3GeV放射光問題の近況について

 (一財)光科学イノベーションセンターは、平成29年2月15日付の「東北放射光施設 建設地選定に関するお知らせ」のとおり、外部有識者による諮問委員会を設置し、候補地点の適性審査を諮問した。

 

[答申書における建設候補地の審査結果]

「審査対象とした5候補地点のうち、東北大学青葉山新キャンパスが最適地であると判断する。」

5候補の中で同サイトは地下鉄東西線の開通でJR仙台駅から交通至便の地となり、東北大学キャンパス内にある利点を活かした研究支援・連携で他候補より有利である。また他の候補地はいずれもインフラ整備に建設費以外の地方自治体財政負担が大きく現実的でない。この点では妥当な判断で「町興しと抱き合わせ」からの脱却は正しい選択といえる。現在の地方自治体の疲弊度を考慮すると過疎地のインフラ整備はリスクが大きい。

一方、設計案は2016年に行われたSLiT-J国際評価委員会は最終報告書で、SLiT-Jの3GeV光源としての設計が産業利用ユーザーの研究開発の目的に妥当な性能であること、および関東一円のユーザーの新光源として計画が妥当であると結論した。

 

SLiT-Jはビームラインの実験ステーションをエンドステーションと定義して、その公開デザインコンペを行い、一次審査を27計画が通過している。これらのエンドステーションから整理統合されそれらを想定して、10本のビームラインが建設される。KEK-PFからSPring-8へと展開していく中で、蓄積リングやビームラインも「施設主導で建設しユーザーに提供する」姿勢からユーザーの実験要求に沿ってビームラインの設計が行われるユーザー・サイエンス重視へと変わっていった。

サイト選定が決着したことで、平成30年度概算要求に向けた準備が整った感がある。放射光学会のお墨付きでコミュニテイの同意も得られたとするSLiT-J建設はスムースなスタートがきれるのだろうか。この規模の放射光施設ともなれば全国からユーザーを迎えるので、ユーザーと建設主体の計画のコンセンサス、支援と協力が欠かせない。それならSLiT-Jは順風満帆かといえば、残念ながら大きな不安が残る。

 

それはSLiT-Jの経緯は必ずしも放射光コミュニテイの総意を反映したとも言い難いからである。「3GeVを優先して建設すべき」という声が次第に大きくなり、放射光学会を動かして「最優先」のお墨付きをもらった時点ではサイトも建設主体も白紙の状態だった。SLiT-Jが登場すると東北放射光計画はいつしか3GeVリングの代名詞となっていった。しかし当初の建設予定年度から大幅にずれ込むことになった。一方で関東ユーザーの受け皿であるKEK-PFの後継機計画作成もERL路線の変更で遅れに遅れた。その結果、SLiT-Jと建設タイミングが重なり、両者は完全にバッテイングしたことでコミュニテイの混乱が続いている。

 

KEK-LSを巡る最近の動き

やや保守的な設計であった当初のKEK-3GeVリング(KEK-LS)の概念設計(CDR)は加速器有識者の国際アドバイザリ委員会の意見を取り入れる作業が続いている。世界先端の光源性能の追求が望まれるKEK-LSの切り札となる山本教授のマイクロアンジュレータなど先進的な設計を盛り込むことで、より挑戦的な計画となる。

物質構造科学研究所懇親会(4.27.2017)においては、エンドステーションへの参画も含めたSLiT-Jへの協力内容とKEKが主体的に進めるCDRブラッシュアップの位置付けについて真剣な議論が繰り広げられた。

しかし仮に平成30年度のSLiT-J概算要求が通って、建設開始となれば先端的な性能のCDRとなっても、(3GeV光源としては)KEK-LSの概算要求はタイミングを失いかねない。当初は簡単なように思われたSLiT-Jの予算化も、大幅に遅れている現実は予算化が容易ではないことを示唆している。役所としても国家財政の債務超過を軽減するために公務員の20%削減を含めた緊縮財政の中で慎重な対応を迫られたのだろう。

 

筆者は光源性能も性格も異なるSLiT-JとKEK-LSは時間差をつけて両方とも建設するべきだと主張してきた。どちらかが建設されて解決するとは思えないからである。その意味では暗雲がふたたび立ち込めた感が強い。SLiT-Jの背景には放射光利用の共同利用という「ビジネスモデル」をイノベーションツールと位置付けて新規リングの「新しい居場所」を確保したいという強い圧力がある。この圧力の背景についてはここでは言及しないが、「官から民へ」の流れは文科省も学会も動かすほど強いようだ。

閉塞的な社会で変革を求めるのもわからないでは無い。実際、「変わらなきゃ」というキャッチフレーズが世の中に溢れる。

 

