超高性能バッテリーとナノ科学〜放射光の果たすべき役割

EVもFCVもバッテリーで動く車である。つまりどちらも電気でモーターを動かす非内燃機関で駆動する車である。EVの場合はバッテリーの蓄電能力が車の性能、特に航続距離、を左右しFCVは燃料電池の発電能力がこれに相当する。

 

テスラEVの航続距離が圧倒的な理由

トヨタ、ホンダは世界で唯一のFCV市販メーカーだが、インフラの整備状況を反映しEVは日産以外に世界的な潮流となりかけている。欧州ではドイツが将来、すべての内燃機関の車を排除する法律の整備を進めており、米国ではパナソニックのPC用リチウムイオンバッテリーを積むテスラ社EVが、普及車を30万台を受注する人気である。テスラ社EVの航続距離は日産リーフの倍である。もちろん広大な北米でのチャージステーション間の距離を考えれば航続距離が必要だったことはあるが、リチウムイオンバッテリーを数千本組み合わせるという「暴挙」とも言える荒技を平気で採用するところが自由な発想が技術者に許されるシリコンバレー風土なのだろう。その結果、従来の車の概念とEVの常識的仕様を破ったEVが若い世代に人気があり売れているのである。

テスラ社はこのためパナソニックと共同でカリフォルニアにリチウムイオンバッテリーのメガファクトリーを建設している。一方、テスラ・パナソニックのメガファクトリーの半分の規模の生産能力を持つ高性能リチウムイオンバッテリー工場がチェコに建設された。これらの稼働で現在の世界のリチウムイオンバッテリー生産量は倍増する。

 

再生可能エネルギーの両輪は発電と蓄電

しかしEVの増大する需要以外に高性能バッテリーは再生可能エネルギーの弱点(安定電源)を補う蓄電の用途がある。将来は水の光触媒や人口光合成で水素製造コストが低下すれば、各家庭が燃料電池で発電しFCVが走り回る送電網に頼らないオフグリッド社会も実現するかもしれない。

そこで重要なキーテクノロジーはバッテリー科学ということになる。バッテリー科学はナノ科学、ナノ電気化学ということになるので、ナノ科学のツールとして放射光の果たす役割は極めて大きい。例えばSpring-8では高度な研究設備を有する複数のビームラインで各種バッテリーの研究開発が行われている。例えばリチウムイオンバッテリーの性能を左右する電極の研究や動作中の電気化学界面のリアルタイム観察など枚挙に暇がない。世界の放射光施設でもバッテリー科学はエネルギー科学の中でも特に重要視され研究に多くのマシンタイムが割かれている。

ここではナノ科学の応用によって従来のリチウムイオンバッテリーの電力密度と充電速度が1,000倍以上改良された超高性能バッテリーNature Comm. 4 1732 (2013))を簡単に紹介する。

 

イリノイ大学の研究チームは従来のリチウムイオンバッテリーより蓄電能力が2,000倍増大させた画期的な新型バッテリーを開発した。一般にはバッテリーの供給電力(W)と総電力量(Wh)を両立は難しい。例えば、最近注目されているスーパーキャパシタは大電力を供給可能だが持続能力がない。燃料電池は潜在的な発生電力は大きいがピーク電力が低い。新技術ではこれらが両立できる。

しかし携帯電子機器やEVは大電力を長時間供給する能力が必要になる。テスラ社のEVが他のEVに比べて倍の航続距離と高い運動性能を持つ理由は、数千個のPC用リチウムイオンバッテリーを積み、圧倒的なバッテリー能力を有するためである。

イリノイ大学の研究チームが開発した新型リチウムイオンバッテリーはスーパーキャパシタ並みの電力密度7.4 mW cm−2 μm−1を有したマイクロバッテリーである。その構造は模式的に下図に示した。ポイントとなるのは電極を微細化し3D積層したことで、これによって正極材料(LiMnO2)を被覆したNiと負極材料(NiSn)の積層ブロックを交互に並べたマイクロバッテリー構造となる。

 

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Credit: Nature Comm. 4 1732 (2013)

