加速器と磁気浮上列車の接点〜ハルバック配列

クラウス・ハルバックはローレンスバークレー研究所でハルバック型アンジュレータ(Journal de Physique, C1 (1983) 211-216)を開発した物理学者学者で挿入光源のパイオニアとして、第3世代放射光の発展に果たした役割は極めて大きく、挿入光源に携わる研究者で知らない人はいない。

 

クラウス・ハルバックの履歴書

ベーゼル大学では博士号を取得したハルバックは1957年からスタンフォード大学で核共鳴の父と言われるフェリックス・ブロッホを師としてプラズマ物理の研究を学び、バークレー研究所で加速器設計の仕事を始める。彼の開発した挿入光源設計の計算機コードPOISSONはこの頃の仕事である。

さて永久磁石に取り憑かれたハルバックの偉大な仕事の一つはハルバック型アンジュレータ(下図)であるが、彼は双極子、4極、6極電磁石の設計にも取り組みのちのALSの優れた高輝度光源性能も彼以来伝統的となった電子ビーム収束の奥深い知見によるところが大きい。

 

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Credit: Wikipedia 

ハルバック型アンジュレータでは磁極を交互に逆転させたこの図の下の交代磁極配列で光速に近い速度に加速された電子を局所的に曲げて放射光を取り出すものである。

 

ハルバック配列の磁力線の分布を以下に示す。この配列によってひとつおきの磁石の磁場を倍にすることができ局所的に電子を曲げるのに都合が良い。全てのアンジュレータの基本となるハルバック型アンジュレータは小さな磁石で局所的に磁場を大きくする為に編み出された加速器技術であった。

 

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Credit: p-brane.com

 

ハルバックはところでもう一つ大きな功績を産業応用に残している。それは磁気浮上列車の原理(インダクトラック)に使う磁石列のハルバック配列(下図)である。ハルバック配列では磁極を1個置きに反転させ、間に置かれる磁石は直交する磁極が対抗して配置される。

 

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Source: K & J Magnetics

 

ハルバック配列では磁石列の片側の磁場のみを強くする非対称な磁力線分布に特徴がある。また近年、偏光制御の目的で開発された様々なエキソチック光源はハルバック配列を発展させた複雑な磁石配列を持っている。厳密にはハルバック配列は独立に報告されていたが、それを荷電粒子ビームの収束に応用したのはハルバックである。身の回りにあるハルバック配列はピンアップ・マグネットやマグネット・シートであるが実は後述する重要な産業利用がある。

 

EMS (Electro Magnetic Suspension)

ここでしばらくハルバック配列から離れて、重要な磁石の産業応用であるマグレブトレインについて説明する。現在、営業運転で世界最高速度(430km)を誇る上海のトランスピッドは下図に示すEMS(Electro Magnetic Suspension)と呼ばれる方式で、浮上には車両下部の永久磁石と軌道に埋め込まれたコイルが使われる。車体の水平方向の安定化には軌道側面のガイドコイルによる反発力のバランスをとる。

EMS方式は磁気浮上といっても、磁石の吸着力を利用して重力に逆らって「吊り上げる」ことになる。軌道を車体が覆うので事故があっても車体が軌道から飛び出すことがない。また浮上力は通電している限り持続するので低速走行時や停車中も浮上したままである。もともとドイツ国内の高速鉄道網を目指して開発されたが、国内では採用されず上海トランスピッドなど国際展開しているが普及は伸び悩んでいる。

 

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Source: emt18.blogspot.jp

 

JR-マグレブ

中央新幹線に用いるJR-マグレブでは車両の磁石に超伝導磁石が使われるが、その他大きな差は軌道側面に埋め込まれたコイルが反発力で車両を浮上させると同時に吸着力が働き両者がバランスして安定化させることで、浮上とガイド磁石が共有されることである。

このため低速走行や停車時には車体が接地するため、車両を支える車輪が必要となる。

 

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Source: Asia.nikkei

 

JRマグレブは浮上と駆動を一つ電磁石列システムで行うので、車体の浮上と上下左右の位置安定化が一体で運用されることになり、車体の安定化が浮上の絶対条件となるのでガイド磁石の動作不良で軌道との接触は原理的に起きない。