しかし一方で世界先端の光源を建設し共同利用に提供するミッション(注1)に変化はないはずである。相異なる性格のマシンが棲み分けできる長期的な計画をSLiT-Jの推進者もKEKも一緒に考えるべきなのではないだろうか。ここで「長期的」という意味は選択と集中の「集中」に他ならない。国の予算を特定の拠点に重点的に投入することである。放射光科学(と量子ビーム)の分野はSPring-8、SACLA、JPARCと1,000億円規模の大型施設が建設された。これら3拠点は桁外れの集中投資だったが、いずれも期待通り世界の先端に立った。

順番から言えば次は3GeV光源となるが、その場合にも世界の先端に立とうとするなら、先端光源(第4世代蓄積リング)でなければならない。重要な視点は「拠点化」で「選択と集中」の集中にあたる。加速器建設に置いて土地の余裕があればだが、まとめて建設する方が効率良い運営ができる。SPring-8とSACLAの例がその代表といえる。そういう観点からするとSLiT-Jは少し物足りないスペックとなるが、国際評価委員会はあくまで「産業利用」と「地域型」の枠内で妥当と判断したのであって、最先端を目指す流れとは別物と考えるべきだというのが筆者の主張である。

 

(注1)物性研などの全国共同利用施設は予算が少ない大学の研究者にも最先端機器で研究の機会を提供する目的で設立された。当初のミッションが終わったとする議論があるが、科研費上位研究者でさえ最近の一人当たりの研究費統計では驚くような低い数字となる。重点領域予算に参画しない限り、大学の研究費に大幅な改善がないのが現実である。そうした状況では依然として共同利用ミッションは立派に存在するのではないだろうか。旅費支給の是非はともかくそうした機会を摘み取るような政策は避けたい。

 

SLiT-Jの建設のリスクであったインフラ整備が地方自治体の財政負担を圧迫する問題は、大学キャンパス内にサイトが決まったことで回避できたと思われる。ただし産業利用向けとは言っても公開デザインコンペ一次審査通過27計画の中で企業からの応募と産業利用を明記したものは5件に過ぎない。現実的にはアカデミアユーザー主導のエンドステーション仕様決定となり、アカデミアと企業が連携して利用することになる。イノベーションツールとして予算化され建設されるSLiT-Jが関東一円のユーザーを中心とした全国共同利用マシンとして運用されるには、年間数1000人規模のユーザーを受け入れる必要がある。円滑な運営には雇用と維持費捻出の問題が残る。

現時点での3GeV問題の将来予想はもちろん不可能である。コミュニテイの分断の恐れもある深刻な状況ではあるが、明るい希望もある。それはこの問題を契機にして、日常的に放射光を利用してきたユーザーが光源を整備する苦労を理解することとなったことと、リングが老朽化したKEK-PFも若い世代のKEK-PFの職員が危機感をもち真剣に新光源に取り組むようになったことである。結局、加速器を生み出すのも、そしてそれを生かすのもヒューマンファクターである。熱意と意欲のある若い世代の職員を擁する建設主体なら「誰がつくるの?」という問題はない。

 

危機は好機と考えよう

2リングが同じエネルギーカテゴリにあるため二者択一しかないと考える人が多い。KEK-LSを回折光源に近づける、再生可能バンチ制御、マイクロアンジュレータ、スワップアウト入射、などで両者を差別化すれば良いのではないか。一方でSLiT-Jが目指す新しい「ビジネスモデル」は新しい放射光利用のきっかけになる可能性がある。事実、現在多くの放射光利用は別記事にあるように、SSRL方式を流用しているにすぎない。そろそろ変革があっても良いとは思う。しかしソフト(運用)面だけ変革しても、ハードウエアの手を抜けば日本の放射光は世界の先端からはこれから久しく遠ざかることになるだろう。

悩ましいのは加速器は「つくり続けないと技術が失われる」ことで「飛ぶことを忘れた鳥」になってしまうことだ。現実的に考えるべきだという意見があるだろう。しかし米国の「競争原理」が日本と根本的に違うのは、「機会が施設に平等に与えられ」、コミュニテイを引っ張る専門家のPeer Review を経て、「順次実現していく」実行力、またそのプロセスの透明性が確保されていることである。つまり個々の組織の利益よりコミュニテイ全体の利益を優先し、その順番を専門家が決めるというPeer Reviewに特徴がある。当然、公開の場で次期計画の提案は手厳しい洗礼を受けることになる。しかし専門家による批判は試練となり計画の視野を広めブラッシュアップされる好機となる。日本に欠けているのは専門家のPeer Review、特徴的なのはプロセスの圧倒的な閉鎖性にある。

 

この問題の根は想像以上に深い。昨今の原子力やレーザー・加速器など大型施設への対応で、現在の省庁体制が限界に来た感がある。コミュニテイも自覚して自分たちでビジョンをつくる必要がある。特に将来を見通すとレーザーと加速器の連携は避けらえない状況だが両者は疎遠なままである。また省庁を再編しても、赤字国債の解決が優先される中ではビジョンなき予算圧縮傾向が続くことになる。だが限られた予算の有効活用にはPeer Reviewと透明性の確保は必要な条件ではないだろうか。この問題についての詳細な議論は別の機会に譲る。

 

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