フォトンイン・フォトンアウト分光と3GeV光源

これまで何度か取り上げてきたように「3GeV光源」のもつれはまるで「もんじゅ」の将来のように文科省に重くのしかかる。SLiT-Jの根拠は各国が建設中の3GeV光源により軟X線領域の日本の放射光源が弱体化したこととそれを補う緊急性にあった。確かに輝度の比較をみせられればそういう認識を持たざるを得ないだろう。財政難ではあるが産業利用で東北復興拠点となることから目をつぶって300億円を投入したい気持ちも良くわかる。

 

最近筆者はある国際シンポジウムの企画で、その「3GeV光源」の目玉ともいうべき高エネルギー分解能X線吸収・発光分光(フォトンイン・フォトンアウト分光)の座長として最近の展開の招待講演者を探す機会があった。その過程で調べていくとこの分野の3GeV光源のポテンシャルについて考えさせられることになった。

SLSのSuper XASステーションはSpring-8のユーザーも通うこの分野で最も注目を浴びているビームラインである。ここにはマイクロビームでフォトンイン・フォトンアウト分光を行えるので、「その場観察」に人気があり、担当者のMarrten Nachtegaalは多くの会議で引き込まれる、出席者を魅了する講演で知られており、Olga Safonovaをはじめ優秀な若いスタッフが10名もいる非常にアクテイブなビームラインである。こんなに若い優秀なスタッフが揃っているビームラインを探すのは難しい。この分野でいえばここのライバルでフォトンイン・フォトンアウト分光の老舗ともいえるESRFのID26くらいだろう。

 

SLSのSuperXASとは

その主な仕様は以下に示すが、ここで注目するべき点は光源がSuperbendすなわち超伝導偏向電磁石なのである。Superbendは波長シフターであり輝度を上げるデバイスではない。それでも世界の先端に立てるということは光源の性能(エミッタンス)がある程度までいければ、それほど輝度にこだわる必要がないということなのか。

 

Energy range 4.5 - 35 keV

Flux on sample 1 x 1012 ph/s/400 mA

Spot size on sample± 100 x 100 µm2 to 5 x 0.5 mm2

Intrinsic energy resolution (ΔE/E)

2.0 x 10-4 for Si(111)
0.5 x 10-4 for Si(311)

 

SuperbendだったSuperXAS BL

エネルギー領域4.5keV以上35keV以下ということはこのビームラインは軟X線ビームラインではない。またSLSの輝度スペクトルを下に示す。注意したいのは輝度が16乗どまりだということである。22乗に達しようという3.5世代マシンの中にあって16乗というのはどういうことか。

このビームラインが最良のソルーションだというイメージを持っていたが、高輝度光源に頼り切ってもいなかった事実は何を意味するのだろうか。そこでライバルであるESRFのID26の事情も紹介する。がこちらもESRFアップグレード以前の話であり、最高輝度の光源とはいえない。これらの事実をみるにつけ「3GeV光源」の根拠(非力な日本の軟X線光源)と矛盾する気持ちになった。

igp d4d80d665c7fe77cff2b0a76bb462949 SLSbrillianceall2010

Credit: SLS

 

老舗のID26/ESRF

ID26はESRFの中でも最もアウトプットが評価されているビームラインでこちらは平板型アンジュレーターで1次光が2.3-5keV、高次光で30keVまでが利用できる。そういえば思い出してきた。昔、Jose Goulonが神津精機の分光器を輸入して使っていたビームラインである(J. Synchrotron Rad. 1999 6, 164.)。

かつて筆者もこのビームラインレヴユーボードのひとりであったことを思いだした。古い話で恐縮だが当時ESRFで唯一の「日本製分光器」は分光器全体がビームを軸に回転する機構で、円偏光実験のためであった。すべてがユニークすぎてレヴューでは物議をかもしたいわくつきのビームラインである。なおSASのSuper XASでも神津精機2結晶分光器を採用している。

その由緒あるID26ビームラインはすっかり洗練され、今では最先端のフォトンイン・フォトンアウト実験を世の中に送り出したID26はこちらも、Super XASのライバルである。設計時には1次光では13乗のフラックスで、Super XASより一桁高かったが今はどうなのだろうか。

 

フォトンイン・フォトンアウト実験(下図)には高エネルギー分解能のヨハン型分光器が一般的であるが、もうひとつの分光系の使い方としてフォン・ハモス型分光というのがあって、蛍光X線を分光してコアホール寿命より高い分解能のスペクトルが得られる (HERFD-XAS)。SLSのSuper XASステーションが人気なのもこれらの両方に対応できるステーションであることが大きい。

 

Uranium

Credit: ID26, ESRF

 

フォトンイン・フォトンアウト実験の専門家によればSuper XASは基本的にESRF ID26の発展とはいえフォン・ファモスの実験装置は簡単化されていて、効率が低いため売り物であるはずの原子選択性までは達成できないという。 ESRF ID26では湾曲結晶と2Dピクセル検出器の採用で光学調整が簡単で効率の高い実験が可能であるという厳しい意見があった。

 

知られていない事実

6GeVのESRFがこの分野の先端にいるはずの「3GeV光源」よりも優れた実験ステーションを実現できているのならば、8GeVを6GeVに下げるSpring-8のアップグレードと実験ステーションの改良でもやり方次第では世界の先端に立てるかもしれない。挿入光源も軟X線に焦点を当てて再設計しなければならないだろうが、最新のビームラインと検出器技術によって少なくとも世界に見劣りしないものができるのではないだろうか。しかしSuper XASやID26の最も重要な点は若い優秀なスタッフが大勢いて互いに競い合いながら、新しい試み、例えば遺伝子解析アルゴリズムによるデータ解析など、をとりいれていく開発力に満ち溢れていることだ。当然のように各地から優秀な人材が集まり多様性文化のなかでアウトプットが自然に生まれる。

少なくとも軟X線の新光源をつくらなければ何も打つ手がない、というわけでもないことは明らかだ。しかしSLiT-Jが産業利用の新しい光源を東北の産業復興拠点としてつくるというなら別だし、KEK-3GeVが全国共同利用施設としての位置付けにも影響がでる話ではない。いずれにせよ「光源をつくればなんとかなる話」ではなさそうだ。

文科省にとって頭が痛いのは「もんじゅ」廃炉でも、また継続ならさらに費用がかさむことで後者なら、来年度予算に6,000億円を計上しなければならないこと。予算をつけても批判にさらされる。つけなければ村からの圧力に悩まされる。重荷になっているのは「もんじゅ」だけではない。

高速炉共同研究でフランスの支払うべき6,000億円の半分を肩代わりしなければならないが、これも管轄である。さらにいえば期待の大きかったITERも実用炉にはさらに費用が必要で、一方ではコンパクトな民間の方が実用炉に近くなったという現実がある。この数年で背負うべき十字架の重みが極端に増したのである。物事には一つの目標にしがみついて成功する場合と思い切って方向転換をする決断力が成功につながるケースがある。これらはいずれも5000-6000億円規模で総計すれば1-1.5兆円規模になる。

 

 

You have no rights to post comments

スポンサーサイト

Copyright© 2013.   放射線ホライゾン rad-horizon.net   All Rights Reserved.