「3GeV放射光」のポテンシャル〜止まない雨はない

ナノ科学の強力なツールとして注目を集める「3GeV放射光」だが、不幸なことに競合するふたつの計画をめぐる混乱で、見通しが立たない状態が続いている。3GeV放射光の特徴は何と言っても軟X線領域の光源強度と程エミッタンスで〜100nm程度のマイクロビーム(厳密にはサブミクロンビーム)が容易に実現できることであろう。ではなぜ軟X線なのかといえばやはり最近、急速に発展してきたフォトンイン・フォトンアウトと呼ばれる高エネルギー分解能X線発光分光法の与える情報量の豊富さにある。

 

3GeV光源が生まれた背景

「3GeV放射光」は当初の流れである挿入光源を使う第三世代光源ではX線アンジュレータのエネルギーが硬X線領域を含むようにするためには、5-6GeV以上の高エネルギーが必要で、挿入光源に有利なエミッタンスは周長の大きさで実現するというドグマに逆らうように発展した経緯がある。もちろんその背景には周長が1kmにもなる高エネルギーリングの建設に広大な土地が必要で建設費が1,000億円〜10億ドルにもなり、どの国にも建設と維持が重荷になる経済性の問題もあった。米国といえども10億ドルの出費は負担となり、計画の中心にいた研究者も現在はICS(逆コンプトン散乱)のテーブルトップ光源の研究をしている。

高エネルギーリングの建設は欧州(グルノーブル)に6GeVリングESRFが最初に建設され、米国(シカゴ郊外)に7GeVのAPSが、そして播磨地区に8GeVのSPring-8が建設された。もちろんエネルギーが高いほど高輝度のスペクトル分布が高いX線エネルギーに伸びるので、しばらくの間、SPring-8は「世界最大の放射光施設」として輝度・スペクトル範囲の競争の先頭にたった。

 

しかしこの頃、挿入光源の派生型が多く現れその特性もよく調べられると次第に、ギャップを小さくしたり超伝導磁石で磁場を強くすれば3-3.5GeVでも、軟X線からTender X-ray(2-7 keV)の低エネルギーの硬X線と、話を簡単にすると10keV程度の輝度が高エネルギーリングと同等以上になることがわかってきた。このリングの周長は半分程度で、建設費は1/3以下の300億円で済む。このことは財政難に苦しむ欧州諸国やブラジルでも建設が可能な建設コストであったため、急速に新世代型3GeVリング(第3世代の高エネルギーリングと区別するため、3.5世代、3+世代などと呼ぶ)がつくられることとなった。ここで挿入光源のギャップを小さくする技術とは、日本で開発された真空内に磁石をいれる"In-vacuum undulator"のことである。

また放射光を取り巻く環境面でも基礎科学も応用科学も、産業(製造業)さえもナノ科学中心の流れができ、第3世代光源ではイメージングとマイクロビームの応用が広がると、物質のミクロ構造にとどまらず、結合(電子)状態の情報が要求された。この要求に応えるかのように出現したのがフォトンイン・フォトンアウト分光である。ここではナノ科学への応用例をあげて、どのような情報が得られるかを紹介することにする。

以下の記事はReal Time Determination of the Electronic Structure of Unstable Reaction Intermediates during Au2O3 Reduction(Phy. Chem. Lett. 2014, 5 80-84)を基にしている。

 

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Source: Phy. Chem. Lett. 2014, 5 80-84

フォトンイン・フォトンアウト分光

上の図のa)がフォトンイン・フォトンアウト分光の原理を模式図で内殻を単色X線で励起するとフェルミエネルギーを超えた電子は空状態(伝導帯)へ遷移する(吸収分光)。このとき空孔のできた準位より高いエネルギー準位の電子が落ちてきて空孔を埋めるとき、準位差に相当するエネルギーを持つフォトンが飛び出す。これだけだと従来の蛍光X線なのであるが、入射フォトンと出射フォトンの相関を調べることをフォトンイン・フォトンアウト分光と呼ぶ。この例では右側のAu原子のエネルギー準位図で示される遷移の選択則のために特定準位(軌道)間で遷移が起こることに注意したい。

b)に反応中のその場観察のための実験装置を簡単化して示した。水素還元条件での反応チューブ中の任意の場所を、マイクロビームを照射して発光X線を高エネルギー分解能で測定する。入射エネルギーの走査と検出側のエネルギー走査の2重走査系となる。このようなフォトンイン・フォトンアウト分光はResonant Inelastic X-ray Scattering(RIXS)と呼ばれる。ここではTime-resolved RIXSという時間軸が加わった4次元データを扱うことになる。膨大な4Dデータから遺伝子解析アルゴリズムにより中間状態(Au2O)の情報を抽出することがポイントである。

c)は入射エネルギーについて出射フォトンのスペクトルを測定しその時間変化を含めた4Dデータ空間の模式的表現(左)から遺伝子解析アルゴリズムで中間状態(Au2O)のスペクトルを抜き出す過程が示されている。

