アンジュレータ設計思想の変遷

ESRFのアンジュレーター(u35)設計思想は次の3点に要約できる。

・ X線分光(吸収・発光)に最適化する前提

・ Tender x-ray(2-7 keV)を1次光でカバー(実際には2.2-8.5keV)(注1)

・ 3次光で21keVまでをカバー(注2)

(注1)u35が2.2 keVにこだわる理由はS K-edge(2.47keV)を含めたいからである。実は(ESRFよりエネルギーの低い施設を含めて)多くの放射光施設では、硬X線ビームラインは実用的なエネルギー領域が4keV以上のものが多い。そのひとつの理由は硬X線ビームラインと軟X線(0.1-2keV)と4keV(Ca –edge)以上をベリリウム窓の有無(超高真空対応)で区別する技術的な問題で、分光応用では4-5keVでの区切りに意味はない。むしろ区切られていない方が使い易い。

下図にu35の輝度スペクトルを示す。ESRFはu35でtender x-ray、u18(CMPU)ではその上の高エネルギー領域で輝度とコヒーレンスを追求する戦略のようだ。ちなみに軟X線は熱負荷の少ないu88(ヘリカルアンジュレータ)となる。

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Credit: ESRF

 

一方でX線分光(吸収・発光)におけるS K-edgeの情報量の多さは古くから知られており、分光の立場ではこのギャップの存在は好ましくない。S K-edge(2.47 keV)からAr K-edge(3.2 keV)を軟X線ビームラインに含めることで、ギャップをなくすことが一般的に行われている。

しかし触媒反応などの応用においてはS K-edge(2.47 keV)からtender x-ray領域(2-7 keV)をシームレスにつなぐ光源とビームラインが望まれる。また触媒を対象とした研究ではAu L3-edge(11.9 keV)とS K-edge(2.47 keV)を同じ実験で(同じステーションで)測定したいという希望も少なくない。u35の1次光では8.5 keVまでがチューナブルなので、3次光を使うことで21keVまでが測定できる。u35のメリットはS K-edgeからAu L3-edgeまでを同一ステーションで実験できる点にある。SSRLでもPFでもS K-edgeは軟X線に含められている。

 

5keV以上の高エネルギー領域(14keV以上)を1次光でカバーするSPring-8の標準in-vacuumアンジュレータの設計思想は(ESRF u35と対照的に)1次光の範囲を高エネルギー領域に置くものである。もちろん高エネルギー領域には重元素の吸収端がありMADと呼ばれる異常分散を使う構造解析ではそれは重要なのだが、少なくともX線分光で研究対象とする(したい)元素なら25keVもあれば十分である。

拡張したtender x-ray領域(2.2-8.5keV)をアンジュレータの1次光でカバーしようと思うと、リングエネルギー6GeVが必然的なものとなる。ここは14.4keVを1次光で出すために8GeVが必要になることと似ている。計画当初よりESRFがX線分光(tender x-ray)に、SPring-8(注2)は高エネルギー(MAD)に重点を置いていたことになる。

(注2)Spring-8建設のきっかけとなった関西放射光計画は6GeVであった。6GeVから8GeVに変更した理由はアンジュレータ1次光で14.4keVを出す、ということだった。なぜ14.4keVかといえばFeのメスバウアー励起ということだったが、正直筆者にはその必要性が理解できなかった。下図に示すようにPETRAIIIができる以前は、SPring-8が圧倒的に高エネルギー領域の世界最高輝度光源であった。しかし現在は6GeVリングPETRAIIIのアンジュレータに及ばない。

 

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Credit: PETRA III (DESY)

 

ESRFのu35は1.6m x 3の磁石配列で構成され、最小ギャップは11mmとなる。白色ビームでミラーの受ける最大パワーは250Wとなりダイアモンドフイルターが使えない最小エネルギー(2.2keV)では、ミラーチェンバー真空度は5x10-8 mbarに悪化するが、3次光を使場合はダイアモンドフイルターで1次光のエネルギーを吸収できるので、熱負荷の問題は少ないという。

要するに3GeVリングではtender x-ray領域を高次光に頼らざるを得ないが輝度がエネルギーとともに急激に減少するので、軟X線領域を延長することは難しい。結局、分光応用で最も重要なtender x-ray領域をアンジュレータ1次光でカバーするためには6GeVというリングエネルギーが最適となる。他にも別の理由(経済性・設置場所など)はあると思うが、6GeVの選択はこの10年で目覚ましい発展を遂げたフォトンイン-フォトンアウト実験の先端がESRFにあることからすれば、今更ながら適切な選択だったと言えるかもしれない。

 

このためなのか北京に2017年秋から建設が開始されるBAPSは、当初の5GeVから5.5GeVに変更し最終的には6GeVに落ち着いた。そのためAPSアップグレードの7GeVから6GeVへの変更とSPring-8アップグレードの8GeVから6GeVへの変更により、世界の高エネルギーリングが4箇所とも6GeVとなる。

「3GeV光源のもつれ」により先が見えにくくなっているが、SPring-8のエネルギーを6GeVにして、一部のアンジュレータを設計しなおせば、少なくとも最も重要度(汎用性)の高いtender x-ray領域の光源環境はよくなる。軟X線領域の弱点についても問題点を整理することが必要なはずである。

 

かつて筆者の友人であるALSの研究者(注3)が筆者に投げかけた言葉、「APSの最大の失敗はエネルギーを7GeVにしたことだった」の重さが身にしみる。この10年はX線吸収・発光分光とエネルギー科学の進展が著しかった。人工光合成、光触媒による水分解、バッテリーなどを対象とするエネルギー科学をさらに推進するためにはtender x-ray領域の重要性を再認識すべきなので、挿入光源の設計思想にも変化があ流べきなのかもしれない。3年後にはBAPSが加わって世界で4台の6GeVリング(注4)が稼働するとすれば、SPring-8は早急に6GeVリングへの改造を施しこれらとの差別化も図らなければならない。

 

(注3)この人はユダヤ系米国人で優秀だが口が悪い。彼によれば最近完成したNSLSIIのラテイスは20年前の設計思想だそうだ。

(注4)PETRAIIIとPF-ARを含めれば6-6.5GeVリングは世界で6箇所になるが、リングの一部を放射光利用にしている点で他の4施設と異なるので、ここには含めていない。

 

 

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