オンデマンド放射光となるALSアップグレード(ALS-U)

世界の放射光施設の中でエネルギーこそ1.9GeVと小粒ながらひときわ光を放つALSはアップグレード(ALS-U)で軟X線リングの頂点に立つことを目指しDOE予算獲得への一歩をクリアした。ALSが設置されているバークレイ地区はサンフランシスコの対岸にあり、全米でも有数のアカデミックインフラである。

  

バークレイについて

米国大学学術ランキング第4位のカリフォルニア大学バークレイ分校と国立ローレンス・バークレイ研究所(バークレイ研究所)が隣り合っているこの地区は対岸のスタンフォード大学と並んで、西海岸の学術的な拠点となっている。米国の国立研究所のマネージメントは近隣の大学が行うことになっている(注1)。

例えばアルゴンヌ国立研究所はシカゴ大学、オークリッジ国立研究所はテネシー大学であるが、バークレイ研はカリフォルニア大学バークレイ分校で、両者の関係はマネージメントというより共同研究機関に近く研究者の交流、兼任が多く密接な協力関係にある。筆者は生命科学、ナノ科学の研究層が厚いと感じたが、ALSのユーザーもこの2分野が特に多いように思う。スタンフォードがポロアルト(シリコンバレー)に近く、電子材料分野が強いのと対照的である。

キャンパスが手狭であることはバークレイが抱える深刻な課題である。学生を全国から集めて研究拠点とするため、湾内の突端にあるリッチモンド島(下の地図)に新キャンパス構想を持っている。都心のキャンパスが手狭になると新キャンパスを郊外に作るのは世界的な傾向らしい。 多くの場合、近郊のキャンパスは学生たちには人気がない。今のバークレイキャンパスに慣れた学生たちはも離れたくなさそうだ。

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Source: haasinstitute.atavist

(注1)マネージメントを大学が行う理由は筆者の友人の話では国立研究所の社会保障が大学同等に保証されるためだという。米国の国立研究所は予算削減で毎年20%の人員整理が行われるなど社会保障で不安のある状況を打開するためということであるが、マネージメントの透明化・効率化にも役立っているのだろう。なおオークリッジ国立研究所の場合、縦と横の」2次元的なマネージメントシステムで知られるバッテル研究所という委託研究企業もマネージメントに参加している。

 

個性的な光源ALS

研究者にアジア系が極めて多く競争も非常に激しいが、何か新しい現象を見つけるとあっという間に研究者の輪ができて、即席の「オールスター」研究グループができあがる。私の知る限りこのバイタリテイはずば抜けている。バークレイ地区は米国では珍しく建物同士が近接していて、一部の建物前の道路の縦列駐車はほとんど不可能である。バークレイキャンパスに設置されているALSもまた限られたスペースにぎっしりとビームラインが詰め込まれている。

放射光のエネルギーは専用リング時代(第2世代)を迎えて2GeVクラスが標準化した。その後の第3世代では挿入光源(アンジュレータ)の1次光エネルギー上限を硬X線領域にするため、オーバー6GeVクラスとなったが、挿入光源の進歩によって、高エネルギー領域を除けばリングエネルギーを3GeVとした第3.5世代リングが主流となっている。

その第3.5世代の発展系と第3世代のアップグレードが低エミッタンス光源(第4世代)を目指して展開しつつある。日本の3GeV光源計画、SLiT-JやKEK-3GeVもその第4世代の光源である。ALS-Uを模式図で表現すると下のようになる。新しいリングを現在のトンネルに収めるのは制約が大きい難しい仕事だが、ALSの200名の職員は建物をそのまま使うALS-U案を誇りに思っている。それほどサイズは小さいが存在感の大きい施設なのである。

 

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Credit: ALS-U

 

3GeV以下で第4世代光源は可能か

3GeVリングが主流となる現在でも2GeVクラスの光源の役割はあるのだろうか。実はALSはリングエネルギーが1.9GeVであっても、超伝導偏向電磁石(スーパーベンド)で局所的に電子ビームの曲げ角を小さくして輝度スペクトルを高エネルギーにシフトしているので、実質的に3GeVに見劣りしないビームラインも持っている。(注2)

(注2)スーパーベンドは実は日本の住友電工が製造したオーロラという小型放射光リング(現在の立命館放射光)でVUVリングサイズでも(露光に必要な)X線を発生させるために編み出されていた。BESSY-IIやあいちSRで運用されているが、ブラジルで計画中のSiriusでも使われる。

 

リングエネルギーが1.9GeVの光源は軟X線領域の分光科学に適しているが、実際にALSの軟X線分光・イメージングでは世界の先端にある。ALS-Uは建物をそのまま使うのでリングの設置場所も同じである。このことはリング設計に大きな制約となるが、バークレイ地区の混雑度からすれば新しい建物の建設は選択肢になかったのだろう。ALSはSPEAR、APS、NSLSIIとの棲み分けを意識し、分光・イメージングは1.9GeVリングで事足りると考えているようだ。

