる。これによって計画のスペックや利用法が再検討された切磋琢磨されて先端光源となることが期待される。しかしこれまでの「もつれ」によって建設は遅れに遅れ、タイミング的には中途半端なスペックでは許されなくなってしまった。また現在は文科省のいうオール・ジャパンの体制構築にはなっていないので、結局はQSTの設計・建設チームの層の厚さが問われることになる。コミュニテイを無視して「もつれ」を作ってしまうと元に戻すのは容易ではない。

 

 

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