 

Niを導線としてスタックされたマイクロセルが直列に接続された構造で高電力密度と充電時間の短縮化を実現している。基本的な原理は従来のリチウムイオンバッテリーであるが、3Dマイクロバッテリー化して高性能を引き出すことに成功している。

この構造では微細加工技術が使われた3D化がポイントで、接触面積を増やす目的でポーラスNi導線に従来の電極材料を被覆してスタックさせる発想が高性能バッテリーの鍵である。

下図でA-Hが新開発のバッテリーの瞬発力を表すエネルギー密度を横軸にとり持続力を和え表す電力密度を縦軸に、スーパーキャパシタ及び従来のバッテリーと比較した。従来のリチウムイオン3Dバッテリー(MB1-MB3)と比較して電力密度が3桁向上している。

 

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Credit: Nature Comm. 4 1732 (2013)

 

またバッテリー電極の微細加工に3Dプリンタを使う試みもある(Advanced Mater. 17 June 2013)。この研究はイリノイ大学とハーバード大学の共同研究で下の写真の構造は3Dプリンタで一層づつ形成されたマイクロバッテリー電極SEM像である。この構造では外側の正極と交互に負極となるが、極細ノズルから放出された特殊なインクが固化してコイル状に重ねられた導線を形成する。

 

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Credit: Advanced Mater. 17 June 2013

 

3GeV放射光によるバッテリ研究開発

Operandoと呼ぶバッテリーの動作状態でのその場観察に放射光はナノ構造ツールとして、重要な役割を担っている。例えばブルックヘブン国立研究所の新しい3GeV放射光施設NSLSIIでは、コストの低い銅と鉄の還元反応をつかった従来の3倍の電力密度を持つ多元遷移金属リチウムイオンバッテリー材料に関する研究が行われている(Nature Comm. 3 1201 (2012))

 

下図の(a)に示す走査型のOperandoX線回折実験装置でリチウムイオンと反応して形成される鉄ナノ粒子のモルフォロジー(c)と結晶構造から、Liイオンが移動して銅、鉄のフッ化物からFを奪ってLiFが形成される時の遷移金属還元反応を解析して、低コストの遷移金属リチウムイオンバッテリーで高い電力密度を実現できることを示した。

 

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Credit: Nature Comm. 3 1201 (2012)

 

世界各国に建設された3GeV放射光施設ではエネルギー科学が重要課題となって新型バッテリーの研究開発が精力的に行われている。3GeV放射光の得意とする軟X線からTender X-ray(100eV〜10keV)の領域で、新しい分光(フォトンイン・フォトンアウト)を駆使した、研究開発能力の高さが3GeV光源の必要性の一つである。

残念なことに競合する二つの計画、SLiT-JとKEK-3GeVのどちらも将来が不透明の状態が長く続いている。前者は日本(SPring-8)の弱点である軟X線領域を補強する新光源、後者は現在Spring-8と並んで日本の放射光科学を支えるフォトンファクトリーの後継機としての位置づけである。予算化できてもこれらの建設には3-5年かかるので、2012年ごろから加速度を増してきたバッテリー科学の新しい展開、例えばここで紹介したマイクロバッテリーなど、現時点で活発に研究が行われているテーマに追随するだけでは勿体無い。

 

放射光の産業利用というと企業が利用するための仕組みを議論する人が多い。しかしESRFすなわちEUの戦略は放射光でリーザーシップを取れる人材を育成し、企業に送り込むことによって産業を活性化しようというものである。企業が利用するだけではプロジェクトが終わればそれまでであるが、リーダーシップを取れる人材を企業に送り込めばその企業を活性化させることの他に、独立して新しい企業を起こすこともできる。放射光は利用することばかり考えてきた感があるが、これからは人材を育て企業や研究所に送り込んで内側から活性化していくミッションがあるのではないだろうか。

 また新光源設計とアップグレードを継続していくことで加速器の人材も育てていく必要がある。3GeV光源にビジョンが見えにくいのはなぜなのか考えてみる必要がある。

 

 

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