動きだした3GeV放射光〜もつれの解消に向けて

「3GeV放射光」の建設のもつれは我が国の放射光の未来に暗い影を落としていた。SLiT-JとKEK放射光がどちらも先進的な3GeV計画であったが、どちらかの3GeV光源の建設が優先的に進められるかの決定がなされず、建設提案が一本化していない「もつれた」状態が長く続いた。

 

3GeV光源の「もつれ」のリスク

3GeV光源の提案の「もつれ」(Entanglement)により、3GeV光源建設の時期を逸する恐れがあることは放射光コミュニテイの利益とならないことをこのコラムでも繰り返して訴えてきた。

混乱の一端は「3GeV放射光は1箇所」すなわち、SLiT-JとKEK案の2者択一にしかない、という誤解にあったかもしれない。前者は地域型・産業利用の新しい運営形態に特徴があり、後者は全国共同利用の次期マシンである。むしろ位置付けと利用者の重複は少なかったが、コミュニテイは混乱に陥った。また計画の不透明さや推進母体側の情報公開が遅れ、KEKについては最終結論が遅れたことも混乱に繋がった。

このコラムではこの危機的問題の本質を以下の記事で取り上げ、両者を時間差をつけて建設するべきであるとした提案をしてきた。今回、「2016年度量子ビームサイエンスフェスタ」(2017.3.14-15、つくば市)サテライト会議として開催された「第2回KEK放射光ワークショップ」において、SLiT-Jに先行建設の機会を与えKEKも個別に3GeV放射光への取り組む基本方針が明らかにされた。これによって長く続いた「もつれ」は解消される見通しになった。

 

1,「もつれた」3GeV光源の行方とそのリスク

2,「3GeV放射光」のポテンシャル〜止まない雨はない

3, フォトンイン・フォトンアウト分光と3GeV光源

4, 3GeV光源のもつれの原因〜軟X線光源についての再考察

5, アンジュレータ設計思想の変遷

6, 先端大型施設の整備と予算化について〜コミュニテイ主導型へのシフト

7, 4つのシナリオで考える国内の放射光の未来

8, 放射光リングの持続性について〜加速器の経済学

9, 日本の放射光施設の危機

 

シナリオDとは

筆者は解決に向けていくつかのシナリオに分けて可能性を議論してきたが、今回明らかになった状況は、シナリオDに近い。復習しておくとシナリオDとは以下のようなものであった。

「3GeVリングを2箇所にSLiT-JとKEK-3GeVリングを独立して設置する。先行させるのはSLiT-Jで、2年の遅れでKEKリング建設となる。」ここで2年の時間差の根拠はSLiT-J建設期間を配慮したものであるが、フォトンファクトリーの老朽化が進んでいることからも妥当と考えたからである。

今回、KEKが明確にしたのは以下の3点である。

・KEK計画はSLiT-J計画の実現を妨げるものではないこと。

・SLiT-Jの平成30年度概算要求を認めること。

・SLiT-Jの実現に向けて協力すること。

 

KEK放射光がSLiT-J計画とは別に建設計画を練り直して時期をずらして概算要求を目指すことになる。また「練り直す」という表現は昨年作られて公開されたCDR(建設計画概念)に寄せられた意見を取り込み、より現実的な最終版CDRを完成して、技術検討に入るという意味である。

筆者の印象では「第2回KEK放射光ワークショップ」の特徴はKEK放射光計画をハード面よりソフト面に注目して検討が進んでいることに尽きる。トップダウンにならざるを得ない挿入光源、ビームラインなどのハード面の概念設計の進展よりも、ユーザーグループの要望をふまえた施設運営の問題に正面から取り組む姿勢が印象的であった。

 

8BAラテイスは変更なし

加速器については昨年の8BAラテイスの中心に作られた高β直線部に計4個の四重極電磁石が挿入されたことと熱負荷の大きいMPWを真空封止型として熱負荷に対応させたことが変更点である。8BAラテイスはそのままなので細部の改良が進められていることがわかる。IBSを考慮したエミッタンスは200pradとなる。

ただし本コラムで取り上げたALSの「再生可能」バンチマニピュレーション技術(PSB-KAC)やスワップアウト入射など先進的な加速器技術は見送られた。また各国で盛んになってきた超伝導アンジュレータも採用しない。

世界初となるMAXIVのMBAラテイスの安定運転もできていない現状と経済性を考慮すれば、当を得た判断なのだろう。また中国のBAPSがIBSを含めてのエミッタンス60pradを目指していることを考えると、必ずしも低エミッタンスの先端に立つ設計ではないが、安定なビーム供給が先決であるとした設計と考えられる。1nmrad を切ったところでの数値競争に意味があるとも思えない。

 

SLiT-JにしてもKEK放射光にしても、来年からの概算要求に向けての作業量は多い。どちらにとっても未経験の道を歩むことになり、多くの苦難が予想されるがひとまず、最悪の停滞時期は去った。筆者はこのような時期がやがて訪れることを期待して、「止まない雨はない」と表現した。その通りに雨は止んだのだが晴天を迎えるにはまだ相当な努力が必要だと思われる。技術や経済面の壁が高いことはもちろんだが、旧式化したのは装置だけではない。運営・組織の「若返り」は日本の研究機関が抱える共通の問題である。

