放射光の戦略とは

世界の流れが3GeV放射光に傾く中で、中国は6GeVリング3強に近く仲間入りする。老朽化した北京の放射光施設の後継機となるBAPSでは2016年秋から建設が開始され、>6GeVリングは世界で5箇所になる。一方では世界の放射光のリングは3GeVとなっている。

  

残念ながら日本では3GeV計画の建設計画は先が見えない「もつれ」状況が長く続いている。3GeV放射光の必要性についいては何度か取り上げたので、3GeVリングと6GeVリングでは何が違うのか、また世界の6GeVリングの特徴と戦略がどのように違うのかについてまとめた。3GeV放射光の建設への見通しを良くしたいためである。

筆者の個人的な見解でだが、大雑把に言うと3GeVリングは回折実験を優先した6GeVリングに対して、分光手法が中心のリングと言えるのではないかと考える。専用リングを使った放射光の応用研究の歴史は分光手法から始まった。やがてX線回折(構造解析)の光源としての潜在能力が次第に明らかになるにつれて(注1)、結晶学者、蛋白構造解析に従事する分子生物学、薬学の研究者らが専用施設の建設計画を組織的に推進し、ESRF、APS、Spring-8(それぞれ6GeV、7GeV、8GeV)の順にエネルギーの高い第3世代リングが建設された。

(注1)1980年のSSRLの蓄積リングSPEARでは先駆的な蛋白構造解析が行われていたが、分光手法に対して優遇されていたわけではない。4軸構造解析装置の収められたハッチごと移動してビームラインに設置するといった(現在ではありえない)暴挙を目の当たりにした。アラインメントが大変な精密装置をハッチごと人力で移動する「米国的」でないに驚いた。ついでにいうと超高真空チェンバーをキャンパスから運び入れることも「ありえないい」光景であった。

 

結晶学は先進国ではどこも学会組織の規模が大きく、組織的で政府への影響力も大きくあったことで予算化に繋がり、ESRFが建設を先行した。その後米国はアルゴンヌ国立研究所にAPSを、日本は播磨地区にSpring-8を建設した。(当初計画は関西に構造解析中心の6GeVリングを整備する計画であった)ESRF、APS、SPring-8は構造解析に力を入れたが、取り組み方が相当異なる。

その取り組み方(戦略)の違いを比べてみる。

 

ESRF

ESRFは挿入光源(ID )ビームラインが32箇所、偏向電磁石(BM:Bending Magnet)ビームラインが32箇所の合計64本体制で運用されている。それらの中で構造解析は"Structural Biology"と分類され7本(建設予定1本)のビームラインがある。

 

チューナブルアンジュレータ3本(Tunable ID23-1、ID29、ID30B)

マイクロフォーカス(固定エネルギー)ID23-2、ID30A-3

ロボットID30A-1

小角散乱(SAXS) BM29

建設中 ID30A-2

 

特にID30-A1-3 (2は建設予定)はMASSIF(Massively Automated Sample Selection Integrated Facility)と呼ばれるロボットステーションで、ルーチン構造解析の主力となる。実質的には中心となるロボットビームライン3本とその他3本の6本体制となる。

 

APS

APSは当初はセクタと呼ばれるビームライン取り出し部はIDとBMがペアでCARSと呼ばれる建設責任グループに割り当てられる計画であったが、現在はID/BMを光源としたビームラインの単独建設などで、複雑化しているが大雑把には35本のビームライン、70ステーションで運用されている。

APSは3リングの中で構造解析に特化したビームライン建設に力を入れ、先駆的な生物科学専用ビームライン、14-BM-C Macromolecular crystallography (Bio-CARS)に始まり、17-ID-B、19-ID-D、21-ID-D、21-ID-F、21-ID-G、22-BM-D、22-ID-D、23-BM-B、23-ID-B、23-ID-D、24-ID-E、31-ID-Dと構造解析に特化したビームラインがID10本、BM3本の13ビームラインで運用されている。

 

SPring-8

SPring-8は世界最大(リングエネルギー、周長)の第3世代蓄積リングで38ID、9BMの47本のビームラインで運用されている。

これらの中で構造解析専用となるのはBL26B1、BL26B2、BL32XU、BL38B1、BL40B2、BL41XU、BL44XU、BL45XUの4IDと3BM4ステーションで、ビームライン7本(8ステーション)体制で、ごく大雑把にみるとESRFとそれほど変わらない。(個人的には)SPring-8は構造解析以外のビームラインの多彩さに特徴があるように思う。その意味ではサイエンスの広がりに忠実な反面、少なくとも構造解析分野においてはAPSの独走を許した。

 

功を奏したAPSの戦略

3リングを比較するとやはりAPSの13ビームライン体制というのが際立っている。アウトプットがその差を反映することは自然である。APSの構造解析部門のリーダーであるAndrzej Joachimiakは2011年時点で、APSの構造解析アウトプットが世界中の放射光を使用しない(実験室レベルの)構造解析装置で決めた構造の総和より多いと話していた。

つまり世界中にある構造解析装置で日夜多くの研究者が行なっている結晶構造決定の件数より、放射光リング一台のアウトプットが上回る、ということになる。それから5年が経過したが、世界中のどの施設も結晶構造アウトプットでAPSを上回る結果を出していない。ということは放射光が特定分野のアウトプットに関してパワーサイエンスだということかもしれない。エネルギーフロンテイアが全ての時代には加速器科学もそうだった。

 

構造解析の分野ではルーチン化した計測作業を効率よく行うことでアウトプットを増やせる。実験ホールのフロアプラン(戦略)が全てを決める一つの例であろう。フロアプランの策定に際してはユーザーグループの希望と戦略のバランスが重要である。

構造解析に特化することが全てではないが、3GeV計画の「もつれ」を解消し前に進むためには、施設の戦略とユーザーグループの希望とのバランスが重要ではないだろうか。3GeVリングの光源としての性能はほぼ見通しができているならば、「もつれ」の原因は光源下流の問題、戦略が今ひとつ見えてこない点にあるのかもしれない。

3GeV光源は軟X線〜Tender x-ray(100eV〜10keV)の性能(高輝度・コヒーレンス)に特色があるが、それ以上の硬エネルギー領域(<80-100keV)も十分実用的な光源である。後追いでないフォトンサイエンスの中身と戦略が見えてきたときに予算化・サイト選定も現実的になるのではないだろうか。

 

 

 

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