NSLSIIのビームライン整備計画〜第2世代リングの明暗

米国のブルックヘブン国立研究所(BNL)にはJFKから車でロングアイランドエクスプレスウエイ(I495)で行くしかない。この高速は恐ろしく単調でおまけにNY市内から郊外の自宅へと帰宅する人たちのラッシュに重なると、渋滞で運転者の精神的苦痛が大きい。そのBNLにある放射光施設NSLSはユーザーにとって不便な場所にあるにも関わらず、東部を中心とするユーザーの利用率は高く、ユーザーの強い要望を受けてNSLSIIとして更新された。

  

第2世代光源の明暗はどこから

NSLSは2GeVリングとして出発したフォトンファクトリーの建設当時からのライバルであった。NSLSの2.5GeVに対抗して2.5GeVに変更したフォトンファックトリーは建設競争でNSLSIIを圧勝したが、NSLSは(これもまた混雑度が甚だしい)VUVリングを併設したことで、X線リングのキャパシテイでは水をあけられることとなった。

光源としてみればNSLSIIは旧式であり、ダンピングウイグラーで強引にエミッタンスを下げるラテイス設計はALSの加速器の専門家に言わせると「20年前の設計」なのだそうだ。それでも東海岸を中心とする国内ニーズを支えるX線リングとして充分な輝度スペクトルで、DOE予算のロードマップに食い込んだ。建設は順調に行き現在はビームライン整備が着々進んでいる。400大学からの2,200名のユーザー、年間900報の論文アウトプットはフォトンファクトリーとそう変わらない。では第2世代リングとして更新時期を同時期に迎えることとなったフォトンファクトリーとの差はどこから始まったのだろうか。何が明暗を分けたのだろうか。

 

NSLSの独特な放射光観

筆者はNSLSの優位性は過密な東海岸のユーザーの旺盛な需要に支えられている点にあるように思う。米国東海岸、特にNY市以北には重工業、電子材料、化学薬品の企業が密集している。NY市内からI95でボストンに向かうと陸側に立ち並ぶ煙突と密集する工場群はまるで日本の東海道線沿いの工業地域にそっくりで、産業の密度が非常に高いことに驚く。アカデミアと産業利用の両側面で放射光リングの利用率が高く更新の圧力も高かったことは想像に難くない。BNLの政治力もスムースな更新計画に大いに役立っている。NSLSへのワシントンの役人の来所も頻繁でその度にスタッフは丁寧に対応した。広報もリングの精密なモデルを作りアピールに努力を惜しまなかった。

何度NSLSのホールを訪れてもNSLSの「混雑度」、「高利用率」の印象は変わらなかったが、実験をしているユーザーと話をすると、光源について特別な興味はない研究者が多かったと記憶している。実際、挿入光源の利用研究ではフォトンファクトリーに文句なく軍配があがる。NSLSのユーザーの多くが光源に立ちいらなかった。これと対照的にALSでは実験者のほとんどが「光源オタク」である。

 

ユーザーが不便なNSLSに集まる理由

NSLSのユーザー環境はお世辞にも良いとは言えなかった。BNLのゲストハウスは古く構内を出ても周囲にはレストランもステーキハウスがポツンと1軒あるだけだった。またユーザーは車で行くしかないのだからレンタカーを自分で運転して行くか、リムジンのDoor-to-doorサービスで行くことになる。後者の場合は他の放射光施設同様に「陸の孤島」に置き去りにされる格好となる。I495を2時間走りうんざりしてきた頃、Stony Brookの標識と鹿出没注意の警告が目に入るとあともう少しである。Brookhavenの出口でI495を降りると広大な研究所の敷地が広がる。旺盛なユーザーの需要があれば「不便も方言」でのりきれるように思えた。NSLSIIへの交通はアクセスマップを参考にされたい。

なお通勤客用に列車も近くを通るので、原理的にはこれも利用できるはずなのだが、ユーザーの多くはBNL内外での車の必要性のためほとんどがJFKからレンタカー直行する。不便な陸の孤島がなぜ多くのユーザーを惹きつけるのかは行くたびに疑問であったが答えは簡単で、東部唯一のX線リングで十分なキャパシテイを備えていたからである。

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Credit: BNL 

 

NSLSIIの戦略は資料を参考にしてもらうことにして、ここでビームライン整備状況からNSLSIIの実力を見てみる。完成したビームラインは19本、建設中は9本で当初整備されるのは28本となる。ほとんどがNSLS時代に対応するビームラインのユーザーを抱えていることに「更新」の印象が強い。NSLSもアウトプットに結びつくユーザーを手放さないためにもリングの建設と立ち上げの期間が短い既存の技術を使ったとも考えられる。リングの加速器はビームパイプも架台も電磁石もいたって普通の従来型の設計となっている。専門家が見たら新しさは感じないだろう。ごく普通の加速器の組み方、部品に見える。

 

しかし完成している19本のビームラインうち16本が挿入光源、建設中の9本の4本が挿入光源で、建設中のものを含めると当初計画で挿入光源ビームライン20本という点に注目したい。つまりNSLSIIはNSLSのユーザーが挿入光源化でビームラインの性能を向上を要求した結果なのである。光源そのものの最先端設計を狙わず、最初から多数の挿入光源ビームラインの迅速な整備を狙ったことになる。リング建設と並行して19本のビームライン建設というのは元のビームラインスタッフ・が総動員されたと考えられる。持続性が成立しているのは所長以下のスタッフが変わらなかったことでもわかる。

