Diamond Ltd.にみる新時代の放射光運営

1980年以降、放射光源は目覚ましい発展を続けて、第3世代の高エネルギーリング、第3.5世代の3GeVリングが現在の主力となっている(注1)。第3世代以降の利用研究の標準化とユーザー層拡大は研究支援や運営の効率化も求められる事になった。そのため蓄積リングが放射光施設として独立して運営される傾向が強まった。ここでは蓄積リングの世代交代時に、運営組織を刷新して非営利企業(NPO)化した英国のDiamondを例に求められる運営組織のあり方について考察することにする。

 

(注1)高エネルギー円形加速器の「邪魔者」である放射光は先駆的な「寄生」利用(第1世代)で、その威力が研究者に認められると、専用リング(第2世代)が共同利用が本格化した。しかし第2世代の代表的リング、PF(日本)、NSLS(米国)、SRS(英国)はいずれも「高エネルギー加速器の一つ」として運用された。

 

英国がDiamondを企業化する理由

第3.5世代リングDiamondは非営利企業である。この点は他の放射光施設と大きく異なる。Diamondの正式名はDiamond Light Source Ltd.であり、所長の肩書きは「企業のCEO」である。企業といっても厳密には英国政府と大型施設を管轄する科学技術評議会(STFC)が「共同出資」する企業形態のNPOである。英国がDiamondの運営組織を非営利企業とした理由は、放射光の多様性(学術・産業)と(ユーザーを顧客と見たときの)サービス効率化のためである。ただし実験が有料化されるわけではなく(課題が選定されれば成果を公表する条件では)無料で施設を利用できる基本的な従来のスタイルに変更はない。

Diamondを3GeVリングとした理由は(EUを脱退しても)英国の研究者はESRFが利用できるので、国内には3GeVリングが1台あれば十分という判断からである。施設は500名の職員によって運営され、国内外から7,000名の研究者が利用するDiamondは欧州ではESRFに継ぐ規模となる。

 

Diamond蓄積リングの概要

周長562mの3GeVラテイスは最新の設計ではない。そのため現在は、DiamondIIへのアップグレードの検討が進められている。具体的にはDDBAから5BAまでのラテイス変更が比較検討されていて、それぞれエミッタンス270pmrad、140pmradとなる。欧州では2.4GeVのSLSがアップグレード250pmrad、2.75GeVのSOLEILが500pmradへ低エミッタンスを目指している。欧州の第3.5世代リングのエミッタンスは1nmrad以下となり第4世代リングに衣替えする。

Diamondで稼働する30本のビームライン(20台のアンジュレーターを含む)は、蛋白構造解析(6本)、表面・界面(6本)、分光(6本)、環境工学と工学一般(4本)、物質科学(4本)の5サイエンス・カテゴリに分類される。Diamondはアウトプットを最大にするように、下流側からサイエンスごとにビームライン・ステーションを整備した。専用ビームライン・ステーションはリングを運営するDiamond Ltd.の「ポートフォリオ」である。

 

SRSから生まれたDiamond

Diamondを理解するには第2世代リングSRSの事後評価が参考になる。高エネルギー実験施設であるダレズベリー研究所に設置されていたSRSは、BNLのNSLS、KEKのPFと並んで80年代の世界の放射光3極のひとつであった。28年間稼働したのちに2008年に停止したSRSの後継機がDiamond(第3.5世代)である。Diamond建設に際してSRSは厳しい事後評価を受け、同時に運営組織も見直された。

SRSは28年間に4.7億ポンド(約800億円)が投入された。28年間の稼働のマシンタイム(ビームライン・ステーションの総和)は約200万時間と公表されている。この28年間に発表された論文数は5000報、その中で高IF論文は年間平均10報、サイテーション数80,000。蛋白構造決定数は1200(1件はノーベル賞受賞)。経済効果については25か国から11,000名のユーザーが利用、4,000名の博士課程大学院生と2,000人のポスドクが研究に参加し、一般及び教育関係者の見学者は6,000人。230名を職員として雇用。

SRSからDiamondに受け継がれたユニークな特徴のひとつがインハウス技術を起業精神である。SRSの開発した技術で6名のスピンアウトが起業(注2)した。特許25件、ライセンス11件で年間収入100万ポンド(約1億7000万円を得ている。SRSは医療、薬剤開発などの分野で英国企業の売り上げ3億ポンドに直接的な寄与をした。

(注2)X線3Dイメージング分野では手荷物検査装置など非破壊検査のメーカーCXR Ltd、RF電源のe2VはSRSの開発した技術を製品化したメーカーでe2VはRF電源の分野で30年にわたり2億51000万ポンドの売り上げの主要企業になった。高速検出器用の計数システムを扱うQuantum Detectorsは世界の放射光施設で使用されている。また2結晶分光器はVacuum Generatorから市販されている。

新時代の放射光運営に求められるもの

第2世代蓄積リングの母体となった「高エネルギー実験施設」は国立研究所であったため国の管理下で、管轄される加速器のひとつとして大規模な共同利用が始まった。研究利用のスペクトルは広範囲な分野にまたがる。放射光利用が高エネルギー施設の「共同利用」のカテゴリに収まりきらなると、第3世代の放射光施設を契機にESRFやSPring-8のように独立した運営組織(注3)が生まれた。

