3GeV光源のもつれの原因〜軟X線光源についての再考察

3GeV光源としてSLiT-Jを選択すべきなのか、それとも3GeV-KEKにすべきなのか、混沌とした状況が続いている。混乱するときには発端に立ち返ると見通しがよくなることがある。そもそも「何故3GeV光源が必要か」という原点は「日本の放射光の軟X線光源の弱さ」にあったはずである。

 

軟X線光源の弱さとは

日本の放射光の輝度スペクトルを一覧すると最高輝度(アンジュレータの高次光ピーク強度の包絡線)はSPring-8になる。そこで「日本の放射光」を「SPring-8」と置き換えてみると意外な事実が浮かび上がる。「3GeV光源の必要性=軟X線の弱さ」はこれまで日本の放射光コミュニテイを牽引してきたSPring-8にあったのである。

すでに先の記事に取り上げたフォトンイン・フォトンアウト分光の発展に大きな寄与を残し、現在でも先端にあるESRF(6GeV)のID26は参考になる。ID26は最初から2-5 keVを1次光でカバーし、フラックスが13乗になることを目標にして開発された。現在もその理念は守られている。U35というアンジュレータは周期長35mmで、1次光のエネルギーは軟X線に隣り合う"Tender x-ray"領域(2-7keV)に照準を合わせている。

 

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Credit: ESRF

 

ESRFの絶妙なアンジュレータ仕様

この図をみればTender X-ray領域の重要性がわかると同時に、ESRF ID26がアンジュレータ設計時に最重点課題として1次光の範囲を図のように設定した理由がわかる。

一方SPring-8で直線偏光軟X線光源に採用されたFigure-8アンジュレータはヘリカルアンジュレータの低熱負荷の性質を持ち(注1)、かつ直線偏光が得られるよう考案されたアンジュレータである。これは平面アンジュレータの軸上パワー密度に対し約2桁低減が可能で、その場合の強度減少分は約2/3である(北村)。

(注1)平面アンジュレータを用いると、K値の増加は高次光強度の増大となり軸上熱負荷が増大する。一方ヘリカルアンジュレータでは、軸上ではK値の大小に関わらず基本波しか観測されないため、基本波のみを用いるには便利だが直線偏光は得られない。

SPring-8は「1keV までの真空紫外光や軟X線」(注2)を供給すること」を念頭において熱負荷を軽減する直線偏光アンジュレータ(Figure 8アンジュレータ)を採用した(田中・北村)。一方硬X線は1次光で4keV以上14keVまでを目標としてin-vacuum型平面アンジュレータを標準とした。

(注2)一般的な軟X線の定義は100eVから2keVであるが、紫外領域の最も高いエネルギー領域(極端紫外またはEUV)の限界10nm(124eV)は厳密には軟X線領域に重なり、真空紫外と軟X線の境界は明確ではない。

 

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BL27のフラックス(Spring-8 Webより)

真空中の液体セルやジェットの利用により、軟X線に接する硬X線領域(2-7keVのいわゆるTender x-ray領域)に注目が集まっている。この重要なエネルギー領域が分断されてしまい、これを1次光でカバーできるアンジュレータがない。これがSPring-8の「軟X線領域(Tender x-ray領域)が弱い」理由である。Figure-8アンジュレータ軟X線ビームラインは(上図)、結晶分光器領域(高エネルギー側)では3keV以上でフラックスはエネルギーとともに急速に減衰する。

ESRF(u35)の1次光輝度をリニアスケールで下図に点線で示す。図中には吸収端エネルギーと軟X線、硬X線エネルギーの定義も示してある。ビームラインの仕様から定義される軟X線の概念はしばしば高真空ビームラインの高エネルギー限界(3.5-4keV)と解釈される。その場合、軟X線限界を2keVとすると重要なTender x-ray領域にギャップができることになる。

 

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Credit: 放射線ホライゾン

この図の赤実線、青実線はそれぞれSpring-8BL27のFigure-8アンジュレータ1次光、標準(in-vacuum)アンジュレータの1次光をESRFu35に規格化して模式的に示したものである。あくまで模式的な図であるので細かい議論はできないが、要するにこれらの間にギャップがあり、ESRF u35では最適化されているTender X-ray領域が谷間になって、「抜け落ちている」ことを表現するためのものである。

アップグレードでエネルギーを8GeVから6GeVに変更するのに対応して、平面アンジュレータの軸上熱負荷をもう一度見直して、2-7keVを1次光でカバーする平面アンジュレータの熱負荷の評価並びに熱負荷低減型アンジュレータ、例えばKnot-APPLE型(注3)などの検討が急務と考えられる。

 (注3)S. Sasaki, "Undulators, wigglers and their applications," pp.237-243 (Ed. by H. Onuki and P. Elleaume, Taylor & Francis Inc, New York, 2003).

