実現性が高くなったX線回折限界リング

米国とドイツの回折限界リングへの挑戦が活発化している。その推進力の一旦はMAXIVから始まるMBAラテイスの低エミッタンス化の流れである。MAXIVを代表とする3GeV放射光(第3.5世代)への期待はその後、第3世代リングのアップグレードや2GeVクラスのALSアップグレードにまで波及することとなった。

  

日本では低エミッタンス化への動向は3GeV放射光のもつれの底流でもあったが、もたついている間に現実的なX線領域(~10keVまで)の回折限界リングへの挑戦は別の性格のリング(注1)で始まっている。これらの中からダークホースが出てくるのだろうか。

 

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(注1)もともと放射光利用は高エネルギー円形加速器(蓄積リング)に寄生することで始まったが、1980年代に主流は専用蓄積リングにシフトした。

これは水平エミッタンスが電子の偏向角θの3次項で表現されるために、周長の長い高エネルギー円形加速器あるいはトンネルを再利用する蓄積リングの方が有利であるからである。そのようなリングとして現在一部をPETRAIIIとして放射光利用を行っているドイツDESYのPETRA、米国SLACのPEP、フェルミ国立研究所のTauUSRの3つがある。PETRA、PEPの回折限界リング化計画はそれぞれPETRAIV、PEP-Xとして提案されており、中でもPETRAIVはもっとも実現性が高い。

 

PEP-XからPEP-Xtraへ

PEP—Xは4.5GeV、周長2.2kmのリングでDBAハイブリッドラテイス(注2)、エミッタンス5x5pmrad、TauUSRは9GeVで1.5x1.5pmradをそれぞれ目標としている。

(注2)DBA16セルの低βセクションに挿入光源(アンジュレータ)が組み込まれる。

SPEAR3を所管するSLACはこの蓄積リングのアップグレードを継続してきている。2004年のアップグレードで3GeV、500mA、エミッッタンス10nmradの施設となったが、予定されている2018年夏の最終的なアップグレードで6nmradとなる。PEP-XはSPEAR3を上回る高輝度の回折光源として準備が進められている。米国の大型予算はDOEロードマップに従って、順番に予算化されるが、輝度スペックでSPEAR3とLCLS(LCLS2)の間に位置するPEP-Xは、APS-U、ALS-U、LCLS2に続いてやがて予算化されるであろう。Cornel ERLのように廃止宣告が出される場合を除いて、ロードマップにのればスケジュールに沿って順次、予算化されていく。もちろんロードマップにのるためには実績と全米・国際的な役割が明確であることが条件となる。PEP-Xの原動力となっているのはSPEAR時代から活躍するR. Hettel(Bob)である。

古い6角形のトンネルを再利用するPEP-Xの主な仕様は4.5GeV、200mAのエミッタンスが12pmradで、波長1.5オングストローム(8.3keV)での回折限界を達成する(Phys. Rev. ST Accel. Beams 15, 054002 (2012))。ただしリングエネルギー4.5GeVは最新の設計で6GeVに変更された。これは4.5GeV版の3.5mアンジュレーターの10keVでの輝度が1022 ph/s/mm2/mrad2/0.1%BWと最近の3GeVリング並であることと、水平エミッタンス86pmrad、垂直エミッタンス8pmradで、高々SPEAR3の1桁上で、MAXIV以降の3GeV放射光と第3世代アップグレード(第4世代蓄積リング)に比べて圧倒的な優位性はないためである。

ちなみに第3世代リングのアップグレードのエミッタンスは100-150pmradに集中している。ただし、2017年秋から建設が始まるBAPSは60pmradを目指す挑戦的な設計でPEP-Xを上回る。

 

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Credit: Hettel

 

新しい設計でのPEP-X(PEP-Xtra)はPEPトンネルを修正して、真円軌道とMAXIVの7BAラテイスとなる(上図)。円形軌道の採用で5mの短直線部48箇所と120m長直線部が入射用に確保できる。短直線部は軟X線FELビームラインとして計画されている。PEP-Xの輝度は10-40keV以下のエネルギー領域で1022-1023 ph/s/mm2/mrad2/0.1%BWで ALS-IIの輝度スペクトルを硬X線領域にシフトした形になりAPS-IIをしのぐ。

しかし新PEP-Xが意識したのはコヒレンスで(TauUSRを除けば)米国リングに差をつけるPETRAIVである。リングに大きく手を加えて性能を引き上げ、PETRAIVに対抗できるようにするための設計変更である。PEP-Xの新設計はPETRAIVに対抗したものであるが、注目すべき点はFEL化を意識して短バンチ長(1ps)を目指していることである。古い設計ではトンネルに手を加えないためコスト的に楽でも先端的なエミッタンスは狙えないし、まずDOEロードマップにのせるのが難しい。