 

整備されたビームライン一覧

2-IDSoft Inelastic X-ray Scattering(SIX): 軟X線非弾性散乱

3-IDHard X-ray Nanoprobe(HXN): 硬X線ナノイメージング

4-IDIntegrated In-situ and Resonant Hard X-ray Studies(ISR): In-situ共鳴X線

5-IDSubmicron Resolution X-ray Spectroscopy(SRX): サブミクロンX線分光

8-BMTender Energy X-ray Absorption Spectroscopy(TES): TenderX線分光

8-IDInner-Shell Spectroscopy(ISS): 内殻分光

10-IDInelastic X-ray Scattering(IXS): 非弾性散乱

11-BMComplex Materials Scattering(CMS): X線散乱

11-IDCoherent Hard X-ray Scattering(CHX): コヒレント硬X線散乱

12-IDSoft Matter Interfaces(SMI): ソフトマター界面

16-IDLife Science X-ray Scattering(LIX): 生命科学X線散乱

17-BMX-ray Footprinting for In Vitro and In Vivo Structural Studies of Biological Macromolecules(XFP):分子構造解析

17-ID-1Highly Automated Macromolecular Crystallography Beamline(AMX):ロボット分子構造解析

17-ID-2Frontier Microfocusing Macromolecular Crystallography(FMX): マイクロビーム分子構造解析

19-IDBiological Microdiffraction Facility(NYX): 生物マイクロX線回折

21-IDElectron Spectro-Microscopy(ESM): 分光イメージング

23-ID-1Coherent Soft X-ray Scattering(CSX-1): コヒレント軟X線散乱

23-ID-2Soft X-ray Spectroscopy and Polarization(CSX-2): 偏光軟X線分光

28-ID-2 X-ray Powder Diffraction(XPD): 粉末X線回折

 

これらのビームラインは現状の放射光利用研究のスペクトルを忠実に反映したもので新規の実験を想定したものでなく、現状のビームラインと測定機器の性能向上で可能となる「アウトプット向上」が目的であることがわかる。つまりNSLSIIは光源に新規性を求めず、「ビームラインを挿入光源で近代化する」、「ユーザーの需要に早期に答える」、ことを前提としているのである。NSLSはほぼフォトンファクトリーと同じ規模だったがNSLSII(下の写真)は周長792mと広い構内でもひときわ目立つ存在である。

 

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停滞する放射光を前進させるには

日本では3GeV-KEKの予算化が進まない一方で、よりコンパクトなSLiT-Jが(アカデミズムの知らない)水面下で進捗している。一方、3GeV-KEK(KEK-LS)は光源としての期待度が高い。そのため光源設計と建設に時間と労力・経費で予算化が必然的に遅くなる。しかし東北大キャンパス内に設置されることで実現性が高くなったとはいえ、SLiT-Jの当初計画は6本のビームライン整備である。産業利用には充分でもフォトンファクトリーの支えてきた東日本放射光ユーザー全体の需要を満たす規模ではない。またSLiT-Jが実現したとしても大規模なビームライン拡充計画がすぐ必要になる。ここにフォトンファクトリーの資源を持ち込めば中途半端な施設運営で運営責任の所在もはっきりしなくなる。

もちろん選択肢としてはそれも可能かもしれない。しかしフォトンファクトリーのユーザーと利用研究を引き継いで、それを上回るアウトプットを期待するには、SLiT-Jの当初ビームライン計画ではキャパシテイ不足である。

3GeV-KEKにしても光源の性能を追求し過ぎれば、ビームライン整備の経費が賄えず当初計画でビームライン整備を一気に行うのは難しくなる。目的、性格の異なるSLiT-Jを先行させるとしても(NSLSIIの例を見ても明らかなように、)フォトンファクトリーを先鋭化した新型光源が必要な事情は変わらない。またKEK-3GeVリング建設と引き換えに役目の終わった加速器(AR他)を閉鎖して、維持コスト(電力料金)を集中させるなどのコスト削減も含めKEK全体の加速器整理の努力も必要でになるだろう。

 

また光源の建設を全て施設に任せきる「過保護な」ユーザーも放射光への取り組み方を変える好機なのかもしれない。来所してサンプルを置くだけで良い、という態度をやめて、専用ビームラインをグループで整備して測定器を常設し研究室化することが望ましい。

「ファクトリー」から「ラボラトリー」にする必要がある。そのためには光源設計の人に全てを任せるのではなく、ビームラインのイメージづくりをグループごとに行い、光源設計がお互いを見ながら同時進行することが必要であろう。フォトンファクトリー建設時のカルチャーはそうだったはずである。

 3GeV-KEK(KEK-LS)の設計に携わる人たちはもちろんいい仕事をしてもらいたいが、現在のユーザーを引き継ぐとなると当初計画で少なくとも20本以上ののビームラインを同時に整備したい。ここで6本で済むSLiT-Jとの性格の違いがはっきりする。筆者はどちらも実現して欲しいと思っているが、NSLSIIのような実用的な光源と挿入光源ビームラインの量的整備のも悪くないかもしれない。究極の光源に固執すると設計をやり直してもERL路線と同じ基本的な壁を乗り越えられない「無限ループ」に入ってしまう危険性があるからである。

 

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