JR-マグレブがEMSの先端技術であることに間違い無いのであるが最近、ハルバック配列の応用でインダクトラックという技術がハイパーループに採用されて脚光を浴びつつある。クラウス・ハルバックが加速器技術として考案した磁石配列がここにきて未来の超高速マグレブに採用される可能性が出てきたのである。

ハイパーループ(Hyperloop)は減圧チューブによる高速輸送列車構想で当初の空気圧浮上方式を磁気浮上方式に変更した。浮上と推進にはハルバックも在籍していたローレンスリバモア国立研究所の開発したインダクトラック(Inductrack)方式が採用された。インダクトラックの特徴は磁気浮上を車体の下部に固定した永久磁石のハルバック配列が導体の上を走行する際に流れる渦電流(誘導起電力)による反発で車体を浮かせることである。推進力は別に必要だが軌道に埋め込んだ電磁石に給電するEMSに比べると、浮上に関して電力が要らない。原理的には5km/h以上で浮力が発生するので補助車輪をつけて推進力を加えれば良いことになり経済性に優れる。

ハイパーループに関しては別記事を参照していただくことにして、そのメリットを簡単にまとめると、減圧チューブの中を運行する為に空気抵抗を減らせるので高速(音速まで)列車に適している。これまでのTMSマグレブに比べて走行時の誘導電流で軌道側の電磁石と車両側の永久磁石ハルバック配列の反発で浮上するので、誘導起電力の発生に導体を敷設するだけでよく、電磁石列を軌道に敷設する必要がない。電磁石へ通電も不要なのでさらに経済性が高い。サンフランシスコーロサンゼルス間の建設費がJRマグレブ方式だと700億ドル(東京大阪間中央新幹線とほぼ同じ約9兆円)であるが、ハイパーループはその1/10と試算されている。

 

ハイパーループで採用されたインダクトラック

ハイパーループは推進力をターボファンで行う当初の計画を推進用の電磁石を埋め込む方式インダクトラックに変更し、2016年に1km区間で試験運転に成功している。

 

 

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Source: sunlase

 

なお常伝導磁石にはアンジュレータで確立したNd磁石が使用される予定である。下に示すようにNd磁石により1970年代のSm磁石の発展を受けて1980年後半から加速器応用でNd磁石が使われる永久磁石の磁場は飛躍的に向上した。ハイパーループが成功するならば加速器科学(ハルバック配列)と日本が主導で進めてきた高性能永久磁石の恩恵によるところが大きい。

誘導電流はこれまで熱損失が大きく効率が悪いとされてきたが、熱損失を抑える工夫と希土類磁石のハルバック配列と組み合わせで、インダクトラックの実用化が可能になるかもしれない。

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Source: azom.com

 

ハルバック配列もインダクトラックもローレンスバークレイ研究所の研究者が開発した技術である。放射光の世界でもALSは2GeV以下の電子エネルギーでも超伝導偏向電磁石(スーパーベンド)とビーム収束技術でALSアップグレードは軟X線〜Tender x-rayの第4世代光源として最新鋭の光源でさえ追随を許さない。

2000年にハルバックはこの世を去ったがその夢は磁気浮上列車で実現される日も近い。JRマグレブとハイパーループはコンセプトも浮上メカニズムも異なるがハルバックが共通のパイオニアである。

 

NEDO超電導プロジェクトに関わっていた筆者としてはJR-マグレブが時代に取り残されないことを祈りたい。すでに放射光リングのエネルギーがオーバー6GeVから3GeVにシフトした背景には進展著しい永久磁石アンジュレータの進展があった。ハルバック配列でハイパーループをきっかけに忘れられていたインダクトラックもひょっとしたら蘇るかもしれない。インダクトラックにも渦電流の熱損失という宿命的課題があるので、実用化にはこの壁を超えなければならないがネヴァダ州の実験期で1km区間で実走行に成功している。一体ハルバックはどちらに乗りたいと思うのだろうか。

 

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