FEL化ではラウンドビームではなくなるが、波長15nmでLCLS2より高繰り返し率が実現する。何と言ってもLCLS2に比べて圧倒的なステーション数の多さで多くのユーザーに軟X線FEL光源を供給できるところが特徴である。FEL化には蓄積リングの電子のエネルギー広がりに対応する特殊なアンジュレータ(Transeverse Gradient Undulator, TGU)を用いる。

回折限界リングでSASE FELを実現できれば(少なくとも)軟X線領域のFEL実験を多くのユーザーが行えるようになる。さらにXFELOへと発展できる可能性も残している。その技術開発のため、また軟X線FELの光源の普及にPEP-Xの役割は大きい。

 

PETRAIV

PETRAIVはエミッタンス1nmradの6GeVリングPETRAIIIの周長(2.3km)を生かして、エミッタンスを10pmradに下げ、10keVで回折限界となる真のX線回折限界リングを目指している。

2007年に衝突リングHERAの閉鎖とともにPETRAリングは2.3kmのうち300mを放射光利用にコンバートして、14ステーション(30台の実験装置)を立ち上げた。2017年には分野ごとに5回のワークショップを開催してサイエンスを煮詰めた上で、マシン設計に入ると見られる。現在の100分の1のエミッタンス(10pmrad)と10keVでの回折限界達成は実現すれば世界初となる。注目すべき点は1nmエミッタンスが目安となる先端的な蓄積リングの中にあって多くの新規マシンが100pmradとその1/10の低エミッタンスを目指して、MBAラテイスの改良にしのぎを削る中で、周長のアドバンテージを生かし1/100の10pmradエミッタンンスという究極の目標を掲げたことである。

 

PETRAIVが10keVでの回折限界にこだわるのは具体的なサイエンス・コミュニテイの強い要望に支えられている。その一つがX線イメージングである。PETRAIVは原子イメージングを実現するためのツールなのである。生態系、触媒、バッテリー、デバイスなどの構造・機能のオペランド解析にX線イメージングは強力な研究手法であるが、その空間分解能がエミッタンスの依存度が高い。イメージングや分光などX線ナノツールの開発のもたらす波及効果は計り知れない。

PETRAIVはそれを実現するためのツールという位置付けで、ごく自然にPETRAIIIのアップグレード計画が生まれたのである。リングの改造といってもラテイスを作り変える作業となるので、新しいリングを建設するといっても過言ではないが、トンネルと電源供給が再利用できることのメリットは大きい。経済性も考慮した上での計画で、今年度のワークショップでサイエンスの要求が出揃えば2018年にCDR作成が予定されている。アップグレードは2024年度から始まり2026年までに完成する。PETRAIVはFlash、European XFELと隣接する絶好のロケーションである。PEP-XがLCLS、LCLS2と隣接するのと同様に今後10年間はどちらの施設もSACLA-SPring-8同様、FEL-蓄積リングの集約施設として世界の先端に位置することになる。

 

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Credit: PETRAIII/DESY

 

ビジョンの立案はコミュニテイの責任

筆者の印象ではPETRAIIIに至るDESYの実績と堅実なビジョンの実現力から見て、PETRAIVの着工は間違いないし、完成すれば古い設計のPEP-Xをはるかにしのぐので、PETRAIVが完成すれば古い設計のPEP-Xではその意義が薄れることになっただろうが、PEP-XtraはしっかりPETRAIVを意識してスペックアップをした。しかしそれでもPEP-Xtraの役割は案外、FEL化にあるのかもしれない。

回折限界リングが稼働しだす2026年に3GeVリングがどこまでエミッタンスを下げられているのか興味深い。PETRAIVを推進する背景には周長とエネルギーという絶対的な優位性を発揮させたドイツらしい計算高さがある。回折限界リングを回折限界リングとして使うドイツとFEL化を目指す米国のどちらが先陣を切るのか興味深いものがある。

一方でプラズマ・ウエークフイールド加速器が追いつく可能性もあり、これから先の10年は波乱も予想される。3GeV光源の目先の利用に一喜一憂するのは視野が狭い。ビジョン策定能力に日本人が劣っているとは思えない。着々と仕事を進める欧米と何か差があるとしたらコミュニテイがビジョンを作り上げるという自覚なのではないだろうか。誰かが作ったビジョンに従って生きていく、その受身的な姿勢が問題なのかもしれない。

 

なおPETRAIIIについてはこれまでの記事を参照していただきたい。

ドイツ電子シンクロトロンDESY出張記

異色の高輝度光源PETRAIIIの実力

 

 

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