かつて「研究所20年論」というのがあった。研究所を新設して研究者を同時期に採用すると、20年後に全員が高齢化して沈滞する、というのである。結局、「3GeV放射光のもつれ」で見えてきたものは人間・組織が年とともに柔軟性を失った結果なのかもしれない。

雨が止んだサイエンスフェスタ会場を後にすると、空気は澄み渡って清々しい気分になったが、風が強くなった。将来を予想すると暗澹としてはいられない。

 

追記:見えてきたゆく手に立ちはだかる壁

最終日の今日(3月15日)はMLFとPFシンポジウムが行われた。両方に出席したかった筆者は2016年度のMLF運転報告と将来計画のセッションのみMLF、それ以外はPFシンポの会場にいた。

 

MLFの運転報告での最大の問題は昨年不具合があってシャットダウンを余儀なくされたターゲットについてである。試作の8号機でメンテナンス後の安定運転が可能になったが、設計はまだ最終的になっていない。9,10号機を試作していく中で最良な設計に落ち着くという予想で、目標の出力の達成が容易ではないことが明らかになった。

MLFの提案した将来計画(案)で中心となるSecondary Target整備にユーザー側から批判が集まった。現実的でないとする意見やユーザーサイエンスからスペックを決めるべきだとする意見、現在のターゲット改良で目標出力を達成することを優先するべきだという意見である。さらにそのサイエンスについても現在の物質科学偏重から脱却して、生命科学を含む幅広い分野の研究者も取り込むべきとした意見が相次いだ。

 

「加速器ありき」「加速器をつくってからユーザーを集める」というトップダウン的方法論が陳腐化した印象を受けた。この印象はPFシンポでさらに強まることになった。ここでは3GeV放射光(KEK-LS)をどう建設していくかというサテライトを含むフェスタでの中心課題に突っ込んだ議論が行われたが、それは主に3つの問題に集約される。

 

・SLiT-JへのKEKの建設協力の意味

SLiT-Jの2018年度概算要求にどのような協力をするのか。アウトステーションを建設、運営するとPF・ARの運転計画に支障をきたすのでは?

この問題については物構研所長によってPF・ARの運転を最優先とすることが明確に保証された。

・KEK-LSの運用形態の議論

多様化する放射光利用に対応する新たな運用形態とは?

KEK-LS CDR(Ver.1)は3つの利用形態を考えているが、それ以外の利用形態についてもユーザーの希望に応える利用形態も検討していく必要性が認識された。ここで根幹となる大学共同利用について、見直しを進め場合によっては新たな枠組みも検討していく方向性が施設とユーザー側の合意として確認された。特に大学執行部の放射光利用の理解度が低いことが多くの大学に見られるので大学へ効果的なアピールの必要性と施設側でも論文発表のデータベースの徹底などの双方の努力の必要性が認識された。

・SLiT-Jの建設とKEK-LSの予算的共存の可能性

SLiTーJの先行建設とKEK放射光の両立すなわち3GeV放射光を2箇所に建設する予算化が現実的でないとする意見があり、KEKも(時間差をつけても)両方への予算化は困難な道のりとなることを認めた。SLiT-J建設・立ち上げに4-5年かかるので予算化までの1年を考慮すると、KEK-LSが概算要求できるのは5-6年後となる。

この期間に技術的概念設計とR&Dが行える点では余裕があるものの、SLiT-Jのアウトステーション建設に予算を使えばPF・ARの2加速器運転に資源を分配すると加速器運転時間の縮小につながる恐れもある。

いずれの課題も重要な問題であるが、これらの議論の中でKEK-LSを推進する立場にあるPF、MLFとPF・ARを抱える物構研、そしてその物構研に加えて本業である高エネルギー加速器科学を支える屋台骨、KEKの立ち位置の違いと利益相反が微妙なズレを生んでいることが明確になった。そうした指摘が実際の研究を支える若手研究者から出てきたことは何を意味するのだろうか。こうした意見が集約され組織内外の大きな流れが形成されれば、一種の自己浄化作用として働き、陳腐化して閉塞感の漂う研究組織や文科省の枠組み(大学共同利用)までもが変革され若返りを果たせるかもしれない。

 

(復興の意味もあるとはいえ)文科省がSLiT-Jを優遇する理由は何なのか。放射光学会が優先権を与えた3GeV放射光施設整備の支援以外に、何か理由がありそうだ。新しい研究の取り組み方(施設運営)に期待する、というメッセージが込められているように思える。新しい施設でしか実現できない新しい「放射光利用形態」を試みて欲しい、という期待である。

 

2箇所の3GeV放射光を予算化し建設・維持するには現実的には多くの難関があるだろう。最適な運営形態を編み出すことについてもそうである。しかし持ち腐れの加速器のシャットダウンなど整理統合の(ある場合には苦痛を伴う)必要性がある。そういう意味では設備整備だけでなく施設のスリム化と運営組織・利用形態を抜本的に改革する好機ともいえるのではないか。

雨は止んだがいよいよこれから平野部に吹き下ろす風が厳しくなる。この季節の冷たい風をしのげばもうすぐ桜の季節となるのだが。

 

 

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