問題の本質は直線偏光アンジュレータの熱負荷

つまり「3GeV光源」の問題はISSPの高輝度軟X光源の設計時から、SPring-8軟X線アンジュレーター、そしてISSPアウトステーションへと展開してきた、直線偏光アンジュレータの熱負荷問題に帰するところが大きい。

8GeVから6GeVにエネルギーを下げれば平面型アンジュレータの軸上熱負荷も半分となるが、それでも光学系に与える影響は大きい。しかし最新のサイエンスが必要とする軟X線とTender X-ray領域を対象とする新型アンジュレータの開発が必要なのではないだろうか。

APSも7GeVから6GeV、BAPSは5GeVから6GeVと世界の4大施設が6GeVとなる日が近い。SPring-8のアップグレードを早期に行い、軟X線〜Tender X-ray領域の弱点を克服することが重要である。なお高次光が無視でき熱負荷が少ないヘリカルアンジュレータでSPring-8にも5keVまでを1次光でカバーするBL25があるが、円偏光である。

 

Spring-8軟X線アンジュレータ

SPring-8の軟X線アンジュレータは軸上熱負荷の少ないFigure-8(ヘリカルアンジュレータの変形)が主でBL27, BL07(ISSPアウトステーション)に設置されている。原研専用ビームライン(BL23SU)はAPPLE2型アンジュレータを採用した(注4)。

APPLE2 型アンジュレータは任意の偏光をつくることができるが,BL23SUではビームラインの光学素子への熱負荷を考慮して現在は円偏光モードでのみ運用をしている。1次光で5keVまでをカバーしているが、これも熱負荷のために円偏光でしか使用されない(放射光学会誌 2001, 14, 17)。

(注4)BL23SUはSpring-8Web pageによると現在はヘリカルアンジュレータとの説明がある。同じサイトのBL詳細では周期長120mmのAPPLE2となっており、BLは0.5-3keVのエネルギー(試料位置では0.35-1.8keV)に対応し、フラックスは1011 photons/secである。BL25SUはツインヘリカルアンジュレータで0.12-2keV、高フラックス、高分解能ブランチのフラックスはそれぞれ1012、1011 photons/sec)。

結局、直線偏光を使えるのはFigure-8アンジュレータのみで、2keVまでの領域しか使えないことになる。円偏光を主体にした設計方針はMCD実験を考慮してのことと考えられる。

 

SLiT-Jと3GeV-KEKの軟X線アンジュレータ

SLiT-Jの軟X線アンジュレータは周期長56mmの直線偏光APPLE型(ShSX)を採用し0.2-5keVまでをカバーしているので、硬X線ビームラインとベリリウム・リミット(5keV)で切り替わるようになっている。これまで制約のあった2keVの限界をなくせる。

一方、KEK-3GeVのAPPLE型アンジュレータU48N104 からは200 eV から〜8keVの軟X線とTender X-rayを横断する広いエネルギー領域に対応する。SLiT-JとKEK-3GeVを比べると前者が硬X線ビームラインとの切り替えであるのに対し、後者はTender X-ray領域を区切りなくカバーしている点が異なる。下図にSLiT-Jおよび3GeV-KEKのCDRから軟X線アンジュレータの輝度を比較した。軟X戦領域はSpring-8BL25SU(円偏光)に比べて格段に改善されている。

またBL25SUが円偏光であるのに対し、日本の3GeV光源とESRFは直線偏光(正確には偏光可変)である。3GeV-KEKの上限を延長してTender X-Ray領域と繋ぐ設計思想は評価したい。ただしESRF u35がTender X-Ray (2-7 keV)を1次光でカバーする。直線偏光のTender X-Ray領域でESRFが最高輝度光源になることは確実である。

ESRFはSi(111)が使える3keV以上を直線偏光の最高輝度を目指した。SLiT-Jの軟X線光源は上限を低く抑え(5keV)硬X線アンジュレータに繋ぐ戦略をとった。3GeV-KEKは上限をTender X-Ray領域を高次光でカバーできるように設計されている。 どちらの戦略が有利になるのかどうかについて現時点では結論を出すことはできない。確実なことはSPring-8における軟X線光源の弱さはひとまず克服できたと言える。いずれにしても光源の能力を発揮出来るような光学系、検出器、計測系のR&Dが必要不可欠になる。

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 Credit: SLiT-J、KELK-3GeV CDR, ESRF

軟X線(<2keV)の概念を広げて、(現在のSPring-8では抜け落ちている)隣のTender X-ray領域の光源を補強する必要性を強調したい。高次光でこの領域をカバーしようとするとどうしても輝度が落ちてフラックスでESRFに勝負できるのか不安な点もある。その意味でこの領域を1次光でカバーするESRFの戦略は興味深い。サイエンスの要求に沿ってこの領域の重要性が再認識されることを期待したい。しかしそれは3GeVよりSPring-8のアンジュレータ設計に期待すべきなのかもしれない。

この原稿を書くに際しお世話になったESRF ID26の責任者と筆者の友人である加速器専門家の方々に感謝の意を表したい。また3GeV光源のもつれを直して、正しい理解のもと適切な資源配分がなされることを願う。

 

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