2016年9月にALS-U計画はDOEの予算申請の最初の段階(CD-0、Critical Decision Zero)に到達し、レビューに進むことになった。新しいMBAラテイス・リングは現在のリングの場所に設置される。計画ではAPS-UがMBAラテイスによる低エミッタンス硬X線リングであるのに対して、低エミッタンス軟X線リングであることを主張しているが、下図に示したコヒーレントフラックスは第4世代リングの中でも突出しており40keV以下では最高値となる。

 

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Credit: ALS

 

なおバンチを切り出してコヒーレンスを高めるにはバンチスライシング法(A. A. Zholents and M. S. Zolotorev: Phys. Rev. Lett. 76, 912 (1996).)がある。バンチを傾けて一部を取り出すバンチ回転法はSPring-8アップグレードでCRAB空洞を用いた短パルス発生が計画されている。このようなバンチマニピュレーションは精力的に研究されている(A. Zholents, P. Heimann, M. Zolotorev, and J. Byrd: Nucl. Instrum. Methods A425 (1999) pp.385-389; M. Katoh, Jpn. J. Appl. Phys. 38 (1999) pp.L547-549)。これらのバンチマニピュレーションはいずれもバンチの一部を利用知るものであるが、「再生可能」バンチマニピュレーション技術がPSB-KACである。

 

オンンデマンド放射光源とは

ALS-Uではポンプ・プローブ実験のための1MHz以下の繰り返し率で高ピークパワーの短パルス実験に適したマルチバンチビームを検討している。その一環として特殊なキッカー磁石を用いてマルチバンチの一部のパルスのみを一時的に実験に用いることができるPSB-KACと呼ばれる手法(下図)を計画している。

 

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Credit: Berkeley Lab

マルチバンチから短パルスを切り出す試みは世界的にも注目されており、マルチバンチに影響を与えずに実験に都合の良い短パルスを必要としているステーションに「オーダーメード」で供給することが可能になる。キッカー電磁石で別軌道に入った電子は数回リングを戻った後、元の軌道に戻される仕組みである。なおPSB-KACのPSBはPsuudo-single-bunchの略、KACはKick-and-cancelの略で、現在は6.0.2アンジュレータビームラインでフェムト秒〜ピコ秒領域のポンプ・プローブ実験に利用できる(J. of Synchrotron Rad. 22, 729-735 (2015))。

PSB-KACで利用できる数100ミクロン程度位置をずらした軌道のバンチをカムシャフト・バンチ(注3)と呼ぶ。下の図の例では狙った挿入光源10.3で1周目で+10μm、2周目で-154μmのシフトが得られる。このようにマルチバンチでも特定ステーションの実験者からみてシングルバンチのように使えるので実験者にとっては「オンデマンド」放射光となる。バンチスライシングと異なりマルチバンチは保存されるので「再生可能」となる。

(注3)カムシャフトはエンジンのバルブ開閉を行うカムを駆動する軸のことで、局所的に折れ曲がるが一本のシャフトとなる。カムシャフト中心から見ると各カムは上下して元に戻るように、バンチは曲げられても元に戻っていく。

 

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Credit: researchgate

PSB-KACのようなバンチマニピュレーションはポンプ・プローブによるフェムト秒時間域の時間分解分光に都合が良いだけでなく、光学素子の熱負荷と試料の放射線損傷も低減できる。

 

日本の3GeVの行方

繰り返しになるが日本の3GeVリングはSLiT-JとKEK-3GeVの二つの案が浮上しあたかも競争関係にあるとされているが、それはリングエネルギーで比べた場合で、それ以外は重複するところは少なく両者の棲み分けができていると筆者は考えている。

両方とも第4世代光源であるが、SLiT-Jは(独特なビジネスモデルの)産業利用を目的とした地域光源であり、KEK-3GeVはPFを置き換える全国共同利用光源となる。後者は米国ではNSLSIIに相当すると考えれば、立ち位置が明確になるが、SLiT-JははALS型なのだろうか。

共同利用であれ産業利用であれ光源の付加価値を高めることと高輝度の代償としての熱負荷を低減する「再生可能型」バンチマニピュレーションが重要になると思われる。巨大な光源を新設することはバークレイ地区では物理的に不可能であるばかりでなく、加速器の知恵を絞り出して付加価値の高い光源をつくるALSの態度には好感が持てる。

 

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Source: stemcellcenter.berkeley.edu

 

蛇足になるがバークレイヒルズと呼ばれる高台にあるALSはキャンパスを見下ろす(上の写真)。なおバークレイを訪れる際の筆者のオススメは正門前のバークレイ・トラベロッジである。トラベロッジは星2つの宿泊施設(モーテル)だがロケーションの良さもあって評価は高い。

最後に筆者の印象を付け加えさせてもらえると、ローレンスバークレイ研究所は加速器科学が強く、軍事研究はローレンスリバモア研究所に移ってはいるが、DOEらしさは隠せない。2009年にオバマ政権がエネルギー長官に任命したステイーブン・チュー博士は所長であったことからも推察できるように、(表面上はアカデミックに見えるが)連邦政府と結びつきの強い研究所である。仁科サイクロトロンも軍事兵器扱いで解体されて東京湾に沈められたし、加速器=軍事技術の分類が根底にあるのだろう。加速器科学の宿命でもあるのかもしれない。

 

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