(注3)独立組織の概念として最も古いのはPF建設計画立案時に考えられていた「放射光科学研究所」である。加速器科学から生まれ親離れしていなかった世界の情勢からすれば、この独立運営の概念は極めて斬新なものであった。

第3世代施設はユーザーの広範囲なニーズに答える放射光科学の推進力となったが、建設・維持コストも大きく、ESRF、APS、SPring-8以降の建設が困難となった。新規建設は財政難で停滞する恐れもあったが、アンジュレータや超伝導電磁石など光源技術の進歩により、実用的なX線領域はより低いエネルギー(低コスト)で実現できるようになると、欧州を中心に3GeV放射光(第3.5世代)の建設ラッシュが始まる。現在は第3世代と第3.5世代の両方が新しい磁石配列(MBA)ラテイスへの変更で第4世代低エミッタンスリ光源に生まれ変わる端境期であるが、運営組織にも新しい波が押し寄せている。

放射光利用は従来の高エネルギー加速器の共同利用とは異なる。共通の光源を使うものの、個々の研究が専用ビームライン・ステーションで同時に進行するからである。ユーザーには自分の研究に使える資源であるビームライン・ステーションの「使い勝手」が全てである。「使い勝手」がよければユーザーが集まる。結果として成果に反映され、施設間の競争と自然淘汰が起きる。

 

大型計算機の評価基準 RAS機能とは

ところで社会には病院、ショッピングモール、スパコンなど同様に「使い勝手」を巡って競争が激しい大規模施設が少なくない。これらの大規模施設では初期コストや維持経費が大きいため、「顧客(ユーザー)」を集めて費用対効果に反映させることが課題となる。科学技術の大型施設の評価基準を定義づけるのは困難だが、RAS評価と呼ばれる大型計算機の評価基準が参考になる。それらは次の3項目である。

・ Reliability(信頼性)

・ Availability(性能)

・ Sevicebility(サービス品質)

放射光にとっても信頼性と性能が必要不可欠であることは言うまでもない。これらは第2世代以降で驚異的な発展を見せた。第1世代のリングの信頼性は低かった。例えば筆者の経験したSSRL(現在のSPEAR3)リングではビームダンプが起こるとすぐ入射できないのでユーザーは一旦宿舎に帰るのが普通であった。復旧するのに5-6時間(注4)かかるからである。

(注4)入射器ソフトのダウンのためで、熱対策に問題のあるDECのPDP11というミニコンが夏場の暑さでヒートアップするとソフトのリロードに時間がかかるという説明だった。宿舎といってもSSRLにはゲストハウスはなかったので、モーテルに戻って仮眠をして過ごすことになるのだが、ここで眠り込んでしまうとアウトなので、必死に起きて朦朧としながら実験に戻る、という状態だった。

 

「信頼性」、「性能」の次は「サービス品質」

ビームダンプを経験することも滅多にないほど驚異的な安定性で快適な放射光実験ができるようになり、「信頼性」も「性能」も第3世代以降の施設間で差が少なくなると必然的にユーザーの評価は「サービス品質」に集中する事になる。近頃の電気製品でも同じで性能も信頼性も互角になると最終的に顧客を掴むのはこの項目である。

第3.5世代以降のリングでは重要度の高いビームライン・ステーションが最初から整備されるので、その使い勝手すなわち「サービス品質」の重要度が増す。病院で言えば、受付や診察の効率化、入院手続きの容易さ、大型計算機では自分のコードの優先度、与えられるCPU時間、相談員のクオリテイに相当する。放射光では課題申請から採択までの流れの迅速さ、初心者にも優しい操作法、実験準備や宿舎などのインフラ、交通の至便性などであろう。

 

国鉄民営化も郵政事業民営化も民間の「サービス品質」の優位性を認めて、体質を変えるためのものであった。高エネルギー実験施設が最も不得意な項目が「サービス品質」であるが、放射光運営のあり方を巡って同様な「民営化の流れ」が起きる可能性がある。実際の取り組み方は施設によって様々で、標準的な運営組織という概念は模索している最中と言えるかもしれない。Diamondが企業化したと言っても、本質的な利用の原理が変わったわけではない。企業組織のガバナンスに期待したのはサイエンスのニーズを第一に考える「ユーザー(顧客)第一の運営」と解釈できる。そのための組織をどう作るかは施設によって多様性があっても良い。それぞれの個性と文化があるので、それらを生かしてアウトプットが最大になる運営組織を作るのが良い。そのためのコミュニテイはすでに育ち成熟期にある。

「官から民へ」の掛け声で民営化・分社化はそのあり方についての議論や熟慮する時間を与えられなかったこともあり、必ずしも期待通りには行っていない。放射光の場合、初期コスト・維持費が国費で賄われる。少なくとも放射光の場合、民営化の真の意味は運営で利益を上げることではない。国税を投入した施設のアウトプットが最大になる運営組織の最適化にある。学術利用・産業利用の形態を最適化するには試行錯誤が必要だ。「官から民へ」の掛け声に踊らされずコミュニテイ全体の利益となる運営組織を目指すべきなのではないだろうか。

 

 

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