下の図のa)、b)は還元前のAu2O3のRIXSスペクトル、還元後のAu(0)のスペクトルを示したもので、電子状態の変化による2p3/2->5d共鳴遷移のエネルギー変化と5d状態密度の変化が示されている。これらの図は等高線で示されており垂直方向が吸収スペクトル、水平方向がエミッションスペクトルであるので、それらの相関を2D表示したことに対応する3D情報である。実際には70枚のRIXSスペクトルが測定された。軽く70枚といえるところが3GeV光源のすごいところで、筆者の知っている初期のRIXS@SSRLの時間感覚では想像できないデータ量である。

 

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Source: Phy. Chem. Lett. 2014, 5 80-84

下の図のa)はAu2O3とAuのスペクトルを使って抽出された中間生成物(Au2O)のデータ、b)は理論計算スペクトルで、c)に高分解能X線吸収スペクトルと部分状態密度(軌道別の遷移確率)の比較を示してある。高分解能X線吸収スペクトル測定では出射フォトンエネルギーを固定して入射エネルギーを走査する。RIXSスペクトルの垂直方向の走査に相当するため、1分以内でスペクトル測定が行える(Q-scan)。遺伝子解析アルゴリズムは文献(Data Handl. Sci. Technol. 2003, 23, 3-54)の手法を用いられている。なお実験は軟X線領域のRIXSで評判の高いスイス(PSI)のSLS X10DAビームラインで行われた。

 

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Source: Phy. Chem. Lett. 2014, 5 80-84

中間状態の追跡でAuの還元反応のキネテイクスの理解が進んだ。解析の結果は中間層(Au2O)の10ユニットセルAu2O3の2x1構造に格子整合し、最大10-20%の中間状態を経て反応が進行することがわかった。種明かしすると初期状態、中間状態、週状態の3成分系である、という前提が解析を容易にしている。著者らはおそらくCuの例を参考にしたのだろう。

 

この反応では中間層の最大比率は180Cの水素還元条件で〜1500msec程度に現れ、反応は3500msecで終結する。より明るい分光系と高輝度光源の組み合わせで時間分解能は改良される。そのため3GeV光源の軟X線輝度は高いにこしたことはない。下に示すSLS X10DAビームラインは光学系の開発も意欲的に行う先端的なビームラインで3GeV光源のお手本のような存在である。下はフォトンイン・フォトンアウト分光器。 

 

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Credit: SLS X10DA

 

日本の3GeV光源のもつれをどうするか

話を3GeV光源に戻すと、高輝度のサブミクロンビームにはより高輝度が適当ということになると、KEK-3GeVの計画の方がSLiT-Jより1桁高いので有利である。しかしSLiT-JもIn-vacuum undulator技術とCPMU(Cryogenic Permanent Magnet Undulator)で最大輝度を2-3倍上げてきており、SLSをはるかに上回る遜色ないレベルに達している。

一方、米国のNSLSが目指したように硬X線のユーザーを幅広くサポートする全国共同利用施設として考えるならば、周長で決まる利用BL数と硬X線領域の延伸で上回る3GeV-KEKに軍配が上がる。

忘れてはならないのは3.5世代3GeVリングが欧州を中心として発展したときにはフォトンイン・フォトンアウト分光がキープレイヤーであったように、これから先の20-30年をみると、光源の能力を発揮する新たな実験手法が開発される必要があるだろう。そのまえには焦って財政的な因子だけで建設コストだけで判断してはならない。

 

グラフェンセルで原子の動きを可視化

Liquid-cell TEMの最近の進歩は参考になるかもしれない。バークレイ研究所グループの考えたグラフェンセルで溶液を閉じ込めて高分解能TEMで観察する研究がその代表的な例である。彼らはグラフェンセル内でPtナノ粒子の成長をその場観察したことで知られる。セルについてはFirst Atomic-Scale Real-Time Movies of Platinum Nanocrystal Growth in Liquidsに詳しい説明がある。

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Credit: LBL 

 

第2世代光源では構造ツールとして回折では得られない局所情報を与えるX線分光が発展し、回折でも異常分散が当たり前のようになって構造解析は一気にアウトプットが増大した。APSだけで世界中の放射光を用いない結晶構造解析より多いアウトプットを出している。第3世代光源はイメージングが花開いた。第3.5世代ではフォトンイン・フォトンアウト分光が発展した。そう考えてくるとこれからつくる3GeV光源はやはり何か新しい手法とリンクしたくなる。理想をいえば光源の計画が動き始めると同時にユーザーの側でも相関を持って下流側で何をするか議論して絞り込んでいくことが必要だろう。光源だけが、あるいはビームラインだけがユーザー不在でできたらなんとも気味が悪い。

 

止まない雨はない

下流側をどうするのか、インフラをどうするのか、そして何よりも運営方法について知恵をしぼる必要があるのだろう。欧州の3.5世代リングの展開を支えたのは若い世代である。日本においても新しい試みに挑戦する世代が育たない限り、光源だけではどうにもならない。3GeVをどこにどのような規模のものをつくるべきかはまさに混乱としか表現できないが、「雨降って地固まる」だとしたら必要なプロセスなのかもしれない。

 いつか雨が止むときが来る、と願いたい。

 

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